モンサントの不自然な食べもの(後編)
イントロダクション
アメリカ中西部の穀倉地帯。一面に広がるこの農場に植えられた大豆は、除草剤に強い性質を持つ、遺伝子組み換えの品種です。アメリカの巨大農業関連企業、モンサント社は、この遺伝子組み換え作物の種子と除草剤の販売で、世界の市場を支配しています。
アメリカ大豆協会 副会長 ジョン・ホフマン「除草剤のラウンドアップを、遺伝子組み換え大豆の畑に散布しています。ご覧のとおり、雑草が生えていません。」
ところが、遺伝子組み換え作物の安全性や、環境に対する影響については、多くの科学者が疑問を投げかけています。
アメリカ消費者同盟 マイケル・ハンセン博士「アメリカでは、遺伝子操作で開発された食品の場合、何の特別な審査も義務付けられていないんです。」
カリフォルニア大学バークレー校 イグナシオ・チャペラ博士「メキシコで1万年以上にわたって守られてきたはずの、在来種のトウモロコシがアメリカの遺伝子に汚染されていたとは、本当にショックでした。」
モンサントは、遺伝子組み換え作物の種子や苗に特許権を設定し、莫大な利益を上げています。また、バイオテクノロジーを利用した食物の認可を得るために、アメリカ政府を始め、各国に強い働きかけを行ってきました。アグリビジネスの巨人、モンサントの世界戦略を検証します。
“アグリビジネスの巨人「モンサント」の世界戦略 後編”――The World According to Monsanto――制作 Arte(フランス 2008年)
モンサント社が開発した除草剤に耐性を持つ遺伝子組み換え大豆は、発売から10年で、アメリカで栽培される大豆の90%を占めるまでになりました。アメリカでは、市販されている食品の70%が、遺伝子組み換え作物からの成分を含んでいます。アメリカは、遺伝子組み換え食品の安全性が、従来の食品と『実質的に同等である』との立場を取ってきました。
アメリカ大豆協会 副会長 ジョン・ホフマン「この畑でとれた大豆です。安全なので、このまま食べられます。」
FDA バイオ技術調整官(1985~2006年) ジェームズ・マリアンスキー博士「FDAは、遺伝子組み換え大豆を他の品種の大豆と同じくらい安全だと確信しています。」
――安全である裏付けはどこにあるのでしょうか。
ジェームズ・マリアンスキー博士「モンサントから提供された全てのデータをFDAの科学者たちが精査し、判断した結果です。モンサントが研究結果をごまかしても、何の得にもなりません。」
ダイオキシンと爆発事故
<取材報告/ジャーナリスト マリー・モニク・ロバン>そこでコンピューターに、“モンサント社 科学的データを改ざん”と打ち込み検索をかけると、174,000件のヒットがありました。EPA、アメリカ環境保護局の報告書には、“モンサント社、ダイオキシンの発がん性に関する研究結果の改ざんで告発される”、といった記述も出てきました。
<ニトロ(ウェストバージニア州)>この事件は、1949年、アメリカウェストバージニア州で起きました。強力な除草剤、2,4,5Tを製造しているモンサント社の工場で爆発があり、従業員228人に塩素挫創と呼ばれる皮膚の疾患が発症したのです。
原因は、除草剤を製造するときに生成される、猛毒のダイオキシンでした。2,4,5Tは、アメリカ軍がベトナム戦争で使用した枯葉剤の主成分です。ベトナム戦争中、ダイオキシン400kgを含む枯葉剤が、ベトナム南部の森林に散布され、アメリカ兵数千人を含む300万人が汚染されました。ベトナム戦争が終結してから30年余り経った今も、ダイオキシンの犠牲者は増え続けています。今ではこの猛毒が、がんや重度の遺伝的機能不全を引き起こすことが明らかになっています。
1978年、アメリカのベトナム帰還兵が、枯葉剤を製造していた複数のメーカーを提訴、その中の一つモンサント社は、ダイオキシンのがん発生率に関する研究結果を裁判所に提出しました。1949年に起きた工場爆発事故で、ダイオキシンを浴びた従業員と浴びなかった従業員では、がん発症率に違いはなかったと結論付けたのです。しかしこの研究結果については、1990年代になって、データのねつ造があったことが判明しています。
