エセルのラジュア訪問日程は先方へ書状を送った後のことになるが、早晩出立の見込みであった。
随行者やら荷物の用意やら、エセルの知らない内に進んでいるようである。
道中、ファーゼはレナックを護衛につけることにした。
見知った人間いたほうが、エセルも安心するだろう。
現在も診療所の行き帰りは、途中までレナックが一緒である。
さすがに王宮から一人歩きはさせられないし、リュオンも心配したのだ。
目立たないように、診療所へはごく庶民的な服装なのだが、逆に王宮の門を通りにくいということもある。
当初馬車で送迎という話も無論あったが、あまりに大げさなのでエセルが首を横に振った。
第一、リュオンの助手が大層な身分では、体裁もある。。
つい先日まで修道士だった人間が、いきなり供を連れ歩いていては、変ではないか。
王宮に戻ると、部屋の前で待ち構えていたようにカルナスが声をかけてきた。
「ちょうど良かった。仕立て屋が来てるぞ。」
「また、ですか。」
数年に渡り不在だったせいで、エセルの服はあまり多くなく、加えてラジュア行きが決まり、服の新調がかなり急いで始まったのだ。
別にエセルは兄達のお下がりでも構わないのだが、王宮での普段着ならともかく、さすがに国外へ古着は持たせられないと、デラリットが連日のように仕立て屋を呼んでくれる。
三人の兄より少々小柄なせいか、元々作ってあった服の寸法を直しから始まって、仮縫いだの何だのと、着せ替え人形よろしく試着させられるのは、意外に疲れるのだ。
本当に旅行に必要な分だけでいいのだが、年齢が開いているせいかカルナスもファーゼも、そんな十年も前の服ばかり着させていられないと思うらしい。
もっとも修道服を着慣れているエセルには、どれもこれも昔の物と言ったところで、質が良い上に、どれほど袖を通したか知らないが、ろくに傷んでもないようにみえて仕方がないのである。
部屋中に布地を広げられ、好きなものを選べといわれても困ってしまうだけだ。
今日はデラリットと珍しくシャルロットも一緒だった。
どうやらエセルの服の見立てをしてくれる気で、あれこれと手に取っている。
「この色なら、きっと似合うわ。」
深緑に近い色を選んだのは、多分エセルの面差しを考えてだろう。
リュオンと同じ、ひいてはメイティムと同じ緑の瞳。
小声でシャルロットは言った。
「ありがとう。ラジュアの使者になってくれて。」
エセルがいなければシャルロットだったかもしれないと思うと、彼女なりに感謝の気持ちも沸く。
まさか礼を言われるとは思わなかったエセルは驚いたと同時に、嬉しくもあった。
リュオンより年が近いのに、今までシャルロットとはお互いに距離を置いていた節がある。
カルナスやファーゼがこだわりを感じないのは、後にも先にもメイティムの側室はローネ一人で、充分貴族社会の常識範囲内であっても、シャルロットには娘として、父が国王でも母以外の女性と子供を儲けるということに、割り切れない感情もあるだろう。
誰も口に出さずとも、表向き静養のため都を離れた人間が帰ってきた早々、他国へ使者に立つなど、まるで身代わりと感付いて当然だ。
デラリットから様子を聞いたメイティムは、やはり喜んでいる。
「仲が良いわけでなかったのに、親近感を持ったか。」
「そうらしいですわ。まだシャルロットもぎこちないですが。」
「無理もない。自分から接しようとは随分な進歩だ。」
安心したような表情のメイティムと対照的にデラリットは顔色が冴えない。
「エセルも打ち解けてくれるでしょうか。」
徐々に会話は増えてはいるものの、絶えず周囲に気を遣っているのがわかる。
「おとなしい性格だから、多少は人見知りかも知れないな。」
「人見知りだなんて他人行儀ではありませんか。」
デラリットが生さぬ仲とはいえ、エセルを息子として受け入れているのは、何人も子を持つ母性本能というべきか。
「案じなくても、じき馴染んでくる。リュオンが王宮を避けているのを承知で戻ってきた子だ。」
「リュオンが十四の時には、すっかり手を離れていたような気がしますわ。」
同じ屋根の下で暮らしていながら、いつの間に擦れ違ってしまい、果てには黙って出奔した我が子を思い出し、デラリットは切なくなるのだった。