平成10年4月24日(金)〜

缺けてゆく夜空 その二 佳子さん

12 狂恋(1)



 
 愛の縁語が、光、生なら、恋の縁語は闇、死である。
 こういう対句遊びがしたくなるほど、二つはかけはなれている。恋とはなんと死と似ているか。何かをかぶせて忘れてしまいたい、だけれど、何かの下にいつまでもいる。

 休み明けの八月七日火曜。例によって佳子さんは遅れて出勤した。計良班長に組まされたのだから偶然なのだが、ナオ君と佳子さんは肩を並べ、作業をしていた。こしょこしょ言う語らいの切れ切れが後方の間宮の耳に入るだけで、笑んでいる横顔が見え、相手を見る瞳の輝きが見え、それが楽しそうだお互いうれしそうだという以上の詳しいことは知ることができなかった。
 仕事の後でナオ君、鹿野君、間宮の三人でボーリングをした。
 これもそうだが、今後出てくる間宮参加のボーリングはほぼすべて、あの中野のボーリング場でなされている。工場から同じように地下鉄に乗り、行った。ただし、吉祥寺のパブはあれが最後である。
 八月八日水曜。
 ナオ君がこういうことを言った。
「佳子さんは怖いですよ。さんざん気を引いたあとで男を捨てる。遊ばれるだけですね」
「間宮さんにはもったいないですよ」
「ひとのことをいつも子供扱いする。ああいう人は嫌いです」
「男と泊まり歩いたらしいですね。一日のはずの海が三日になったって言ってましたが、そういう訳みたいです」
「今日はインターバルですよ。家に帰って、風呂入って、洗濯しなきゃ」
「すいません、六時に帰ります。ほら、床屋行かなきゃ」
 佳子さんも六時に帰った。芝君も、七時と言っていたのに六時に帰る。
 だから佳子さんから手を引きませんかということか、間宮にはそう聞こえた。床屋と言いながら、ナオ君の目は帰り支度する佳子さんを追っていた。
 ナオ君との会話のとき、間宮はこう答えた。
「佳子さんに遊ばれるんなら、遊ばれてみたいなあ」
「たとえそうでも、ほんとにかわいいなあ。むしろ、そこがかわいいなあ」
「いっしょに落ちるところまで落ちるのもいい」
 間宮は帰宅後書いている。

 歳をとると待つことを覚えてしまうんだよねえ、残り時間は少なくなっているというのに。
 ひとにするなと言っていた青年が、たぶん今夜、彼女をものにしており、そうしたいそれでも好きだと言っていた老青年は、七時まで残業したのち、一人自分の部屋に居る。
 でも、ものにするとは何でしょう。今夜は男として負けかもしれないが、明日はどうだろう? 少なくとも、佳子さんの視点からすると、答えは出ないように信じる。
 佳子さんは恩人です。観音です。大好きです。
「大好きな大好きな、ナオ君」
 というあの晩の彼女のフレーズ(三、四回もあったか)が、頭から消えてくれない。

 間宮は「彼が彼女を抱いている晩」という詩まで書いた。原文通りを忠実に転載してみよう。

.
    彼が彼女を抱いている晩

  彼が彼女を抱く晩
  僕はよけいに−−ただ、まあ決められたなりゆき通りに
  一時間残業して
  バイト代をロッカーのユニホームの胸ポケットに忘れて帰り
  8月号を買うつもりでもう9月号が出ているのを知り
  部屋にたどりつくと
  8月8日という重陽に気づく

  彼女は、そうだ彼も、
  まだ生まれていない僕の小説の
  登場人物になるべき若者
  君らのことを書くぜ、がんばって

  今ですべてピリオドなら、
  職人さんになって創りますよ
  でも、明日というページをめくって
  クライマックスが来るのか過ぎたのか
  肩すかしだったのか確かめたくもあって
  まだ、ペンは走れないの

  大好きな大好きな
  生きてさえいれば
  再び会えれば
  再び声が聞ければ
  それだけで大好きな
  彼女
  −−もしかしたら、彼

  いいなあ、若いというのは …
.

