「どこ行くの!?兄さん!」
「友達と待ち合わせしてるんだ。」
モニカも必死に引き止める。
「この家はあなたの家よ。せめて、ここで暮らしてくれるんでしょう。」
「やりたい事があるんです。」
ウィリアムが少し、手を緩める。
「何をするの。兄さん。」
「ポリス・アカデミーにいたの何だと思ってる。俺、刑事になるんだ。」
自分の生きる道はすでに決まっている。
変えるつもりはない。
「研修期間もすぐ始まる。だから、ここにはいられない。」
「そんな…。帰ってきてくれたんじゃないの。」
ウィリアムもモニカもすがりつくような目をする。
キャサリンが廊下に出てくる。
「お兄さん、どうしたの?」
この上、泣かれでもしたら、行きづらくなりそうだ。
右腕のウィリアムの手を、静かに放す。
「昔の部屋、まだありますか。」
「もちろんよ。ヴェスナー。」
少しだけ、名残を惜しもう。
二度と戻らない家だ。
ベッドも机も位置一つ変わっていない。
子供の頃、作った模型もそのままだ。
本棚から、アルバムを一冊取り出す。
かつての自分。
亡き母セシリアも写っている。
数少ない家族で撮った写真を選ぶ。
(これくらい、持って行くか。)
棚に戻しそうとした時、ノックの音が聞こえ、ウィリアムが入ってきた。
「兄さん、お茶の用意ができたよ。それなら、いいよね。」
断りきれそうにないので、頷く。
セキュリティロックでもされたら、困る。
家族の居間。
飾り棚に、いくつかのフォト・フレーム。
その中に先程の写真。
思い出を共有した証。
時間を気にして、ヴェスナーがソファーから立ち上がる。
いつまでも浸ってるわけにはいかない。
三人がずっと見送ってくれる。
玄関から、門までかなり長い距離を歩く。
出る間際、モニカが封筒を渡した。
「これは持って行って。お父様が生前から預けたものよ。あって困るものじゃないわ。」
無理矢理、手に握らせる。
多分ヴェスナー名義の預金口座。
「またいつでも帰ってきてね。部屋そのままにしておくわ。」
処分してもらおうとしたのだが、先手を打たれた感じだ。
「また、連絡してくれるね?兄さん。」
「万一の時の連絡先は、ここにしておく。何もなければ元気だと思ってくれ。」
もう一度、振り返って、皆に笑いかける。
「ウィリアム、キャサリン、ちゃんとした大人になるんだよ。いつまでもお元気で、お母さん。」
そして、勢い良く走り出す。
ヴェスナーを待っている人間は、まだいるのだ。