収穫祭の時期、逗留した町でやはり駆け落ちと勘違いされ、ジェフドは、
「もう妻には苦労ばかりで。」
否定するどころか、完全に相手に合わせている。
吟遊詩人と貴族の令嬢の恋物語が珍しいのか、人が集まり、いつか、
「ちゃんと結婚式したのかい。」
そんな話になった。
「ええ、まあ。」
二人とも曖昧に答える。
国をあげての盛大な婚儀を執り行なった。
祝福と歓声を浴びて。
手に手を取っての逃避行と信じている人々にわかるはずもない。
きっと着の身着のままでと思ったのだろう。
「今日は祭りだよ。たまには楽しんでおいで。」
人の良さそうな宿の女主人が、どこからか晴れ着を借りて来てくれた。
せっかくの好意なので、ジェフドとサラティーヌも素直に受け取ったが、着替えて出かけた二人を見て、
「どこかの王子様とお姫様みたいだ。」
何人もの客が囁きあった。
秀麗な顔立ちの彼が、女性に間違われないのは背が高いからかもしれない。
騎士ではなく、貴公子的な気品がある。
だから、普通の旅姿では「お忍びの王子様」になってしまうのだ。
吟遊詩人は隠れ蓑としても最適なのであった。
旅も長引けば、宿が取れないときもある。
宿屋が満室だったり、予定の土地に着かなかったり、予想外のことも起きる。
教会や民家、空き家でも、屋根があればいいのだが、野宿する場合もある。
ジェフドは構わないが、さすがにサラティーヌに申し訳ないと思う。
「済まない。明日はちゃんとした所に泊まろう。」
いつも野宿する羽目になると、ジェフドは謝った。
最初はサラティーヌも泣きそうになった。
だが、今ではジェフドの隣で夜、眠れるようになった。
責任を感じてか、一晩中、火の番をして、ジェフドは寝ないらしい。
森の中で、木の実を取り、食べられる野草や薬草も、ジェフドはサラティーヌに説明した。
「騎士は野営の心得も必要なんだ。」
特別な知識でないことを強調する。
城の中にいても、王子も騎士の一人でなければならない。
父ルドモットと側近テイトの方針の賜物だ。
「私はひたすら行儀作法のおさらいだったわ。」
優雅な物腰、立ち居振る舞い、言葉遣い、現在、何の役にたったのだろうか。
わりと一人で何でもこなすジェフドとは大違いだ。
「大事にはされてたよ。この顔のおかげで。」
ジェフドが快活に笑った。
城の肖像画を見た時、サラティーヌも納得した。
本当に母親似だったのだ。
「だから、私の名は『ジェフド』なんだ。」
ルドモットは王妃そっくりの息子を見て、何より無事な成長を願った。
あまり健康な女性ではなかったため、もしやこの子も病弱ではと思ったのだ。
カルトア歴代の王で一番多い名前にあやかった。
杞憂であったことは、散々思い知らされるのだが。
ただ、城の者はどうしても面影を重ねてしまう。
何もさせてはいけないという思いから、何もできないに変わってしまった。
そんな目でみられては、ジェフドだってたまらない。
いつまでも子供ではないのだ。
もっとも、新婚の妻を連れて旅に出る口実にはならないには違いない。