データの改ざんと嫌がらせ
EPAのウィリアム・サンジュールと、ベトナム帰還兵の弁護を行うガーソン・スモーガーに聞きました。
元EPA 有害廃棄物管理責任者 ウィリアム・サンジュール「1990年、私の同僚、ケイト・ジェンキンス博士が、連絡メモを書きました。『モンサントが実施した研究の一部に、欠陥があるとの訴えが出ている。正しい研究が行われていれば、発表とは逆の結果が出るはずだ』、という内容です。モンサント社は、ダイオキシンには発がん性がないという結論を出していたのです。」
弁護士 ガーソン・スモーガー「その後、こういう事実が明らかになりました。がんを発病した5人は、ある研究では、ダイオキシンを浴びたグループに入っていたのに、別の研究では、浴びなかったグループに入っていたのです。こうすれば、ダイオキシンを浴びても浴びなくても、同じ確率でがんを発病するように見えます。この結果から、モンサント社は、がんとの因果関係を否定したのです。」
元EPA 有害廃棄物管理責任者 ウィリアム・サンジュール「このようなデータのねつ造によって、多くのベトナム帰還兵が、枯葉剤の被害に対する補償金を受け取れませんでした。」
弁護士 ガーソン・スモーガー「アメリカではおよそ9年間にわたって、多くの政策がモンサントのねつ造の影響を受けたのです。」
元EPA 有害廃棄物管理責任者 ウィリアム・サンジュール「優秀な科学者であり、正義感の強いケイト・ジェンキンス博士は、EPAの科学諮問委員会にメモを書き送り、このモンサントの研究が正しく行われたか調査するよう要請したのです。しかし実際のところ、モンサントの研究の調査は一切行われませんでした。むしろ科学諮問委員会が調査したのは、内部告発者であるジェンキンス博士のほうでした。博士は職場を変えられるなど、さんざんな嫌がらせを受けました。」
お粗末な安全性立証
それでは、除草剤に耐性を持つモンサント社の主力商品、ラウンドアップ・レディ大豆の安全性は、どのように立証されたのでしょうか。モンサントの研究結果が1996年、権威ある専門誌に発表されました。研究の目的は、遺伝子組み換え大豆がラットの健康に及ぼす影響を調べることでした。
ベルゲン大学 イアン・プライム博士「残念ながら、この研究は非常に価値が低いと言わざるを得ません。このお粗末な研究論文が、これまで食べてきた大豆と実質的に同じである、つまり、『実質的同等性の原則』の根拠となったのです。驚くべき内容ですよ。動物実験によって、大きな変化が起きないことが、いくばくか明らかになったと、書かれています。いくばくかの保証では足りません。ほとんど100%に近い保証が必要です。それから、死体解剖の所見によると、肝臓の色が濃くなっていることを除けば、肝臓は正常なようだったとありますが、なぜ肝臓の内部を調べなかったのでしょうか。組織の一部を切り取って、何か違いがないか、顕微鏡で観察しないといけません。またこの実験には、年老いたラットが使われました。しかし、変化があるかどうか本当に見極めたかったら、もっと若いラットを使わなければいけません。科学的に見ると、何も実証されていない、お粗末な研究といえます。」
こうした不十分な研究によって、モンサント社の遺伝子組み換え作物は、世界に氾濫することになりました。とりわけ南北アメリカ、アジア、オーストラリアに集中しています。登場からわずか10年で、遺伝子組み換え作物の栽培面積は、およそ100万平方キロメートルに達しました。70%が、除草剤のラウンドアップに耐性を持ち、30%は、特定の害虫を殺すたんぱく質を作る遺伝子を持っています。
特許権
<取材報告/ジャーナリスト マリー・モニク・ロバン>2001年以降、モンサント社は毎年、自社のビジネス戦略が倫理的に間違っていないことを示す声明を発表しています。遺伝子組み換え作物について最も問題にあげられるのは、種子の特許権です。モンサントはこれを、知的財産と呼んで守ろうとしています。アメリカでは、遺伝子組み換え種子を購入するすべての農家が、テクノロジー同意書に署名しなければなりません。農家はモンサント社に対して、遺伝子の特許を尊重すると誓うのです。
