その後、リュオンは往診の度、マリアーナとエセルの二人か、もしくはどちらかを連れてくるようになった。
時々一人で来る時は、
「診療所の留守番をしてもらっています。そうそう閉めてもいられません。」
そう答えた。
医師達が想像より、はるかに快復の進みが速いのは、心理的作用がかなり大きい。
歩けるようにもなってきた。
無理をしない程度に、少しずつ公務にこなせる日も近いだろう。
「容態も安定してきたようですし、今後は他の方にお任せいたしましょう。」
「もう来てはもらえないのか。」
リュオンの言葉にメイティムは聞き返した。
また会えなくなるのは辛い。
「月に一度くらいは、お伺いします。」
宮廷医師が何人も控えていれば、リュオンは様子を見に来るだけで充分だ。
鞄を手にとって、思い出したように、
「この次は請求書、持ってきます。」
手術後の滞在期間中の寝食を除けば、リュオンはずっとただ働きである。
何やかやと言っても、病状の見通しが立つまで時間を割いたのは、責任感の表れか。
診断書や投薬の説明も医師やメイティムだけでなく、デラリットやカルナスにも聞かれなくても丁寧に教えていた。
(すっかり医者だな。)
メイティムは妙に頼もしく見えるリュオンをベッドから見送るのだった。
診療所を手伝い始めたマリアーナとエセルも、毎日が忙しい。
リュオンは早朝、夜間関係なしに駆けずり回っていて、食事も当然不規則だ。
患者が立て込んでいる日は、休む暇さえない。
合間に薬の調合、診断書の作成、診療記録と色々こなしている。
普段は昔からの癖でマリアーナは「お兄様」、エセルは「兄上」だ。
「この界隈じゃ、そんな言葉遣いしないよ。」
と、リュオンが言うので、誰かいる時は「先生」と呼んでいる。
もっと普通で良いと言われても、急には直らないものなのだ。
二人とも待っている患者の応対や診療前の問診、診断書の整理という診療所の手伝いと、買い物や食事の用意という家事もしてくれるので、リュオンは大助かりだ。
何より兄妹三人でいられるのが嬉しかった。
町の人々には「治ったらで良いから。」「いつでも構わないから。」とほとんど診療代を取らないので、かわりに野菜やパンを持ってきたり、何か手伝えることはないかと申し出られたりすることも多い。
「本当に無償なわけじゃないから大丈夫。」
リュオンは笑っているが、どうやって生活しているのかと思われているのかもしれない。
備え付けなのか古道具屋で買ったのか、ベッドも机もかなり使い込まれているし、毛布にいったては擦り切れそうな代物だ。
医薬品だけ不足分は療養所から融通してもらっているが、その他のことに関しては無頓着というより、余裕がないのがわかる。
だが診療室にはキャンディーの入った小瓶がある。
子供には飲みにくい薬を処方した時の口直しや泣きながら診療に来た場合に渡しているのだ。
そうと知った店側もリュオンが買いに来ると多めに包んでくれる。
「診療所の若先生」の使いなら、大抵の店は愛想がいい。
相手が貧しいと見て渋る医者もいる中で、雨でも夜中でも断らないリュオンは信頼も大きかった。
診療代が払えなくて頻繁に通うのをためらえば、自分から往診に来るくらいだ。
近くに親身になってくれる医師がいる心強さを皆感じている。
人々の心に安心感さえ覚えるのだった。
第十話 TOP