騒ぎを起こすわけにいかないので二人だけの約束だが、そうと知らなくてもジェフドとサラティーヌが一緒にいるのを、面白く思っていない者達もいる。
密かにサラティーヌに恋焦がれる貴公子にとって目障りこの上ない。
国王の賓客だから我慢していたが、帰国の前日ならば、遠慮はいらないだろう。
見納めにと、一人で城の中庭にいたジェフドに詰め寄ってきた。
「殿下はすぐにお帰りになる方だから、構わぬかもしれませんが、その後に残る方の評判を考えていらっしゃらないようですね。」
どうも、サラティーヌとのことらしいのは、ジェフドにもわかる。
(この国の人間は必ず団体行動なのだな。)
貴公子達を見回した。
「ご退屈であらば、お相手仕りましょう。」
一人が剣に手をかける。
確か、某侯爵家の子息。
辺りに人影がない。
「では、ご指南いただきましょう。」
これには、相手が怯んだ。
まさか、受けるとは。
誤解されやすいが、ジェフドは剣が扱えないわけではない。
だからこそ、ルドモットもテイトも、一人歩きを無理にやめさせようとしないのだ。
剣で脅されるほど、見くびられては困る。
これでも一国の皇太子だ。
心得があるものであれば、立会いをみてわかる。
(何だ!?この王子、強かったのか?)
剣の音が響いたのか、人の声がしてきた。
その中に、聞き覚えのある側近の声が耳に入って、相手の剣を弾き飛ばした。
「側近が捜しているようなので、失礼。」
ジェフドが立ち去った後で、貴公子達が駆け寄った。
「どうした。手加減したのか。」
「違う。されたんだ。」
悔しそうに、彼は呟いた。
表面上は何事もなく、ジェフドは帰国の途についた。
行きと違った点といえば、テイトに
「戻ったら、剣の練習付き合ってくれ。」
と、言い出したことだ。
「心境の変化ですか。」
「まあね。」
サラティーヌを巡って、決闘になった時のためにとは、さすがに口に出せなかった。
「父上!ただいま戻りました。」
旅立ちと同じく元気に帰ってきた息子に、ルドモットはさらに驚かされることになる。
仰天したのはカルトアではなくグレジェナの国内であった。
先日の返礼に加え、国王を通じてハーレシュ公に、サラティーヌへの求婚。
しかも、隣国の皇太子から!
慌てふためくハーレシュ公だが、娘はあっさりと承諾した。
「私、カルトアへ嫁ぎます。」
「何を言ってる。王族ならカルトアでなくても…」
「皇太子妃になりたいのではありません。」
今までのように本人が嫌がればともかく、そうではないのでハーレシュ公は断ることもできなかった。
愛娘に、
「他の方でもよろしいのですか。お父様。」
知らない間に恋仲になった男でもいるのかと思えば、こう言われたのである。
「旅の吟遊詩人の妻も楽しそうですわ。」
流れ者と駆け落ちされるくらいなら、他国とはいえ王子を選ぶ。