アメリカ大豆協会 副会長 ジョン・ホフマン「遺伝子組み換え作物は、アメリカの特許法で保護されています。どんな場合でも、収穫した種子を翌年蒔くことは許されません。モンサント社などのバイオテクノロジー企業を保護する措置です。新しいテクノロジーを開発するために、莫大な資金を投じていますからね。」
――収穫した種子を再び植えているかどうか、モンサントはどうやって知るのですか。
「……どうお答えすればいいのか、わかりません。もう一度種子を植えたことを知る方法……。鋭い質問ですね。」
この問題について、モンサント社は次のように約束しています。“はからずも、わが社が所有権を持つ種子が農地に現れた場合は、農家とモンサント社の双方に納得のいく形で解決するよう努める。”
しかし現実はもっと厳しいようです。ワシントンにある食品安全センターは、種子の特許権を侵害したとして、モンサントに提訴された農家の追跡調査を行い、少なくとも100件の訴訟が起き、多くの農家が破産したと公表しています。そうした一人、トロイ・ラウシュは、インディアナ州で農業を営んでいます。
遺伝子警察
<インディアナ州>大豆栽培農家 トロイ・ラウシュ「1999年のことでした。一人の紳士が、うちの農場に現れました。モンサントに雇われた私立探偵ということでした。遺伝子組み換えの種子を蓄えている農家を調べていると言いました。そして、収穫した種子を持っていないかどうか、聞いてきたんです。私たちは、そんなことはしていないと答えました。その証拠を示すため、除草剤や種子の購入記録、領収書などを全部見せようとすると、探偵は、その必要はないと言って確認しなかったんです。ところがその後、モンサントはうちの家族を相手取り、訴訟を起こしたんです。モンサントはうちの農場から採ったという種子のサンプルとその書類を提示してきました。つまり、私たちに無断で農場に入り、種子を盗んだことになります。あの年は200ヘクタールにラウンドアップ・レディ大豆を栽培していました。ある別の企業と契約を交わし、種子を取る目的で栽培していたんです。栽培する畑はきちんと区別されていました。誰もが知っていたことです。」
――なぜモンサントと和解したのですか。(註:インタビュアー マリー=モニク・ロバン)
大豆栽培農家 トロイ・ラウシュ「2年半の裁判で、私たち一家は精も根も尽き果ててしまいました。大変なストレスでした。5世代にわたって守ってきた農場を、失うかもしれないという危機に立たされたんです。モンサントが裁判に勝ったら、私たちは何もかも失うことになります。」
トロイ・ラウシュの畑にやって来たのは、いわゆる遺伝子警察でした。遺伝子警察は、モンサント社が、遺伝子組み換え作物を栽培する農家を監視するために創設しました。しかし多くの農家が、モンサントの独裁的なやり方を非難しています。
大豆栽培農家 デビッド・ラニヨン「2003年の夏、7月の終わりに、彼らが私の家にやって来たんです。夜の7時頃でした。」
――誰が?
大豆栽培農家 デビッド・ラニヨン「モンサントの人間です。どんな種類の大豆やトウモロコシを栽培しているのか、そして、作物をどこに売っているのか質問をしてきたので、話すことは何もないと追い返しました。」
大豆栽培農家 トロイ・ラウシュ「モンサントのせいで、すべてが変わりました。」
大豆栽培農家 デビッド・ラニヨン「近所の農家との信頼関係が、完全に崩れてしまいました。私が今親しくできる仲間は、二人しかいません。」
――農家はみな不安なんですか。
大豆栽培農家 トロイ・ラウシュ「もちろんです。モンサントを敵に回したら、すべて失ってしまいます。彼らが編み出したビジネスは、農家の暮らしを破壊するだけです。みな恐れていますよ。」
――隣の農家が密告することもあるのですか?
大豆栽培農家 トロイ・ラウシュ「そうです。」
――本当に?
大豆栽培農家 トロイ・ラウシュ「はい。受話器を取って、ダイヤルするだけ。フリーダイヤルのモンサント――じゃない、ラウンドアップの番号だね。モンサントの連中は、隣人を密告するようにと、農家に呼びかけていたんです。」
――モンサントはなぜそんなことを?
大豆栽培農家 トロイ・ラウシュ「支配しようとしているんです。」
――種子を?
