フローリアもエンリックを愛していただろう。
身を隠しながら、それでも都にいた。
エンリックがいる王宮がある土地に。
お互いを大切に思っていながら、だからこそ再会することができなかった。
「母は、きっと、その言葉を喜んでいます。
陛下。」
ティアラは素直に口に出したのだが、エンリックはひどく驚き、また傷付いた表情をしていた。
エンリックのたてたティーカップの物音の大きさで、ティアラはその事に気付いた。
エンリックが心中穏やかでいられるはずがない。
長年捜して、やっと見つけた我が子は、自分を何と呼んだのか。
「あの、私……」
ティアラは、エンリックの様子にどうやっていいか、迷っていた。
エンリックもティアラに悪気がないのは感じている。彼女のせいではない。
「やはり、急には無理か。」
あまりに悲しそうなエンリックにティアラは思わず謝ってしまった。
「申し訳ありません。違うんです。その…」
エンリックは首を横に振った。
「謝らなくていいから。わかっている。そんなに緊張しないで、ティアラ・サファイア。」
エンリックは動揺している娘を、何とか宥めようとした。
いつまでも四歳のままではない。
すんなり受け入れるには年月が経ちすぎている。
まして、今日まで「父親」の存在すら覚えていないティアラを思えば、高飛車な物言いは禁物だ。
一緒に暮らしているうちに打ち解けてくれれば、それでいい。
とりあえず今は自分の言葉を信じてもらうだけで。
エンリックは椅子から立ち上がると、ティアラのそばに歩み寄った。
「部屋へ案内しよう。おいで。」
ティアラはエンリックに手をとられて、やっとその場から立った。
もし支えがなければ、そのままふらついて、転んでしまいそうだ。
エンリックの部屋から、程近い扉を彼自身で開けてくれた。
辺りに誰もいないのは、人払いをしてあるのだろう。
作りのよく似た重厚な扉の内部は、まったく違っていた。
(これが?私の部屋?)
ティアラはまるで童話の本の挿絵の中へ入ってしまったようだ。
全体に淡い色調でまとめられ、カーテンからソファー、テーブル、クッションにいたるまで、レースや刺繍が施された布地が使われている。
壁には数枚の絵画やタペストリーが掛けられ、暖炉の上には彫刻が飾ってあり、何箇所にも花の生けた花瓶。銀の燭台、ガラス細工。
ティアラはエンリックを振り返り、か細い声で聞いた。
「本当に、ここが、私の……?」
「そう、今日からティアラの部屋だ。気に入ってくれれば嬉しいが。」
エンリックは大きく頷いた。
この日のために用意した部屋だ。ティアラのためだけに。