父と母を前に、かつてないほど緊張してパトリシアは口を開いた。
「お父様、お母様。私…。」
「決心がついたか。」
 ウォレス伯の問いにパトリシアは頷く。
「ローレンス様であれば、きっと幸せになれます。」
「では将来お前に子が生まれなかった時は、側室を置かれることも承知だな。」
 嫁ぐ娘にはいささか手厳しいかもしれない。
 しかし相手は普通の貴族ではないのだ。
「王家は特別だ。アシュー殿下がおられるとはいえ、順序としてローレンス殿下の御子を、それも王子をと願うのは当然のこと。お前が勧めるくらいの心構えは出来ているのか。」
 エンリックがフローリアを想い続け、独りで過ごしていた時代、どれほど周囲の人間が世継ぎを案じていたか。
 国の安定は、王室の存続と安泰にある。
 せっかく訪れたダンラークの平穏を守らなくてはいけないのだ。

 再度、ウォレス伯が謁見を求めてきたのは、少し日が経ってからのことだった。
 今度は夫妻とパトリシアで。
「パトリシアが一緒とは、朗報と思っても良いのか?」
 エンリックの表情が明るくなった。
「はい。」
 娘のかわりにウォレス伯が答える。
「ふつつかではございますが、よろしくお願い申し上げます。」
「とんでもない。こちらこそ。ありがとう、パトリシア。ローレンスも喜ぶ。」
 両親の隣で頬を染めたパトリシアは言葉が出ないようで、エンリックに頭を下げるのが精一杯である。
 エンリックから呼び出されたローレンスは文字通り飛んできた。
 パトリシアを抱きしめようとして、思いとどまったのは、父とウォレス伯夫妻の姿も目に入ったからである。
「大切にするから、パトリシア。」
 嬉しさを隠し切れない笑顔。
 素直な感情表現はまぎれもなくエンリック譲り。
 ローレンスがパトリシアを見てきたように、パトリシアもまたローレンスの近くで過ごしてきた。
 皇太子として驕らない、のびやかなおおらかさは子供の頃から変わらないまま。
 自分を見つめる真っ直ぐな青い瞳は信じられる。
「では、早速使者を遣わすことにしよう。」
 エンリックも嬉しそうだ。
「待ってください。その前に…。」
 ローレンスは考えていたことがあった。

「本当に手合わせするのですか。ローレンス様。」
 王宮の庭では人目につくかもしれないと、隣接するコーティッド公爵邸。
 ローレンスがカイザックをわざわざ連れてきた。
 エンリックとウォレス伯も一緒だ。
「手加減するなよ。カイザック。」
「手を抜いて勝てるほど、まだ強くありません。」
 カイザックとしては気乗りしないのだが、ローレンスたっての希望なのだ。
「まあ、ローレンスではウォレス伯の相手は出来ぬから、サミュエルだな。」
「私もですか?」
 ウォレス伯は怪訝な顔を隠せない。
「そのようなお顔をなさらないでください。いつもと同じく付き合ってくださればよろしいのですから。」
 話を聞いたサミュエルは、協力的だった。
 パトリシアに求婚した人間は決闘という噂に対するローレンスの意地なのだ。
 負けられないと思うローレンスの気迫は想像以上だった。
 何度目かの打ち合った衝撃に思わずカイザックは剣を取り落とした。
 普段では考えられないことだ。
「随分強くなったな。」
 見物していたエンリックが感心する。
 おそらくサミュエルとの練習の成果だろう。