大豆栽培農家 トロイ・ラウシュ「そうです。種子を支配しようとしています。これは食料の根幹に関わる問題です。モンサントは、世界中の全ての食糧を、思いのままに支配しつつあります。」
種子市場の独占
1995年から2000年の間に、モンサント社は世界50あまりの種子企業を買収。これらの会社は、トウモロコシ、綿花、小麦、大豆の種子だけでなく、トマトやジャガイモのような野菜の種子も生産しています。そのため、モンサント社が種子の市場を独占し、すべてを遺伝子組み換え品種にしてしまうのではないかという恐れも出てきました。しかしモンサントは、インドのような途上国にとってバイオテクノロジーは欠かせないと強調しています。遺伝子組み換えの技術によって、より高品質で収穫量の多い作物を栽培できるというのです。
BTワタの農村破壊
<インド>インドは、世界第3位の綿花の生産国です。1999年、モンサントは、インドの大手種子企業マヒコを買収しました。その2年後インド政府はボルガードの商品名でBTワタの販売を許可しました。<BTワタ>このワタは、BTと呼ばれる殺虫効果を持つ遺伝子が組み込まれていて、実を食べるガの幼虫などを寄せ付けません。
<ワランガル地区(アンドラブラデシュ州)>2001年以来、農業経済学者のキラン・サクハリとアブデル・ガユムは、インド南部のワランガル地区で栽培される遺伝子組み換えワタを調査してきました。二人は遺伝子組み換えワタと従来のワタの、収穫量と生産コストを比較し、毎年報告書を発表しています。2006年、この地域で遺伝子組み換えワタが病気に侵され、大きな被害が出ました。
農業経済学者 アブダル・ガユム「農民は口をそろえて、こんなひどい状態は初めてだと言っています。2001年から調査を始めて、病気のワタもごくわずかですが、目にしました。しかもBTワタだけに限られていました。しかしその病気が、BTワタの畑だけでなく、在来種の畑にも広がったのです。これはあくまで私の見解ですが、新しい遺伝子が農作物に導入された際に、何か望ましくない相互作用が起き、木を枯れさせる病気に抵抗できなくなったのではないかと思います。」
農業経済学者 キラン・サクハリ「マヒコ・モンサント社のウェブサイトには、BTワタは殺虫剤の使用量を78%減らし、収穫量を30%増やすと書いてありますが、鵜呑みにしてはいけません。BTワタでも、3か月後には、ガの幼虫に殺虫剤を散布しなければなりません。」
――なぜ多くの農家がBTワタの種子を購入するのですか。
農業経済学者 キラン・サクハリ「農民に選択肢がなくなっているからです。BTでない種子を植えたいと思っても、市場にはBTワタ以外の種子は全く出回っていないのです。」
現在インドでは、ワタの種子市場のほとんどを、モンサントが支配しています。そのため地域によっては、農民は従来の品種より価格が4倍も高いモンサントの種子を購入しなければなりません。小規模農家は借金をして種子を買うため、凶作の場合は破産に追い込まれます。この悪循環が、インドの農村を破壊しつつあります。
(註:自殺してしまった農民の葬儀が行われている。)
――(インタビュアー)なぜ自殺をしたんだ?
インド市民「BTワタの収穫量が少なかったから。」
――他に理由は?
インド市民「借金だ。」
――年齢は?
インド市民「25歳。殺虫剤を1リットル飲んだそうだ。」
――自殺者は初めて?
インド市民「いいえ、2人目だ。」(註:右の写真は、亡くなったかたご本人。)
<ビダルバ地区(マハラシュトラ州)>マハラシュトラ州のビダルバ地区では2005年にBTワタが導入されて以来、自殺者が一日3人も出ています。もちろん、インドのワタ生産農家で自殺者が出るのは今に始まったことではありませんが、遺伝子組み換え作物が原因でその数は増えています。しかしモンサントを相手に、勝ち目のない戦いをしようとする者はいません。
地元農民活動家 キショル・ティワリ「これはビダルバの米作地帯です。自殺の件数が最も少ないのが米作地帯です。それに対しワタを栽培している地域では、BTワタを導入した結果、2005年から2006年までの最初の一年間で、600人が自殺しました。2年目は、半年で自殺者が680人に上っています。まさに悲劇です。」(註:左の写真の青い点は、ドクロマーク。)
2006年12月。ビダルバ地区で暴動が発生。キショル・ティワリを含め、小規模農家数十人が逮捕されました。――「価格が低すぎて、みんな動揺しているんだ。」――「来年BTワタの栽培をやめたい人は手を上げて。」(註:集まった大勢のほとんどすべてが手を上げる。)
