とりあえず買い物の目星をとソファーから立ち上がったクラウドは、飾られていたぬいぐるみに
目を留めた。
 キャラクターマスコットのうさぎで、初売りと夏のセールに新作の服を着て限定発売もされる。
「あれは、来年用ですか。」
「そう。今回はフリースのフード付きジャケット。赤、白、緑、青、橙の五色セッを作ってみたんだ。」
 毎年、集めているファンもいて、ネットオークションで高値取引もあるくらいだ。
「販促用のがあるけど、帰りに持っていく?」
 ダンラーク百貨店の年末年始の挨拶に使う粗品は喜ばれることが多い。
 特に白とピンクのうさぎマスコット「白うさ」と「花うさ」が入ったタオルハンカチ、カレンダーなどは
女性に人気が高く、本来非売品だったのだが、一部商品化もされている。
「こちらのうさぎは、かわいいですよ。通年販売しないんですか。」
 ジェフドの問いに、エンリックは困ったような笑顔を浮かべた。
「要望はあるんだけど、生産工程が検討中なんだ。」
 ぬいぐるみはともかく、他の商品に利用する気はあるらしく、クラウドとジェフドが売場を巡り、
エンリックはギフトセンターで一仕事をして、再度、応接室に戻り、「マダム・ダイニング」の
惣菜ランチの後、三種類のデザートが出てきた。
「白うさ」「花うさ」をかたどった紅白まんじゅう、チョコレート、クッキー。
「まだ開発段階なんだけど、試食してくれるかな。」
 チョコレートはホワイトチョコにいちご味、クッキーもプレーンといちご味と、それぞれの色に
合わせてある。
「充分、売れると思います。」
 クラウドとジェフドは素直に感想を言った。
 味も良いが、うさぎというマスコットが女性受けするだろうし、白とピンクだから祝い事にも
好適だ。
「紅白まんじゅうの中身が決まらないんだ。」
 小倉あん、しろあん、いちごあん、カスタード、ストロベリークリーム、チョコクリーム、他にいくつか
候補が上がってるらしい。
とりあえず社員食堂のメニューにして、アンケートを取るという。
 長居をして時間を取らせるわけにもいかないので、折を見て二人は引き上げた際にエンリックは
駐車場まで見送ってくれた。
「今度は子供達を連れて家に遊びに行きます。お父さん。」
 クラウドは別れ際、そう挨拶した。
 彼の妻、ティアラ・サファイアがエンリックの娘だ。
 将来のために社外研修としてダンラーク百貨店に赴いたの時、コンシェルジュに勤務していた
ティアラに惚れこんでしまったのである。
 もっとも社長令嬢に気安くするわけにもいかず、意を決して食事に誘おうと声をかければ、
「お昼休みは毎日違いますけど、時間が合えばご一緒しましょう。」
 そう応じられてしまい、かわされたのかと思えば、店内で食事といえばランチタイムだと誤解
されたのだ。
 大手総合商事会社の御曹子だったクラウドは、結婚も経営の一端という考えがあったのだが
ティアラの天使のような微笑を見た途端、各方面の令嬢達は彼方へ消えた。
 多少なりとも強引な面があるドルフィフェ商事の跡継ぎということで、エンリックにも
「この店が欲しいなら、株は譲ってもいい。だが娘は商品ではない。」
 手痛い言葉を返された。
 エンリックはともかくティアラに誤解されたくないので、本気で転職を考え、相談されたのが旧友の
ジェフドである。
「クラウドは芸があるわけじゃないからなー。理数系得意だから、何かの資格か免許でも
取ってみれば?」
 半分気休めのつもりだったが、クラウドは必死に勉強して、会社経営とは縁遠そうな気象予報士の
資格を取得し、合格証を手に家を出る覚悟で、再度、申し込みに行った話は、当時経済紙の話題と
なったほどだ。


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