それぞれが抱えていた思い。
互いに一度でも口に出して本音で語り合っていれば、あるいは違った現在があったかもしれない。
「…少しは肩の荷、軽くなったか…?リュオン。重かっただろう?」
リュオンが誰に相談することなく抱えてきたもの。
少年の身で受け止めきれるものではなかった。
「だから逃げ出したんです。何もかも放り出して。」
辿り着いたモンサール修道院。
まさに救いの手を差し伸ばされた場所で、久しく忘れたつもりだった。
「兄上達はともかく、マリアーナやシャルロットには悟られないでください。私が王宮にいたく
なかった。だからマリアーナとエセルを道連れに巻き込んだと。いずれ何か聞かれたら、
そう言います。」
「納得しないかもしれないぞ。」
「私のわがままだったのは本当です。」
エセルがレポーテを離れた今では、マリアーナも問いただしてこないかもしれない。
話したくない理由があると察すれば尚更だ。
それほどにリュオンを信頼している。
「すまなかったな。遅くに。」
一人で耐えられず、すべてを投げ出したとしても、責められない。
打ち明けられたからといって、どれほどの力になれただろう。
「リュオン、あまり無理して我慢するなよ。」
「…兄上達に頼ると母上に甘えているようで…。私は母上に負い目があるから。」
理解しがたいようなファーゼの顔から、リュオンは思わず目を逸らした。
妹のシャルロットと同じく二人の兄は、デラリットの容姿をそのまま受け継いでいる。
どうしても重なってしまうのは、リュオンの心情のせいだろう。
「私がローネ母上のそばにいたいと望んで、一番傷ついたのはデラリット母上でしょう。」
リュオンがローネの生んだ王子と誤解され始めた頃から、まるで肯定するかのように振舞う
我が子に何度「あなたの母は二人いるのよ。」と言われたことか。
「ほら、すぐそうやって自分のせいだと思い込もうとする。もう充分だろう。まったく兄上や私が
母上に似てただけで、避けられてとはな。」
たとえリュオンが兄妹と同じようにデラリットと同じ髪と瞳を譲り受けていたとしても、
どれほど状況が変わっていただろう。
せいぜい生母について誤解されなかった程度に違いない。
「…見分けのつかない兄弟なんて、良いものじゃないぞ。兄上と私を見間違わなかったのは
リュオン、お前くらいだ。」
カルナスとファーゼを知るものならば、誰であれ両親や妹のシャルロッでさえ、つい名前を
呼び違えることがあったが、リュオンだけは幼少時から判断できたらしい。
「カルナス兄上とファーゼ兄上は性格が違うから…。大体ファーゼ兄上は、いつも服に
土がついてるから、すぐにわかりましたよ。」
リュオンを見かけて走って駆け寄ってくればファーゼ、歩いて近付くのがカルナス。
遠目でも仕草で一目瞭然だった。
リュオンの人の本質で接しようとする態度はローネと一緒にいたことで身についたのかもしれない。
「兄上。風邪薬持っていきますか。」
立ち上がったファーゼにリュオンが声をかけると、
「苦そうだからいらないよ。」
そう笑って首を横に振り、戸口を開くと冷たい風が家の中に入り込んできた。
夜目にうっすらと地面が白く光っている。
ファーゼがいた間に、わずかだか雪が降っていたらしい。
「滑りますから、気をつけてください。」
「このくらい慣れてる。」
「兄上…」
一瞬、言葉にして良いのか迷ったのだろう。それでも真っ直ぐに顔を上げた。
「きっかけはどうあれ、私自身は王宮を出たことを後悔はしていません。より広い世界を知ることが
できましたから。ただマリアーナとエセルにとって良かったとは言い切れませんが…。」
「…変わらないな…」
「え?」
「いや、信じることしか知らずに成長したんだ。二人にも良かっただろう。」
一般社会から離れた場所だとしても、修道院で静かに過ごした日々が拠り所になるに違いない。
妬みや謗り、虚飾が渦巻く宮廷よりはるかに。
(変わってないのはどちらだか…)
遠ざかった兄の姿にリュオンは昔を思い出していた。
決して目を逸らさず、物事を受け止めようとするのは子供の頃からだ。
おそらくリュオンが一人で動くことはもうないだろう。
そのままの自分を隠す必要はなくなったのだから。
白き道草(3) 目次
(第三十七話はしばらくお待ちください)