“自殺の種子”
<取材報告/ジャーナリスト マリー・モニク・ロバン>ヴァンダナ・シヴァは、自殺の種子という本を書いた物理学者です。彼女はもう一つのノーベル賞とも言われるライト・ライブリフッド賞の受賞者で、伝統的な種子を守るために活動する組織、「ナグダーニャ」を主宰しています。
<ニューデリー>1960年代、インドでは、作物の収穫量を上げるための農業の工業化、いわゆる緑の革命が起き、シヴァ博士はこれに抵抗しました。現在博士は、特許に守られた遺伝子組み換え作物を、第二の緑の革命と呼び、非難しています。
ナブダーニャ代表 ヴァンダナ・シヴァ博士「最初の緑の革命は、公共セクターによるものでした。政府機関が研究を監督していました。ところが第二の緑の革命はモンサントが主導しています。民間企業による革命なのです。もう一つ大きな違いは、最初の緑の革命には、化学薬剤の売り上げを増やすという隠れた目的があったものの、主たる目的は食料を増産すること、食料の安全保障でした。豆類や植物油用の種子は減りましたが、コメや小麦の収穫高は向上しました。しかし第二の緑の革命は、食糧の安全保障とは何の関係もありません。モンサントの収益を増やすことだけが重要なのです。モンサントは、遺伝子組み換えは特許につながると言っていましたが、特許の取得こそが、真の目的だったのです。現在モンサントが開発に取り組んでいるBT遺伝子を組み込んだ作物は、20種類ほどあります。オクラ、ナス、コメ、カリフラワーなど、手当たり次第です。種子を知的財産として所有できるという規範を確立してしまえば、特許使用料を徴収できます。私たちが栽培する全ての作物や種子を、モンサントに依存することになるのです。種子を支配すれば、食糧を支配できます。この戦略は爆弾よりも銃砲よりも強力です。世界を支配するのに、これ以上の方法はありません。」
モンサント社の反論
シヴァ博士の主張に対しモンサント社は、誠実、対話、透明性、共有を公約に掲げ行動していると反論します。
モンサントCEO(1993~2000年) ロバート・シャピロ「世界中の国々が、次のような疑問に対し、納得いく答えを見出そうとしています。遺伝子組み換え作物は、環境に安全か。植物、昆虫、鳥類などにどんな影響を与えるのか。在来種と交配したらどうなるのか。我々モンサントもその答えを導くために、あらゆる見解に注意深く耳を傾けていきたいと思います。」
モンサントのロバート・シャピロが挙げた疑問のなかにもあったように、遺伝子組み換えに反対する人々が最も懸念しているのは、在来種への遺伝子の汚染です。これをモンサントは、自然界の秩序の一部だと言います。2001年、イグナシオ・チャペラ博士は、遺伝子組み換えトウモロコシが、すでにメキシコの在来種を汚染しているとの論文を発表。しかしその研究は、激しい論争を巻き起こしました。
遺伝子征服
<サンフランシスコ>カリフォルニア大学バークレー校 イグナシオ・チャペラ博士「私たちは15年にわたって、メキシコ、オアハカ州の先住民と一緒に活動してきました。そのおかげで、彼らは周りの環境の変化を分析できるようになっています。あるとき私の教え子の一人が現地へ赴き、遺伝子組み換えトウモロコシを見つける訓練をしたんです。アメリカ産の遺伝子組み換えトウモロコシを持参し、地元の在来種と比較しました。その対極にある、自然のままのトウモロコシと比べたのです。メキシコは、在来種のトウモロコシが世界で最もよく守られてきた国だと、誰もが信じていましたからね。ところが、遺伝子組み換えではないと考えていた地元のトウモロコシに、遺伝子組み換えトウモロコシの遺伝子が存在することが、明らかになったのです。あれには驚きました。その土地の住民によって保存され、一万年以上にわたって守られてきたはずの在来種のトウモロコシが、アメリカの遺伝子に汚染されていたとは、本当にショックでした。」
<オアハカ州(メキシコ)>メキシコは、トウモロコシの原産地です。オアハカ州南部だけでも、150種を超えるトウモロコシを目にすることができます。ここはトウモロコシ遺伝子の世界的宝庫なのです。メキシコの農家は代々、在来種のトウモロコシを守り続けてきました。
――このトウモロコシは自家用ですか?
農家 セグンディーノ「そうです。家族が食べる分です。これでトルティーヤを作ります。このトウモロコシの粒はちょうどいい大きさなので、取っておいて来年、種として植えます。」
――種子は買わないんですか?
