慌てて、テイトの元に駆けつける。
「お前、ナーサに何を言った!?」
顛末を聞いたジェフドは、つい声を張り上げた。
「泣かせてどうする!この鈍感!」
もちろん、テイトは泣かせるつもりは、まったくなかったし、突然、泣き出した理由がわからない。
「とにかく追いかけろ。黙って見送っている奴があるか!」
はっとして、テイトはやっと走り出した。
(目の前で泣かれて気付かないほど、女心に疎かったとは…。)
ジェフドは、腹心の鈍さにため息をつく。
後は成り行きに任せるしかなさそうだ。
どんなに早く走っても、女の足では、ナーサは、すぐテイトに追いつかれた。
「私のことなど、気にしないでください。もう、いいのです。二度と、ご迷惑はかけません。」
そこまで言われれば、テイトも思い当たる。
「陛下が急に話を持ち出したのは、まさか…。」
ナーサは、顔に手を押し当てたまま、言った。
「ですから、忘れてくださって、結構です。」
だからといって、このまま放っておくわけにはいかない。
かと言って、、なんと言葉をかけるべきか。
自分でなくても、他にいくらでも相手がいるだろうに、などと口に出したら、また誤解されそうだ。
「何で…。その、私は、あまり、面白味のある人間でもありませんし…。どうして…。」
慣れていないことなので、しどろもどろだ。
一応、女性に好かれる性格でないことは自覚している。
ナーサであれば、サラティーヌのお気に入りの侍女という点を除いても、充分縁談は選べると思うのに。
だから、先日ナーサから話を聞いた時、祝いを言ったのだが、大きな誤りだったらしい。
「テイト様は優しくて信頼できる方です。私には、それだけで…。」
一旦、顔を上げたものの、後は声にならない。
この人は、知らない。
決して目立たぬようにしていながら、どれだけの信望があるかを。
「本当に、良いのですか?…私は騎士です。…陛下を、この国を守ることを、きっと、優先してしまう。…それでも、堪えていただけますか…?」
テイトが今まで結婚を意識しなった一番の理由。
国王一家やカルトアに大事があれば、家庭を顧みなくなるだろう。
それを承知で、誰が自分の元へくるというのだ。
「騎士様はそれが務めでございましょう。」
テイトの真っ直ぐな忠誠心こそ、彼の価値だ。
ジェフドとサラティーヌ、ひいては亡きルドモットがテイトの忠実さを、どれほど心強く思ったか。
カルトアでテイトほど騎士らしい人間はいまい。
「一人になることも多いと思いますが…。」
「侍女は続けます。大丈夫です。」
ナーサがそこまで決心してくれているのなら。
テイトにとっても、最も親しい女性。
はたして良い夫になれるかどうかはわからないが、ナーサなら平穏な家庭を築いてくれそうだ。
第一、自分を慕って涙する女性を前にして、心を動かされない男はいない。
「ならば、お気持ちはありがたく…」
テイトがナーサの前に膝をつく。
「終生、貴女を妻とすることを誓います。」
騎士が高貴な女性に対する正式な作法。
幸せにすると言ったら、嘘になるかもしれない。
だが、妻と選んだからには、心は変わらない。
ナーサは、目を見張って驚いた。
同じ光景を、過去に見たことがある。
敵国から無事に帰還したジェフドを出迎えた時。
