一頭ではない。
「ジェフド!」
 サラティーヌが叫び声を上げる。
 最初の一頭をジェフドが薙ぎ払う。
 ドサッという音を立てて、倒れる。
 一斉に群れが姿を表し、次々と襲い掛かってくる。
「早く逃げるんだ!」
 サラティーヌは目の前の光景に、思うように身体が動かない。
(離れなくては、足手まといになってしまう。)
 傍にいればジェフドはサラティーヌを庇う事に気を取られる。
 狼に集中しなければ、いくら剣の腕があっても隙を突かれるだけだ。
 躓きそうになりながら、サラティーヌは必死にその場を離れる。
 松明の先に、折れた枝先。
 素早く拾い、火を移す。
 獣は火を恐れる。

 狼の鳴き声と倒れる物音が続いている。
 ふと、サラティーヌが目を向けると、一頭の狼がにじり寄ってくる。
 内心慌てながら、二つの炎を前に出す。
 狼は様子を窺いながら、距離を縮めた。
「きゃああああ。」
 サラティーヌの悲鳴と、狼が宙に浮くのと、どちらが先立ったか。
「サラティーヌ!」
 ジェフドの声と共に、一本の短剣が狼の背に命中する。
 ギャウッ!
 狼の体がサラティーヌの前に、 崩れ落ちた。
 ジェフドが狼を振り切りながら、駆け寄って来る。
「怪我は!?」
 サラティーヌは、黙って首を横に振る。
 咄嗟に声が出ない。
 まだ狼は何頭か残っている。
 ジェフドはサラティーヌの手から、燃えている枝を掴み取り、自分のマントを外した。
 襲い掛かろうとする一頭に斬り付け、火をマントに移し、燃え上がっている状態で、狼めがけて投げつける。
 炎の勢いに怖気づいて、狼は後退りし、森の奥へと去っていく。
「おいで。」
 ジェフドはサラティーヌの手を取って、思い切り走り出す。
 今の内に狼を振切らなければ、対応する術がない。

 どれ程、走ったであろうか。
 ジェフドが一旦、後を振り返る。
 追ってくる気配は、ない。
 どうやら逃げおおせたようだ。
 二人とも、息が切れ、汗びっしょりだ。
 改めて、お互い顔を見合す。
「無事で良かった。」
「私は何ともないわ。あなたは?血が…!?」
「大丈夫。全部、狼のだ。」
 あちこちに返り血を浴びているのが、松明の灯りに映る。
「本当に良かったわ。」
 狼に襲われた恐怖心より、今はジェフドの無事な姿が喜ばしい。
 つい声が潤んでしまう。
「どこも怪我はしてないから。泣かないで、サラ。きっと、もうすぐ森も抜けられる。」
 松明のせいで抱きしめる事ができないのが、歯痒く感じられた。