セグンディーノ「買いません。」
――交換するんですか。
セグンディーノ「はい。昔からそうやってきました。」
トウモロコシの多様な品種を守るため、メキシコは遺伝子組み換え作物の栽培を禁止しました。しかし、アメリカ、カナダ、メキシコの3か国で結ばれているNAFTA、北米自由貿易協定によって、メキシコはアメリカ産トウモロコシの大量輸入を阻むことができません。市場に出回る40%は、遺伝子組み換えトウモロコシです。メキシコで工業生産トウモロコシと呼ばれているアメリカ産のトウモロコシは、アメリカ政府から多額の補助金を受けています。そのため地元の市場では、伝統的なメキシコ産トウモロコシの半額で売られています。
農家 セグンディーノ「遺伝子組み換え作物による征服ですよ。アメリカは、在来種のトウモロコシを破壊し、工業生産トウモロコシで世界を支配しようとしています。彼らの思い通りになったら、多国籍企業が売る肥料や殺虫剤を買わなければならなくなります。そういうものを使わないと、工業生産トウモロコシは育たないからです。このトウモロコシのような在来種は、肥料や殺虫剤なんて使わなくても、元気に育ちます。」
遺伝子汚染
<メキシコシティ>チャペラ博士の論文は、メキシコ国内で強い関心を集めました。その後、国立生態系研究所は、メキシコのトウモロコシの汚染を確認しました。除草剤ラウンドアップに耐性を持つ遺伝子や、殺虫効果を持つ遺伝子が、メキシコの5つの地域のトウモロコシから検出されたのです。遺伝子組み換えトウモロコシが、伝統的な在来種と交配したら、どうなるのでしょうか。エレナ・アルバレス・ブイヤ博士が、地元の花を使って実験を行いました。
メキシコ国立生態系研究所 エレナ・アルバレス・ブイヤ博士「このように、花弁が4枚、萼片が4枚ある、自然界の花と同一のものもあれば、異常な毛や奇妙な花弁など、普通ではない花もありました。さらに、化け物のような花もできることが分かりました。同じ遺伝子を人為的に、別々の箇所に組み込んで出た結果です。」
――心配すべきことなのですか?
メキシコ国立生態系研究所 エレナ・アルバレス・ブイヤ博士「遺伝子組み換えトウモロコシの種子が、いったん自然環境の中に放たれてしまえば、その遺伝子がメキシコの在来種に入り込む可能性はとても高くなります。トウモロコシは風に運ばれた花粉によって自然交配するので、これは避けられない現象です。そのため、私たちは伝統的なトウモロコシの遺伝子資源に、制御不能な影響が及ぶのを恐れているのです。」
化け物トウモロコシ
先住民組織 代表 アルド・ゴンザレス「おはようございます。今日は遺伝子組み換え汚染によって、在来種のトウモロコシがかかる病気について話します。」
アルド・ゴンザレスは先住民組織の代表です。2年間、オアハカ州の農家に対し、遺伝子組み換えによる汚染に対し警告してきました。ここではブイヤ博士の懸念がすでに現実となっています。
先住民組織 代表 アルド・ゴンザレス「オアハカ州で撮影したトウモロコシをお見せします。こんなトウモロコシを近所で見た人はいますか?ご覧のように、奇妙なことが起きています。茎がこっち側と向こう側に、1本ずつ出ています。通常、こんなことは起きません。正常なら1枚の葉に穂は1つだけですが、これは同じ葉から3つの穂が出ています。化け物です。それを研究所に送って、遺伝子組み換え作物の遺伝子がないか、調べてもらいました。残念ながら、結果は陽性でした。道路沿いの畑や民家の庭で、このようなトウモロコシを見かけることがあります。誰かが遺伝子組み換え種子を落とし――その一部が発芽して、伝統的なトウモロコシと交配したのです。」
農家の一人「汚染を防がなければ、従来のトウモロコシの種が使えなくなり、わざわざ種子を買わなくてはいけないのですか?対策はありますか?」
先住民組織 代表 アルド・ゴンザレス「おかしなトウモロコシを見かけたら、すぐにおしべを取り除いてください。花粉が飛ぶからです。自分の畑に異常がないか、十分注意してください。」
――法律で進出を阻まれたら、汚染によって強引に成し遂げる。これがモンサントの戦略なのでしょうか。
先住民組織 代表 アルド・ゴンザレス「そうですね。汚染は故意によるものだったのではないかと疑っています。トウモロコシ原産地が汚染されたら、世界のほかの場所でも同じことが起きますからね。汚染によって利益を得るのは、モンサントのような多国籍企業だけです。」
