「花は見て楽しむもの。むやみに手折ろうとするのはいかがなものかと。」
 からかわれたと思ったのかと、一人が剣を抜く。
 さすがに、まずいと考えた連れの者が止めようとした。いくらなんでも丸腰の相手に斬りかかるとは。
 だが、意外にも、吟遊詩人と見て取った人間は身軽で、どうやら剣を持っていたらしい。
 鞘のまま、受け止め、振り払った。
「人が集まって、困るのはそちらではありませんか。」
 騎士が旅人に剣を向けたのだ。それも酒の勢いで。
 それを自覚したのか、彼らは人ごみへ走り去って行った。
「大丈夫ですか。」
 吟遊詩人と思しき人間が、娘達に声をかけた。
 年はたいしてかわらない。
 フードが取れた顔は、青い瞳の少年。
「ありがとうございました。旅のお方ですか。」
「はい。あまりお嬢さん方だけで歩かれるのは危険ですよ。」
 明かりが多いとはいえ、もう星が空に輝いている。
「あの、よろしければ我が家へおいでになりませんか。」
 饗応の席に詩人を招くのは、彼らに対して礼儀でもある。
「それは残念。今夜は先約があるのです。」
 その時、遠くから、人を呼ぶ声がした。
 どうやら、娘達は、他の供の者達とはぐれていたらしい。
「お迎えのようですね。」
 少年が気が付いて、走り去っていく。
 途端、強い風が、一瞬、吹き抜ける。
 黒い髪、と思った彼の髪が、違う色に変わった。
 眩しいほどの、銀の髪。
 慌てて、フードと一緒に頭に被せていく後姿。
「あの人、本当に詩人かしら。」
「竪琴を持っていましたわ。」
「そうだけど…」
 お嬢様、と呼ばれた娘は首を傾げる。
 あの身のこなし。それに剣。
 良く見えなかったが旅の吟遊詩人が持つものではなさそうだ。どちらかといえば騎士が持つ長剣。
 不思議に思いながら、その場を去った。


 金色の髪の娘の誘いを受けられなかった少年は、急いで馬車へ戻る途中、側近に出会った。
「あれほど申し上げたのに、どうしてそういうことをなさるのですか!若!」
 さすがに人前なので、呼び方を変えたらしい。
 腕を引っ張られて、馬車の中に押し込まれた。
「とにかく、どこかで着替えていただきます。その格好ではお連れできません。大体、こんなものまで用意して。」
 黒髪のかつらをもぎ取った。
 何と、馬車の座席の下に隠してあったらしく、一度は忍び歩きするつもりだったらしい。
「帰国したら、陛下に申し上げますから、そのおつもりで。」
「それだけは、やめてくれ。もうやらないから。」
 旅先で、羽目を外したことがわかれば、二度と国外へ出してもらえないかもしれない。
 それどころか、今度こそ謹慎か、さもなくば幽閉。
「ほんの少し、祭り見物しただけじゃないかー!」
 泣きそうな顔で、謝り続けるのであった。