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太平洋プロフィール

ちば大道芸公認パフォーマー / サーカス芸研究所所属 / 東京都公認ヘブンアーティスト
大道芸研究会所属/ボーイズバラエティ協会所属

所持資格 社会福祉士/博物館学芸員/中型自動車運転免許/ホームヘルパー2級

武蔵大学人文学部日本文化学科卒業

1981年生まれ。学生時代に独学でジャグリングを始め、大道芸デビュー。学生時代からサラリーマン時代まで、アマチュアとしてずっとパフォーマンス活動を続けていたために、2022年4月の時点で、パフォーマンス歴は21年と長い(アマチュアで8年。プロで13年)。MGGエスパース サーカス芸研究所に所属して、綱渡りの芸を中心にサーカス芸の修行もしている。和芸、ジャグリング、サーカス芸を組み合わせたパフォーマンスを、トークも交えつつ親しみやすい雰囲気で行い、いつの間にかお客さんをも巻き込んで笑わせて、最後には技術できっちりと締める。
おめでたい模様の祭り半纏を身につけてパフォーマンスをする姿は、一部では見ると「縁起が良い」との噂も?    普通のジャグリングとは一味違う「和風ジャグリング」、寄席で鍛え上げたトーク、そして独特なキャラクターの織り成す、軽妙洒脱で味のあるパフォーマンスを、ぜひ一度ご賞味あれ。ステージ、室内、路上、どんな場所でもパフォーマンスOK。海外のフェスティバルでも大道芸を行っている。


演目:傘まわし、けん玉、綱渡り(ロープバランス)、南京たますだれ、はしご乗り(ラダーバランス)、ローラーバランス、シガーボックス。ジャグリング、一発芸等小ネタ
出演略歴(主なもの)
 名古屋市博物館特別展「盛り場−祭り・見世物・大道芸−」にて大道芸の実演/2002年
名古屋大須大道町人祭り「サンデー枠部門」/2001、2003、2004年
 お台場フジテレビ・コメディフェスティバル/2004年
江の島大道芸コンテスト、入賞/2005年
 五井大市/2006年〜2012年
湘南江ノ島春祭り、秋祭り/2006〜2013年
 NPO法人まちづくり千葉主催 大道芸フェスティバルin千葉/2006〜2010年 2013年〜2015年
緑区ふるさとまつり 千葉市緑区/2012年 2013年
 ザザシティ浜松、ゴールデンウィーク大道芸3DAYS/2009年
鴨川シーフェスタ/2009年、2010年
 幕張大道芸フェスティバル/2010年
アリオ川口大道芸グランプリ(7月大会勝者)/2010年
 長岡大道芸/2010年
江戸東京博物館、えどはく寄席/2011年
 浅草大道芸フェスティバル/2011年
芸王グランプリ東京大会 準優勝/2013年
 芸王グランプリ決勝大会(全国大会) 出場/2013年
フランス「Avignon Festival」にて大道芸のパフォーマンス/2014年、2015年
 アリオ市原A-1グランプリ チャンピオン大会優勝/2015年


名古屋 NPO法人 大道芸支援協会「そら」認定、APPライセンス取得パフォーマー(交付照会番号05−0028)
 江の島パフォーマーライセンス(2005年取得、登録番号003−005-1015−0005) 
ちば大道芸公認パフォーマー
東京都公認ヘブンアーティスト

↓生い立ち(自己満足で書いてみました)
神奈川県出身。千葉県在住。

小学生〜高校生時代
野毛大道芸のファンであり、大道芸に憧れる。
小学生時代、一時期けん玉に熱中していた。
高校生の時に、「幸せ家族計画」で全国のお父さんがジャグリングに挑戦する様子を見て、東急ハンズに行きジャグリング・ボールとデビルスティックを注文する(当時はジャグリング・コーナーなどなく、取り寄せ品だった)。初めてジャグリング道具に触れる。

大学生時代
アルバイトをして貯めたお金で様々なジャグリング道具を購入。解説書を見たり、横浜で大道芸を見て技を覚え独学で練習をする。やがて路上デビュー。何度も辛酸を舐める。
同時期に横浜大道芸倶楽部に入会する。ここで初めて、人に教わったり、複数人でパフォーマンスをするというアマチュアジャグラーとしての活動がある事に気が付く。また、横浜大道芸倶楽部にはジャグリング・サークルにしては珍しく傘回しをする人がいた。それまで、笑点などのテレビで見たことはあったが、生で見たのは初めてであった。当時、大学の日本文化学科に在籍していた事もあり傘回しに興味が湧き、教えてもらう。
やがてソロでのパフォーマンへの情熱が再燃して、横浜大道芸倶楽部代表に「鈴鹿ストリートパフォーマーズ・ミーティング」に連れて行ってもらう事となる。そこで、プロアマ問わず全国各地で活動する大道芸人/パフォーマーに出会い、刺激を受ける。この頃から、名古屋、静岡エリア(東海圏)とのつながりができ始める。
その東海圏とのつながりもあって、大学4年の時に名古屋市博物館特別展「盛り場−祭り・見世物・大道芸−」にて大道芸の実演をする。

大学卒業後
就職氷河期の中、なんとか内定の出た某建築資材メーカーに就職。配属先がいきなり名古屋支店となる。これも一つの運命だったのかも。サラリーマンをしながら週末は大道芸を続ける。
この頃、サンデー・パフォーマーながらも熱心にパフォーマンス活動を行っていたために、名古屋芸人の知り合いがけっこう多い。さらに多くのパフォーマーと交流する中で、自分自身のオリジナルなスタイルを模索して、傘回しやけん玉を活かした「和風ジャグラー」としての基礎ができあがっていく。
その後、退職をして名古屋を去る。両親が横浜の家を引き払い、祖父母と千葉で生活していたので、太平洋も千葉で暮らし始める。
介護系の仕事に再就職するも、28歳の時にプロのパフォーマーを目指して介護の仕事から身を引く。
そして現在に至る。


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