卑劣な対応
<取材報告/ジャーナリスト マリー・モニク・ロバン>モンサント社は、メキシコのトウモロコシ汚染に関するチャペラ博士の研究に、どのような反応を示したのでしょうか。博士はモンサントの卑劣な中傷キャンペーンによって、大学を解雇されました。この事件について、イギリス南部にある遺伝子組み換え作物の監視団体、GMウォッチの代表、ジョナサン・マシューズが記事を書いています。
<ノリッジ(イギリス)>マシューズによれば、チャペラ博士は遺伝子組み換え作物の推進を図るインターネットサイトの被害者だと言います。博士の論文は、イギリスの科学雑誌、ネイチャーに掲載される前日、メアリー・マーフィーという人物の書いた電子メールが、そのサイトから世界中の科学者に配信されました。マーフィーはこう書いています。“メキシコのトウモロコシが、遺伝子組み換えトウモロコシの遺伝子によって汚染されたというニュースを聞けば、活動家たちは好き勝手なことを言うだろう。”その翌日、今度はアンドラ・スメタジェクという人物が、チャペラは科学者である前に活動家、とサイトに掲示しました。
GMウォッチ 代表 ジョナサン・マシューズ「完全な中傷キャンペーンです。最初の二日間に、マーフィーとスメタジェクがサイトに電子メールを掲示し、続いて他の者にも書き込みをさせました。
みなでイギリスの科学雑誌ネイチャーに大量の抗議文を送り、編集長にこの研究は論拠が確かでないことを訴えるよう、呼びかけたのです。スメタジェクとマーフィー。私たちはこの二人が一体何者なのかを突き止めることにしました。ウェブサイトにアクセスし、スメタジェクのIPアドレスを検索してみたのです。すると、組織名モンサント・カンパニー、本社セントルイスと出てきました。さらにメアリー・マーフィーという人物を、ウェブサイトに残されていた情報を頼りに調べていきました。するとその正体が分かったのです。これを見てください。
メアリー・マーフィーがサイトに掲示した情報から、このIPアドレスが分かりました。そのアドレスには、ビビングス・グループという広告代理店の、昔の名前が入っていました。ビビングス・グループの顧客リストには、モンサントの名前があります。つまりこれは、モンサントのインターネットPR会社だったのです。」
――二人は偽の科学者だったわけですね?
GMウォッチ 代表 ジョナサン・マシューズ「まさに卑劣なやり方です。この手口には、ひとかけらの倫理もありません。つまり、世界中の国々に種子や苗を売り込もうとするモンサントは、邪魔をする者は誰であっても信用を失墜させるという、強い決意を抱いているのです。」
ジョナサン・マシューズによる糾弾はイギリスのマスコミでは報道されましたが、モンサント社は無視しました。彼らは、遺伝子組み換えは、食料不足と環境問題の両方を、完全に調和のとれた形で解決すると主張しています。ウェブサイトには、“バイオテクノロジーと伝統的なシステムの共存が単に可能なだけでなく、世界中で調和のとれた形で進行している”、と書いてあります。
(註:モンサントのCM)「想像してみてください。自然、大気、水を大切にする世界を。環境に優しい方法で食糧生産を増やすことができます。それが遺伝子組み換えです。モンサントはブラジル栄養協会の協賛を得ています。」
遺伝子侵略
2007年、南アメリカでは除草剤に耐性を持つラウンドアップ・レディ大豆がおよそ40万平方キロメートルの農地に植え付けられました。その10年前、アルゼンチンは、南アメリカで最初に遺伝子組み換え作物を正式に認可。その後遺伝子組み換え作物はいつのまにか、認可を行っていないブラジルやパラグアイなど、近隣諸国に広がっていったのです。
<パラグアイ>2005年、ついにパラグアイは密かに持ち込まれた遺伝子組み換え作物を認可しました。大豆の輸出先のヨーロッパでは、遺伝子組み換えの表示が義務付けられているためです。事実上は、すでに合法化されていたも同然でした。
パラグアイ副農牧相 ロベルト・フランコ「遺伝子組み換え大豆の種子は、すでに国内に入っていたので、認可せざるを得なかったのです。」
――遺伝子組み換え作物がどうやって国内に入ったのか、わかっていますか。ブラックマーケット?