(少々、ひどい。それに書くなら「重陰」ではないか。詩だと思うから腹が立つわけで、「珍しくも書き留められたうわごと」とみなすほかないだろう。実はこのたぐいが彼のノートには溢れている。あちこちで。こちらの気がおかしくなりそうだ)(また、「一時間残業」とあるが、七時までだから正しくは「二時間」のはずだ。平日帰れるのは早くて六時という風が常態化していたため、と思う)
 午前零時過ぎ、いくらか冷静になって間宮は昼間のことを思い返した。
 この日八日は、芝君と佳子さんが組んでマッチングと封入の作業をしていた。佳子さんを誘って飲みに行った話を聞いてから、芝君の気が大きくなったのか、ずっと佳子さんとおおっぴらに声を交わしていた。班長に注意されるとしばらくやむが、そのうちまた再開する。佳子さんも前の日に負けず喜んでいた。
 嫉妬に熱くなっていたのは、きっと、間宮ばかりではなかった。今日は途中からナオ君もそうだったのだろう、と気づいた。自然にそうしてるにしろ、計算があるにしろ、佳子さんは立派に女、と思った。
 八月九日木曜、佳子さんは終日来なかった。間宮がさぐりを入れると、ナオ君は、芝君と二人だけでボーリングに行った、佳子さんは誘わなかった、と応じた。
 芝君の言っていることと合っているのでまちがいはなさそうだった。が、どうしても佳子さんを誘うためナオ君が六時で切り上げた感じが残るので(床屋にやはり行っていない。八日は水曜、給料日でもあった)、佳子さん、例えばうまく誘ってくれなかったとかを怒って休んだのか、と間宮は推理した。素直に誘えず、何か憎まれ口でもきいて機嫌そこねたんじゃないか、あいつ。だけれども、結論は考えすぎということにした。佳子さんが休むのはやはり通常のことだったので。
 音楽の話をしたという芝君、後日の帰り道で、
「男みたいな女だあ、へっ」
 と感想を言うから、問いただすとつまり、
「あの人が聴いてるのは男みたい趣味だあ」
 という意味だった。どちらにしろ、彼らの好む音曲は、間宮にはよく理解できなかったが。
 九日の夜、実家より電話があった。母親が強く言うので帰省を約束した。
 八月十日金曜の夜は、ナオ君とボーリングをし、続いてボーリング場の近くで飲んだ。ここで間宮はなぜか領収証を書かせており、それが残っている。

 《領収証》
   59年8月10日
   上様 ¥3690
           居酒屋むらさと

 アルバイトに経費で落とせる方策があるわけはないので、自身の家計簿のためと思う。または「領収証は要りますか」と聞かれて、ついエエと答えてしまったのだろう。領収証を書かせるというのは、ま、悪い気分はしないものだから。
 八月十一日土曜は、八時から五時までの休日出勤。その後社員の早川さん、ナオ君とでボーリングに行き、飲み会をした。
 早川さんは、計良班長よりはやや下だが、機械操作など専門技能を持つ独身社員である。近いうちに社員も巻き込んでボーリング大会をしようか、と本気がどうかは知らないが発言があった。
 ここで、間宮はナオ君から、次の「念書」を取っている。

     念 書   59・8・11
  昭和59年8月13日(月)
  鳥海さんと高橋さんを
  ボーリングに誘うことをちかいます。
  約束を違えたら、
  間宮さんを、ロハで飲みにさそいます。
  (間宮さんをさそうのは一週間以内)
            松 崎

 タイトルと文面はすべて間宮の筆跡であり、最後の署名のみ本人である。間宮はショルダーバッグを持ち歩いており、中にいつもバインダー式のノートを入れている。その一枚を使った。ページが自由に差し替えられるのがバインダー式ノートだが、ここには今まで何度も引用している「間宮ノート」や上の如き雑書面、覚書、また住所録などが綴じられていた。表紙裏、裏表紙裏にそれぞれあるポケットには、パンフレット、ボーリングスコア、受信ダイレクトメールなど、このバインダーを用いていた年月の間に少しずつたまった(その時は一応保存しておこうと考慮したかあるいは捨てる判断を先延ばしにしただけの)紙ゴミもはさまっており、今も残っている。このうち「間宮ノート」についてだけは、分量が増えると親バインダーに移される、というシステムになっていた。
 なぜ、こういうことをくだくだしく書いておくかと言えば、その夜、間宮と飲んだりボーリングをした男は、その夜佳子さんと過ごしたということだけはないだろうからである。間宮が連夜、ナオ君と遊んだのも、ナオ君に短大生(鳥海さん、高橋さん)への声かけを再び求めたのも、間宮が意識したかどうかは分からないが、この時期はそういう意味もあったかと思える。
 翌日の日曜は、遅く起きた。間宮は朝食は取らず、午後四時に外へ餃子ライスを食べに行った。帰りに食材を買い、午前零時にカレーの夜食である。

 




[12 狂恋(1) 了]




戻る

次へ

目次へ

扉へ