騒然としかけた場を、後にしたジェフドを、テイトは驚いて追いかけた。
「いったい、どのようなおつもりであのようなことを、陛下。」
「言葉通りだ。私が仕えるに値する人間と思わない者に、無理強いはできない。」
後になって、裏切られたり、失望されるより、最初に見限ってくれたほうがいい。
「後悔されるのも御免だ。父上への忠義と私への信頼は別さ。彼らに私は何も報いてないから。」
聞きようによっては、邪魔者はいらないと言ったようものだ。
「私は、城にとどまらせていただきます。」
三歳ほど年長の騎士は、笑ってそう告げた。
決して、忠節に値すべき主君であることを、疑っていない。
元々、世継ぎとしての器量や軍才に乏しかったから、ジェフドは逐電したわけではない。
不信感を持つ臣下達も、今まで何を見てきたのだろうと、考え直した。
外見にとらわれて、本質を理解しようとしなかった自分達が、ジェフドを城外へと向かわせたのではないか、と。
存亡の危機に動じない現状になって、改めて真価を見出したのである。
何人残るか、とジェフドは思っていたが、はてさて、消えた人間は、特に重臣にはいなかった。
「あなたは人を惑わす天才ね。」
サラティーヌは夫を笑った。
何せ、ジェフドは、彼女にも似たようなことを言ったのだ。
「私は王妃よ。今更、どうしろというの?」
本当に信用してないなら、旅になど付いていかない。さっさとジェフドの元を去ったことだろう。
極めつけは、この言葉だ。
「私、あなたの子供を生むのよ。そばを離れるわけには、いかないわ。」
一瞬、ジェフドは呆然としてしまった。
思いがけない話を耳にした。
妻に向かって、問い直す。
「サラ、今なんて……。」
「あなたの子が生まれるの。きっとあなたに似た強い子になるわ。戦乱のさなかに授かった子だもの。」
にっこりとサラティーヌは、ジェフドに微笑みかけた。
ジェフドは逆に慌ててしまう。
カルトアは、一気に軍勢を差し向けたなら、支えきれないかもしれない。だとすれば、籠城するより、相手の侵入を防いだほうが良い。
ジェフドも出陣することになる。
空っぽになる城に、身重のサラティーヌを置いてはいけない。
「ここでは、落ち着かない。城外へ出なさい。」
カルトア王家の血統は存続させなければいけない。落ち延びさせたほうが安全だ。
「一人で逃げろと?」
「護衛にはテイトをつける。」
連れて行く侍女は彼女自身が選ぶだろう。
ジェフドの部屋に呼び出されたテイトは
「私の妻と、次代の王を守ってほしい。戦列から離れてくれ。」
突然申し渡され、反論しようとして言葉を失った。
『次代の王』と目の前の『現王』は、確かに言った。