ディザを出立したエセルの一行も順調に旅路を進めていた。
休憩などで馬車が止まれば、エセルは供の者や馬にさえ、
「今日もご苦労様。」
と声をかけている。
誰にでも自然な笑顔を向けるエセルに、レナックは使者に立てるのをためらった人間の気持ちを察した。
少年という以上に性格が優しい。純粋すぎるのだ。
四人の王子の中では、一番周囲に対する気遣いが細やかだろう。
行く先に教会があれば立ち寄る敬虔さは当然なのかも知れないが、食事の際など随分長く
祈っているので、同席者は料理に手が付けられず困る有様だ。
時間が空いていれば、物珍しそうに地図を広げたりするが、手にしているのはもっぱら聖書で
ある。
夜には日記も書いているらしい。
レナックが荷物から落ちそうになったのを拾い上げて垣間見た時、天気から立ち寄った町や村の名前まできちんと記されていた。
馬車の中で、しきりと何か書き物をしていることもあるが、後でまとめているに違いない。
疲れたとも退屈とも、不平不満を口に出さないのは、大助かりである。
もしファーゼなら羽を伸ばしにといって出歩いてもおかしくないが、エセルは黙っていなくなるようなことはしなかった。
同じ兄弟でも雰囲気がまったくというほど異なる。
生真面目なカルナス、快活なファーゼ、おとなしいエセル。
リュオンはレナックにとって「ぶっきらぼうな医者」の印象が拭いきれないのが事実だ。
エセルの話では、
「リュオン兄上は、カルナス兄上とファーゼ兄上を足したような方です。」
ということであるが。
以前見かけた略礼服のリュオンは、確かに若い頃のメイティムの肖像画を髣髴させる。
エセルも鮮やかな緑の瞳だが母親似だ。
マリアーナの容姿と思い合わせると、ローネはデラリットに劣らぬ美しい女性だったことが窺える。
性格も控え目であろうことは想像に難くない。
早くに他界したとはいえ、十年以上メイティムの寵愛を受けた側室であるにもかかわらず、存在感が薄い。
ローネの子であるマリアーナとエセルが王宮から離れたことも一因かも知れないが、およそ顔を
知る者も少ないだろう。
カルナスやファーゼにしたところで、おとなしいというより儚げな印象が強く残っている。
多分、マリアーナとエセルの気質はローネの血を受け継いだものかもしれない。
随行者にエセルより年下の者がいないせいか言葉遣いも丁寧で、レナックが一度言上したことがある。
「殿下が何かの度に礼をおっしゃることはありません。」
「でも目上の方です。」
「少なくとも私には必要がないとお思いください。」
「兄上達にも言われるのですが、どこかおかしいでしょうか。レナック卿。」
真面目な顔で問うからには単純すぎる理由に気付いていないのだ。
レナックは余程、おかしいとか間違っているのではなく、
「貴方様は王子殿下でいらっしゃいます。」
と、口に出そうとして止めてしまった。
修道院暮らしが長く、人を呼び捨てにする習慣がないエセルに、身分が違うと話をしたところで、
すぐに納得するかどうか。
兄上達ということは、町で生活するリュオンは元より、カルナスやファーゼにも注意されたのだろう。
特にファーゼは仰々しいことが好きではない。
弟のエセルが妙に改まっていれば、
「お前、もっと普通に話せないのか。」
そう言うに決まっている。
何分、修道院では一番子供で、王宮では末っ子。
周囲が大人ばかりの中で、自然謙虚な態度が身に付いてしまったのだ。
自分が王族であることを覚えていただけ、ましなのかもしれない。
レポーテ国内であれば、まだ良い。
しかしラジュアへは外交意識を持って接してもらわなくては困る。
国の体面に関わってくるのだから。