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太平洋プロフィール

ちば大道芸公認パフォーマー / サーカス芸研究所所属 / 東京都公認ヘブンアーティスト

1981年生まれ。学生時代に独学でジャグリングを始め、大道芸デビュー。学生時代からサラリーマン時代まで、アマチュアとしてずっとパフォーマンス活動を続けていたために、2015年4月の時点で、パフォーマンス歴は14年と長い(アマチュアで8年。プロで6年)。MGGエスパース サーカス芸研究所に所属して、綱渡りの芸を中心にサーカス芸の修行もしている。和芸、ジャグリング、サーカス芸を組み合わせたパフォーマンスを、トークも交えつつ親しみやすい雰囲気で行い、いつの間にかお客さんをも巻き込んで笑わせて、最後には技術できっちりと締める。
おめでたい模様の祭り半纏を身につけてパフォーマンスをする姿は、一部では見ると「縁起が良い」との噂も?    普通のジャグリングとは一味違う「和風ジャグリング」、寄席で鍛え上げたトーク、そして独特なキャラクターの織り成す、軽妙洒脱で味のあるパフォーマンスを、ぜひ一度ご賞味あれ。ステージ、室内、路上、どんな場所でもパフォーマンスOK。海外のフェスティバルでも大道芸を行っている。
 ※火を使ったジャグリングもできるが、暑苦しさが7割アップするという。
※洋風な衣装のジャグラー・スタイルでのパフォーマンスも可能です。
演目:傘まわし、けん玉、シガーボックス、ジャグリング全般、綱渡り(ロープバランス)、ローラーバランス、火炎曲芸(ファイアージャグリング)、バルーン、一発芸等小ネタ
出演略歴(主なもの)
 名古屋市博物館特別展「盛り場−祭り・見世物・大道芸−」にて大道芸の実演/2002年
名古屋大須大道町人祭り「サンデー枠部門」/2001、2003、2004年
 お台場フジテレビ・コメディフェスティバル/2004年
江の島大道芸コンテスト、入賞/2005年
 五井大市/2006年〜2012年
湘南江ノ島春祭り、秋祭り/2006〜2013年
 NPO法人まちづくり千葉主催 大道芸フェスティバルin千葉/2006〜2010年 2013年〜2015年
緑区ふるさとまつり 千葉市緑区/2012年 2013年
 ザザシティ浜松、ゴールデンウィーク大道芸3DAYS/2009年
鴨川シーフェスタ/2009年、2010年
 幕張大道芸フェスティバル/2010年
アリオ川口大道芸グランプリ(7月大会勝者)/2010年
 長岡大道芸/2010年
江戸東京博物館、えどはく寄席/2011年
 浅草大道芸フェスティバル/2011年
芸王グランプリ東京大会 準優勝/2013年
 芸王グランプリ決勝大会(全国大会) 出場/2013年
フランス「Avignon Festival」にて大道芸のパフォーマンス/2014年、2015年
 アリオ市原A-1グランプリ チャンピオン大会優勝/2015年


名古屋 NPO法人 大道芸支援協会「そら」認定、APPライセンス取得パフォーマー(交付照会番号05−0028)
 江の島パフォーマーライセンス(2005年取得、登録番号003−005-1015−0005) 
ちば大道芸公認パフォーマー
東京都公認ヘブンアーティスト

↓生い立ち(自己満足で書いてみました)
神奈川県出身。千葉県在住。
 太平洋で産湯を浸かい、性は太平(おおひら)、名は洋(ひろし)。人呼んで、大道芸人、太平洋(たいへいよう)と発します。※注:嘘です。本名は違います。

小学生〜高校生時代
野毛大道芸のファンであり、大道芸に憧れる。
小学生時代、一時期けん玉に熱中していた。
高校生の時に、「幸せ家族計画」で全国のお父さんがジャグリングに挑戦する様子を見て、東急ハンズに行きジャグリング・ボールとデビルスティックを注文する(当時はジャグリング・コーナーなどなく、取り寄せ品だった)。初めてジャグリング道具に触れる。

大学生時代
アルバイトをして貯めたお金で様々なジャグリング道具を購入。解説書を見たり、横浜で大道芸を見て技を覚え独学で練習をする。やがて路上デビュー。何度も辛酸を舐める。
同時期に横浜大道芸倶楽部に入会する。ここで初めて、人に教わったり、複数人でパフォーマンスをするというアマチュアジャグラーとしての活動がある事に気が付く。また、横浜大道芸倶楽部にはジャグリング・サークルにしては珍しく傘回しをする人がいた。それまで、笑点などのテレビで見たことはあったが、生で見たのは初めてであった。当時、大学の日本文化学科に在籍していた事もあり傘回しに興味が湧き、教えてもらう。
やがてソロでのパフォーマンへの情熱が再燃して、横浜大道芸倶楽部代表に「鈴鹿ストリートパフォーマーズ・ミーティング」に連れて行ってもらう事となる。そこで、プロアマ問わず全国各地で活動する大道芸人/パフォーマーに出会い、刺激を受ける。この頃から、名古屋、静岡エリア(東海圏)とのつながりができ始める。
その東海圏とのつながりもあって、大学4年の時に名古屋市博物館特別展「盛り場−祭り・見世物・大道芸−」にて大道芸の実演をする。

大学卒業後
就職氷河期の中、なんとか内定の出た某建築資材メーカーに就職。配属先がいきなり名古屋支店となる。これも一つの運命だったのかも。サラリーマンをしながら週末は大道芸を続ける。
この頃、サンデー・パフォーマーながらも熱心にパフォーマンス活動を行っていたために、いまだに太平洋=名古屋芸人のイメージが拭えない人がいるらしい。
この頃に、傘回しやけん玉を活かした「和風ジャグラー」としての基礎ができあがっていく。
その後、退職をして名古屋を去る。両親が横浜の家を引き払い、祖父母と千葉で生活していたので、太平洋も千葉で暮らし始める。
介護系の仕事に再就職。一時期、大道芸を抑えていた時期もあった。ちなみにこの頃、僅かな期間ではあるが仕事の都合で東京都で暮らした時期もあった。

そして、やがてプロを目指して介護の仕事からも身を引く。
そして現在に至る。


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