グレジェナの国王は、隣国カルトアの皇太子を歓待してくれた。
容姿もさるこながら、物言いも穏やかで、立ち居振る舞いも隙がない。
王子といって、うなずける品もある。
ジェフドとしては、滞在期間中、王族として立場がある。
見事に騙し(?)通せたなら、お咎めなしと、やっと約束をとりつけた。
本来、黙って立っていれば、充分なのだ。
晩餐会やら、舞踏会はそれで乗り切れるだろう。
昨夜は遅くに到着したせいで、国王は気を遣い、今日は舞踏会のある時間まで、部屋でくつろげることになった。
だからといって、昼寝ができるわけでもなく、みっちり行儀作法のおさらいをさせられたが。
「いいですね、殿下。くれぐれも粗相のないように。」
何度となく注意され、大広間に向かう。
いうなれば、国外でのお披露目になるわけだから、ジェフドも緊張する。
さすがにカルトアより、規模も大きい。
人の多さもだが、盛大さがまるで違う。
祝祭のこともあるが、賑やかな催しは、国力の豊かさを物語る。
(せめてカルトアがもう少し広ければ。)
何せ小国だから、狙われやすい。
どこもかしこも領土は欲しい。冗談ではない。せっかく平和に暮らしているのだから、邪魔しないでほしいものだ。
間違っても、カルトアから手出しすることはないのだから。
舞踏会の最中に、考え事をしながら周囲を見ていると、一人、貴族の令嬢が、何人もの貴公子に囲まれている。
こういった席上では良く見かける光景だが、周囲の人間の数が、他の貴婦人の比ではない。
「あちらは?」
ジェフドの疑問に、機嫌よく国王は答えてくれた。
「ハーレシュ公ご自慢の、サラティーヌ嬢ですな。誰もが彼女に求婚したがっております。」
いわば、社交界の華。
おまけに公爵家の令嬢。魅力的なのは、彼女自身だけではなさそうだ。
国王自身で紹介してくれようとする前に、ジェフドがその輪の中に入って行ってしまった。
「カルトアの皇太子、ジェフドです。一曲お相手願えますか。」
返事をしない内に、手を取ってしまった。
取り巻きの若者は面白くないが、相手が王子では文句もいえない。
「随分と強引ですのね。」
「貴女が困っておられたようなので。」
サラティーヌは、微笑みながら言った。
「助けていただいたのは、二度目、ですね。殿下。」
ジェフドが昨夜の娘の面影を思い出したように、サラティーヌも覚えていた。
忘れようがない、銀の髪。
「光栄ですが、昨夜の事はご内密に。」
「では、御礼のかわりということにいたしましょう。」
サラティーヌの淡い緑の瞳が、楽しそうに輝いている。
他国の王子の、旅のついでの息抜きが、吟遊詩人のなりをしての祭り見物。
どうやら、綺麗な容姿とは裏腹に、茶目っ気があることに気が付いたらしい。
二人の会話は他に聞かれることなく、傍目からみれば、なんとも優雅に舞うように踊っている。
ジェフドは華奢な印象があるが、背は高い。
最近、驚くほど成長が早い。
また、可憐さに加えて、美しさを増したサラティーヌに、ここまで堂々と公式の場でダンスを申し込んで、承諾してくれた者もなかった。
しかし、この後では、誰が彼女の隣のいても見劣りするに違いない。
容姿でジェフドに並ぶ男はグレジェナの貴公子達の中にもいなかったのである。