「まずは、アイツの部屋に行ってみるか。この時間に居るとは、思えねーがなぁ……」
自室には年がら年中ニナが強襲をかけてくるので、フリックが日中に長々と自室に留まる事は少ないのだ。
折角貰った個室なのに。
彼程、自分に与えられた個室に居ない人間もいないだろう。
「――――まぁ、いつ誰が来るのかわかんねー時間帯に妖しげな薬を飲ませて事に及ぶ訳にもいかねーからな」
上手い具合に発見できても困るかも知れない。
いや、発見してすぐに薬を飲ませ無ければならないと言うこともないのだ。じっくりと時間をかけてフリックをその気にさせ、自然な流れで薬を使うようにし向けてもいいのだ。
なんだったら、フリックのご機嫌を窺いながら薬の事を打ち明け、彼自ら薬を飲むような流れに持っていっても良い。
「……それは無理か」
フリックが妖しげな薬だの道具だのに興味を持ったことは一度としてないのだ。以前どこぞの酒場でそんなモノの話を嬉々としてしていた男共の事を、冷ややかな瞳で眺め見ていたこともあったから、その手のモノを好んでいない事は明白だし。自分の提案に乗ってくれる訳がない。
「……俺、生きていられるのか?」
あの時の眼差しを思い出し、ボソリと言葉を零した。
フリックのことだ。気にくわない事をされたら間違いなく報復行動をしてくるだろう。
それがいつもの雷だったらいい。それくらいでなら死なない自信がある。
だが、剣を抜かれたら切り抜けられる自信がない。
「はやまったか、俺……」
そんな考えが脳裏に浮かんだが、今更引けない。ホウアンに「やる」と言ってしまったのだから。
別にやっぱり止めたと言って断ってもなんの問題も無いだろうとは思う。途中でうっかり瓶を割ったと言い訳しても良い。
本当に嫌だと思ったらそうするだろう。
だが、根っこの部分ではその薬を使ってみたくて仕方ないのだ。
理性を飛ばして自分にすがりつき、甘い声を上げるフリックの姿が見てみたいのだ。
「命かけてやるぜ……」
その価値はある。間違いなくある。
力強く頷いたビクトールは、目の前に迫ってきた見慣れた部屋の前で足を止めた。そして、ノックも無しにフリックの部屋の戸を開け放つ。どうせここにはいないだろうなと、重いながらも一応確認するために。
するとそこには部屋の主であるフリックではなく、この部屋とは全く関係ないニナの姿があった。
ある意味、予想通りだ。
フリックと違って期待を裏切らない女だなと内心で呟きながら、声をかける。
呆れの色が存分に含まれた声で。
「――――お前、人の部屋で何やってんだよ」
声をかけられた事でビクトールの存在に気付いたらしい。
何やら棚を漁っていた彼女は、一度大きく身体を震わせた後、慌てた仕草でこちらへと視線を向けてきた。
そして、相手がビクトールだと認識した途端にムッと顔を歪める。
「あんたに言われる筋合い無いわよ。大体、あんた、何のつもり? 私のフリックさんの部屋にノックも無しに入ってきてっ! ちょっと、常識足りないじゃないの?」
「――――お前に常識云々を言われたくねーぞ」
アイツは俺のもんだ。と言い返してやろうかと思ったが、止めておく。ニナの熱く燃え上がっているハートに無駄な火種をつぎ込むことになるので。
そんな事をしたら面倒くさいことになることは、火を見るより明らかだ。ここぞとばかりに様々な文句の言葉をぶつけられるに違いない。それは正直、面倒くさい。小娘の戯れ言に構っていられる暇はない。
なので、上がりかけた言葉を飲み込み、違うコメントを返しておく。
そして、さっさと彼女との会話を打ち切るべく、小さく息を吐いて気持ちを切り替え、フラリと右手を振って踵を返した。
「邪魔したな。勝手にモノを動かすと怒られるから、ほどほどにしておけよ」
「フリックさんは私を怒ったりしないわよ! 私、フリックさんに愛されてるもの。あんたと違って! フリックさんは私に優しくしてくれるんだからっ!」
怒鳴るように、ソレで居てどこか勝ち誇ったように言い返してくるニナの言葉に、ビクトールは薄く笑みを浮かべた。
恋に恋する少女の目には、何も見えていないのだなと、思って。
まぁ、フリック自身が見せないようにしているのかも知れないが。彼女に『自分』を見せる必要は無いと思っているのだろうから。
だから、彼女には優しくしているのだろう。
フリックが分かりやすい上辺だけの優しさを見せるのは、相手に興味が無い時だ。
厳しくあたっている方が気持ちが入っている。
背後で騒ぐニナを無視して部屋を出たビクトールは、密やかに優越感に浸りながら長い廊下を突き進んでいった。
歩きながら考える。部屋に居ないのならば、どこに居るのだろうかと。
フリックが良く行くところは、図書館・屋上・鍛冶屋・ステージ前・酒場・訓練場。それに風呂場だ。
良く行くと言っても、昼間に屋上に行く事は少ない。
夜に行く事の方が多い場所なのだ。屋上は。
酒場も昼間から行くことはそう多くない。意外と常識的な男なので、昼間から酒を飲むことを良しとしていないのだ。
一人で昼間から酒場に行くのは、何か考え事をしているときだけだ。何を考えているのかは、分からないが。
だから、昼間から酒場に居る姿を発見してもあまり近づかないようにしている。
「さぁ〜〜〜てと。どこに行くかなぁ…………」
【ステージ前】 【訓練場】 【風呂場】