パラグアイ副農牧相 ロベルト・フランコ「いえ、ブラックマーケットではありません。ブランクサックといって、公式マークのついていない種子袋で運ばれました。」
――この種子の密輸にモンサントは関与していたのですか。
パラグアイ副農牧相 ロベルト・フランコ「モンサントが、自社の大豆品種と種子の販売を促進しようとした可能性はあるでしょう。いずれにせよ、政府は事後承認の形で、すでに持ち込まれてしまったものへの対応を余儀なくされたわけです。」
種子の密輸をきっかけに、モンサントは大きな利益を得ることになりました。遺伝子組み換え大豆が合法化されるや否や、モンサントはパラグアイ国内で生産される大豆1トンごとに、特許使用料を徴収する権利を手にしたのです。ブラジルの場合と全く同じです。その後パラグアイでは、小規模農家の排除が容赦なく続いています。
除草剤ラウンドアップの実害
ホルヘ・ガレアノは、遺伝子組み換え作物の栽培に反対する小規模農家の代表を務めています。
――遺伝子組み換え作物の単一栽培と、小規模農家の伝統的な農業は共存できますか。
小規模農家の代表 ホルヘ・ガレアノ「それは不可能です。二つは、相容れない農業モデルなのです。遺伝子組み換えは地域社会や小規模農家の暮らしを消し去ろうとしています。生物の多様性も破壊しようとしています。私たちが生きるために必要な天然資源を破壊し、貧困と病と死をもたらすのです。」
現在パラグアイのいたるところで、飛行機や大型散布機によって、ラウンドアップの大量散布が行われています。除草剤は民家の戸口や、小規模農家の生活の糧である畑のすぐ近くまで撒き散らされています。毎年作物が枯れ、大勢の人々が汚染されています。
遺伝子組み換え作物の畑に囲まれているこの一家もそうです。両親は息子のペドロのことを心配しています。母親の手作りトルティーヤを売りに行くために、毎日遺伝子組み換え大豆の畑を通らなければならないのです。
インタビュアー「この症状はどれくらい続いているの?」
父親「15日前からです。」
母親「最初は、足に症状が現れました。それから全身に広がっていったんです。」
インタビュアー「頭痛は?」
息子ペドロ「(首を振る)」
――食欲はあるんですか?
母親「ほとんどありません。今日は私が用意した食事を食べられませんでした。ジュースを少し飲んだだけです。」
インタビュアー「下のお子さんは?」
母親「ペドロよりは食べてますが、具合がいいとは言えません。」
父親「私たち家族は、追い詰められています。つい先日も、カモとガン60羽が死にました。2、3歩歩いて、突然倒れて。死んでしまったんです。向こうで猛毒の除草剤を散布しているので、雨が降るとこっちに水が流れてきて、水の中にいる鳥が死んでしまうんです。」
我々の闘い
パラグアイでは、農地の70%を人口のわずか2%に相当する人々が所有しています。遺伝子組み換え大豆の普及と共に、小規模農家は大型農場に吸収されています。その結果、今では毎年10万人が農村を離れ、大都市のスラムに移り住むようになりました。しかし世界では今、BSEの発生による植物性飼料への切り替えや、バイオ燃料ブームによって大豆価格が急騰しています。遺伝子組み換え大豆の需要は、急速に高まっているのです。
小規模農家の代表 ホルヘ・ガレアノ「モンサントの遺伝子組み換え大豆の生産モデルについて、お話ししましょう。多国籍企業のモンサントは世界中に進出しています。会社の目的は農民抜きの農業によって、世界の食料を支配することです。モンサントは、我々から自給自足する能力を奪っています。我々は自分たちの農業を続けるべきです。家族、地域、祖国を守るために闘わなければなりません。」
パラグアイの人々だけでなく、私たちも、生きるために闘わなければなりません。2007年、モンサント社は世界50か国で18,000人を雇用しました。モンサント社の株価は上昇を続け、2007年の利益は10億ドルに達しています。その株主には、年金基金や銀行だけでなく、無数の個人投資家も含まれています。
モンサント社の取材対応
<モンサント社への取材申し込み>
(註:電話音声のみ)モンサント社「モンサントです。」
――マリー・モニク・ロバンです。
モンサント社「何度も申し入れをいただいていますが、この件についての我々の立場は変わりません。建設的な内容になるとは思えないので、番組の取材に応じることはできません。」
NHKの解説
<合瀬宏毅 解説委員>「この番組が指摘するように、多様な植物資源の確保は、人類の生存に不可欠だとされています。ところが、農産物の世界的な価格競争の結果、より少ないコストでより多い収穫をもたらす品種が求められ、作物はそうした品種に集約化されていることも事実です。国連は、農業が始まって以来、およそ1万種の植物が食糧生産に使われてきたが、今日では150の作物だけで、大部分の人間を養っていると、品種の減少に強い懸念を示しています。しかし農業は一方で、2050年には90億人とされる、世界の人口を養うための解決策も求められています。高い生産性を持つ品種の開発は不可欠で、遺伝子組み換えもそれを実現する重要な技術の一つです。世界ではこのところ、穀物価格の高騰に対するデモや暴動が頻発しています。食料の安全保障を考える上で、遺伝子組み換え技術をどう位置づけるのか、改めて考えるべき時期に来ています。」
<エンドロール>取材報告/ディレクター マリー・モニク・ロバン
撮影 ギヨーム・マルタン
プロデューサー アメリー・ジョアン
制作 Arte(フランス 2008年)