ジェフドは周辺諸国へ足を延ばした。
 せっかく城を飛び出したのなら、より広い視野を求めて。
 価値観の相違、諸国の動静、彼なりに学んでいた旅で、決して物見遊山だけではなかった。
 
 ある年の春、グレジェナへ立ち寄った。
 サラティーヌの故国である。
 「春の祭り」の最中。
 二人が始めてあったのも、この祭りであった。
 相変わらず、華やかで盛大だ。
 ジェフドは人の中を通り抜けて、サラティーヌをある場所へ連れていく。
 サラティーヌの生家。ハーレシュ公爵家。
 前触れなしの訪れに公爵夫妻は驚いた。
「今回は私的な旅ですので、グレジェナの方々には内密に。」
 ジェフドがさりげなく口止めする。
「お供の方はどちらにおられます?」
「別のところです。」
 ジェフドはさらりと言ってのけた。
 まさか、二人で旅して歩いているなど、思ってもいないだろうし、知られても困る。
「じゃ、サラティーヌ、ゆっくりしておいで。」
「あなた、どこへ行くの?」
 サラティーヌを一人置いていこうとするので、慌てて腕を掴む。
「ちょっと一稼ぎ…、いや、祭り見物。」
「今夜、ちゃんと帰ってきてね。」
 ハーレシュ公は、当然、供の者も一緒に邸へ招くつもりだったが、いない人間を連れてくるわけにはいかない。
「大勢で押しかけてもご迷惑がかかりますし、人に知られても困りますので。」
「では、殿下だけでも、どうぞ。何のおもてなしもできませんが、こうしていらっしゃっていただいたのですし。」
 久しぶりに愛娘に会えたせいか、ハーレシュ公も機嫌が良い。
「旅人をもてなすのはグレジェナの風習なの。」
 サラティーヌも引き止めた。
 祭りの期間は、どの家でも、旅人が溢れかえる。
 貴族の邸でも例外ではない。
 旅の楽士や吟遊詩人、商人達が普通に出入りする。
 結局、ジェフドは一度、外へ出た後、ハーレシュ家へ戻ってきた。
「供の者とは後で合流する事にしました。」
 もっともらしい事を言って、公爵夫妻を安心させる。
 とんでもない所へ嫁にやったと思われては、ジェフドの立つ瀬がない。
 客間に通され、室内を見回したジェフドは、
「久しぶりだなー。 こういうの。」
 品の良い調度に、銀の燭台。豪奢なカーテン。
「ベッドがふかふか♪」
 まるで子供のようだ。
 サラティーヌは、つい、誰もいないのを確認する。
「もう、あなたったら、いきなりこんな所へ。」
「こんなはないだろう。サラの家じゃないか。せっかく親子水入らずの機会なのに。」
「やっぱり。私一人、ここに泊めて、自分はどこかに宿をとるつもりだったのね。」
 ジェフドの心遣いはサラティーヌにもわかるし、嬉しくもある。
 皇太子妃となって、里帰りなど夢だと思っていた。
 驚愕したものの両親も喜んでいる。
 しかし、ジェフドが迎えを寄越すといって、カルトアへ一人送り返されるような気がした。
「置いていかないでね。ジェフド。」
 城へ戻ったところで、一人待つのは寂しすぎる。
「辛くないか?」
「もう慣れたわ。」