第二十一話

 
一刻も早くラジュアへ。
 エセルの気は急くのだが、長時間馬で移動するのも大変だった。
 何分、歩いていては何日かかるかわからず、人目を忍ぶので、馬車では動きにくい。
 駿馬であればもっと早く駆けられるだろうが、エセルの技量が追い付かないのでは却って
危険である。
 一生懸命稽古してきたのだが、ファーゼにしてみれば、「馬から転げ落ちなければ
充分」という程度なのだ。
 エセルは疲れたような表情を見せても、自分勝手な行動という自覚があるため、決して
口には出さないので、一緒にいる者が注意を払うようにしている。
(見かけによらず、がんばるなあ。この王子様。)
 お供の騎士達も感心してしまう。
 レナックは唯一兄弟全員を知ってるのだが、メイティムの王子達は皆、貴公子的な容貌に
比べ、芯が強い。
 思ったことをはっきり言うのはファーゼとリュオンでも、カルナスとエセルは性格が二人より
温和なだけで意志薄弱ではないのだ。
 弱さを人前でみせてはいけない。
 幼くして王宮を離れたエセルは誰に教わったわけでもないだろうに。
 先を急ぐ旅だから、昼は野外で食事することはあっても、
「安宿でも民家でも空き家でも、野宿だけはさせるな。」
と、いうファーゼの厳命で日が暮れる前に宿探しである。
 ただでさえ乗馬が得意ではないエセルに、本人が残念がっても夜道は走らせられないのだ。
 寝つきも寝起きも良いので、夜明けに出発できるのが救いである。
 とにかく近道優先だから、時に獣道も通らなければならず、周囲にも気を配る。
 人でも獣でも、エセルは自分で身を守る事ができない。
 一応、護身用にとファーゼが短剣を持たせたが、いざとなって使うことができるかどうか。
 せめて長剣をという話もあったが、荷物になるだけ負担が増えるという理由でやめてしまった。
 剣があったところで抜けなければ、役に立たないのだ。
 確かにエセルの細腕では弓も引けなさそうだし、剣も槍も扱えるとは思えないが、上に兄が
三人もいる末っ子で病弱だったという表面上の理由がなければ、十四歳にもなって、まったく
武芸に無縁で学んですらいないということがおかしい。
 たとえ普通に王宮で育っても苦手なのは同じだったしても。
 今となっては手遅れというより、エセルだけでなく親兄弟も教える気がなく、他の長所を
延ばそうということに重点を置いている。
 戦乱のない状況だから許されることだ。
 仮に諸国と不安定な関係だったなら、メイティムが病に伏した時点で狙われただろう。
 昔、飢饉と疫病により国が荒廃したことを時の国王が嘆き、人材の育成と作物の改良を
何よりの課題とし、民の生活の向上を目指した時代があった。
 以来レポーテの兵力は他国にひけをとるものではないが、モンサール修道院に代表されるような
学問と文化の国として栄えてきた一面がある。
 戦は人災だが、天災は防ぎようがない。
 どちらも被害を最小限に食い止めるには知恵がいる。
 だからレポーテ王室には「一人で文武両道」ではなく「一族で文武両道」という考え方が
不文律として残っていた。
 互いを補う他の才能があれば良い。
 武秀でる者あれば、才秀でる者あり、だ。
 メイティムも四人の王子達を見て思っていたに違いない。
 少年だった当時からカルナスは学問に向いているようで、ファーゼとリュオンは武術に長け、
エセルは幼かったが、どうやら文人肌らしい、と。
 大方の予想は正しく、期待も大きかった。
 王宮に戻ってきたエセルを教育し直すのではなく、片鱗の見える部分を磨こうとしていることは、
本人にとっても最良の選択だったのだ。
 そして、エセルの未知なる才と、為人がロテスの目に留まり、現在の結果となったのである。