六月の終わり、ヴェスナーは地球にいた。
 我が家の玄関を再び開くとは。
「ただいま。」
「兄さん、お帰りなさい!」
 ウィリアムが飛び出してくる。
 キャサリンは、抱きついて来た。
 騒ぎを聞きつけて、モニカも姿を見せる。
「ヴェスナー、本当にお帰りなさい。」
 言いながら、瞳を潤ませている。
 ヴェスナーはただ、黙って頭を下げる。
「あのね、弁護士さんや叔父さんたちもきてるよ。」
「ああ、呼んでもらったんだ。どこ?」
 先に話は済ませたい。
 応接間には親族達が集まっていた。
 誰もが、驚愕の声を上げる。
「本当に生きていたのか…!」
 成長したとはいえ、昔の面影が残っている。
 何より、ハーベル譲りの黒髪に黒い瞳。
「皆さん、お久しぶりです。ご心配おかけしました。」
 彼らの心配はヴェスナー自身ではないだろうが、型どおりの挨拶は必要だ。
 テーブルの周りに全員座ったところで、弁護士が封書とディスクを取り出す。
 多分、ハーベルの遺言状。
 この中で内容を知らない人間はヴェスナー一人。
「今回、帰ってきたのは無事である報告のためだけです。いまさら、レギンの者として権利を主張する気はありません。」 
 モニカを始め、全員がどよめきだす。
「それは、どういうことかね。」
 弁護士が静かに問い質す。
「相続権、放棄します。家も、事業も、財産も。レギンの後継者はウィリアムに、弟に譲ります。」
 これを言うために、戻ってきた。
 本来、受け継ぐヴェスナー自身が人前で明言すれば、誰が非難される事もない。
 ウィリアムにならすべてを渡してもいい。
「本気か、ヴェスナー!?」
 叔父達は信じられない様子だ。
 世の中、欲に目が眩んだ者ばかりでないことだってある。
「はい。当主の座はウィリアムに。財産管理は成人まで弁護士さんと母に、事業は役員の方と財団にお任せします。その通りに文書にしてください。この場でサインします。」
「待って、ヴェスナー。結論はもっと良く考えてからでも。」
 モニカが止めようとする。
 ヴェスナーは、笑って首を振る。
「いいんです。」
 帰る場所を用意しておいてくれた。
 それだけで充分だ。
 弁護士が翻意のないことを確認して、不備のない書類を作成する。
 まだ、不満があるようなら、慈善団体に寄付してもいい。
 正式に一切の権利を弟へと託す。
 すべきことは終わった。
 安心して、また家を出て行ける。
 長い間、応接間から人が出てこないので、ウィリアムは心配になったらしい。
 部屋の前で行ったり来たりしている。
「遅かったね。」
「まあな。元気で、ウィリアム。」
 そのまま、玄関に向かおうとするヴェスナーの腕をウィリアムが引っ張る。