ジェフドは、勢いづいたまま、訊ねた。
「私が言いたいのは、心に決めた女性はいないのか、ということだ!」
何だ、というような顔をして、テイトは言った。
「私はまだ結婚する気はありません。」
「まだって…。」
「どうしたのですか、急に。」
ジェフドは、ワインを注いだグラスに手を伸ばした。
今、ナーサのことは口に出せない。
「本当に、誰もいないのか?」
「私の妻になってくれるような女性はいませんよ。大体、留守ばかりしていては相手だって気の毒でしょう。」
気の毒、という言葉で、ジェフドはふと思い当たった。
しばらくは油断が出来ない状況が続く。
また、諸国が動いたら、カルトアの軍勢を率いるのは誰か。
ライクリフがいる以上、城を空にはできない。
多分、テイトは今度こそ自分が戦場に赴くだろう。
残された者の心情をテイトが考えないわけがない。
「家族を持つのは不安か。」
「そういうわけではありませんが…。」
テイトも言葉を濁す。
長い城勤めで、家庭に縁がなかった事は事実だ。
顔に似合わずやんちゃだったジェフドの相手で精一杯だった事もあるが、始終走り回って、ジェフドを叱りつけていたせいか、すっかりきつい人間だと思われている面もある。
実際、テイトに好意を持っている女性がいるなど信じられないに違いない。
「もし、お前が不在の場合は、私がかわりに守ると言ってもか。」
「だから、私の妻になってくれるような女性は…。」
「いたら、結婚するのだな!?」
ジェフドがあまりに真剣なので、テイトも返事をしてしまった。
「もし、そういう奇特な方がいれば、の話です。」
ジェフドは心の中で、叫んだ。
(奇特とはなんだ。ナーサに失礼だろう。この朴念仁が!)
この調子だから、人を寄せ付けない人柄だと誤解される。
責任の一端はジェフドにもあるのだが。
テイトはいきなり押しかけてきたジェフドの真意を量りかねた。
ルドモットが存命の頃も、随分気にかけてもらっていたことを思い出す。
ジェフドはとりあえず、現在テイトに意中の女性がいないことが確認できれば良いのだ。
特別、女嫌いでもなさそうだ。
テイトにだって初恋くらいあっただろうから。
なんとなく興味がわいて、訊いてみた。
「初恋の相手、覚えているか?」
「今度は初恋ですか。…憧れていた御方なら、いましたが…。」
「誰だ!?」
「酔ったのですか、陛下!?部屋までお送りします。」
どうもテイトは答えたくないらしい。
ジェフドは無理矢理、聞き出そうとしたが、
「昔の話です!」
そう言われたきり、何も教えてくれなかった。
たいして酔いが回っているわけでないが、強制的にジェフドは追い返された格好で、私室に戻った。
(初恋があったんだな、テイトにも。)
恋愛に関して話したことなど、ジェフドが結婚の時くらいにしかなかった。
勝手に婚約したものだから、大慌てだったが、皆、喜んでくれたことが脳裏に浮かぶ。
何もかもが明るく、前だけを見ていた時代。
懐かしい思い出に耽っていると、扉を軽くノックする音がした。
サラティーヌが様子を聞きにやってきた。
やはり、心配らしい。