四月の夢酔


 


四月馬鹿さ(2012/04/02)
エイプリルフールと言うと、なぜか「ポパイ」で、ブルートとポパイが、いたずらと言うか嫌がらせをしては「四月馬鹿さ」と言う話を思い出すわけです。日本語版の古い奴なので、ブルートの声が、ものすごく憎々しく「四月馬鹿さ」と言うので、耳残ります。って、もう二日じゃん?!。とオチがついたところで…

死語になって欲しい世界
と言うわけで、ネタに窮したので。死語になって欲しいワードとその後。

システムが同じでつまらない
これはまぁ、ほぼ死滅ですね。と言うか、ときメモ2以外で見たこと無かったし。つーか、ホントに私が書くまで、この評価 ばっかりだったのよ、マジで。いま、塗り変わってるけど。まぁ、新システム、新奇性は分かりやすい売り文句だけど、必須案件じゃない。ノベルゲーなんてシステムいじりようがないし。CoDとかもね。

トーンの使用量が少ないから下手
これも滅。使用量が少ないから手抜き。なら分かるのだが、上手い下手と使用量は関係ない。鉛筆書きに水彩絵の具で空と海だけ塗った絵も、上手いモノは上手い。青しか使ってないから下手だ!。と言ったら、どんだけ白い目で見られるか分かりそうなものだが。初見がアマゾンのレビューだったので、まだ残っているだろう。さらし首よのぅ。

ステマ
早いと夏までに。と予言したが、五月までに消えそうな勢いに…てゆーか、ほぼ死滅。古くからある「サクラ」や「信者」「アンチ」を一般語かつカタカナ語にしただけだしねぇ。使う人の知的レベルを計るには良い言葉だったが。比較検証用の上位パーツが韓国企業 製だったから「どうみても韓国ステマです」とか、もう救いがたいわ。グラボ検証で、最上位は台湾企業だったら「台湾ステマ」とか言わない癖に。 しかし、他社の口コミサイトに金銭受領して書き込むのは、営業妨害ではないのだろうか。あと、経済というか消費は、知的レベルがアレな人が支えているのだなと(某みの師が紹介したら翌日スーパーからココアが消えるとかねー)。しかし、売文の人(特にビジネス系)は、はやり言葉作らないとダメなんだろうか。ジャイロボールみたいに…

ジャイロボール
消えましたね。初めて、ジャイロと言われる投球を見た時に「縦スライダーの失投やん!」と思ったモノですが、どうやったらあの軌道で剛速球とか思えたんだ?。スポーツライターの本は、天才とか魔球とか、煽りで売り抜く感じでキライです。 中身も薄いしね。ナックル少女もどうしてるかしら?今もアメリカ?。大抵のナックル使いは、ナックルの握りで投げるチェンジアップなんだよねぇ。そも魔球は単独で存在するわけでなく、持ち玉を魔球に昇華させるものです。ナックルとか、フォークとか、投げられたら魔球なんてモノはない。桑田さんとか、星野伸之さんのカーブを見よ、あれこそ魔球。魔球カーブ。

○○の文法に則して
嫌味ならともかく、褒め言葉にはならない言葉。文法は、凝り固まった存在であり、 固定化されたモノ。そうしたスキーマつーか、固定観念?を打ち砕くのが芸術であるとするなら、これほどの侮辱もない。別の言葉で言うなら「教科書通り」であり 、さらに「面白みがない」であろう。「システムが同じでつまらない」の項目と矛楯するようだがしていない。と思う。シリアスサムBFEは、ピュアFPSの基本を踏まえつつも、革新性をもっているのだ。サムのシステムは、FEやSEと大して変わっていない。野球ゲームのシステムが大差ないように、ピュアFPSのシステムの骨子も変わりようがないのだ(と言うか、変えたらピュアFPSで無くなる)。基本を踏まえることと、基本通り、教科書通りは、別物なのだ

ゲームでないからクソ
ゲーム以外に価値を認めない的な思想を含むこの言葉は消えて欲しい。が!、ゲームとして提供しておいて、ゲーム性がないのは詐欺行為だろう。ステーキハウスで出されたのが、鮭の切り身だったら?。「ビーフとは言ってないです、鮭のステーキです」しかも値段はビーフの値段(ゲーム的にはフルプライス)。人それを詐欺という。天空中心剣!絶・天狼抜刀牙(混ぜるな危険)。鮭のステーキ食べたい時も、食べたい人もいるのだから、偽る必要など元々無いのだ。ステーキハウスだってシーフードおいてるわけだし。

文頭の一文字空けてないから信憑性がない
いつもの大オチ。頼りすぎていかんな、このネタ。

で、トリは四月馬鹿さ!…だからもう二日だってば


そもそもダンジョンRPGってなんだろう?(2012/04/03)
深く掘り進む「なんだろう」シリーズ。で、思い至ったのは、迷宮クロスブラッドは、ダンジョンRPGではない。なら何か、それは「フィールドマップのないただのオールドスクールRPG」。これがダンジョンRPGと言うなら、ソウルハッカーズはおろか、ペルソナ4の方が良くできてる。それとも、世間的には、ソウルハッカーズやペルソナ4もダンジョンRPGって呼んでるの? 。3Dダンジョンのターンベースなら、すべてダンジョンRPG?。

ダンジョンRPGが「やるドラ」並の勘違いワードにならない事を祈りますが、単純な3Dダンジョンのターンベースを、気取って「ダンジョンRPG」などと名乗り、さも新機軸のように振る舞っていないことを願う。日本の不思議なところで、なぜか元来呼ばれていたモノを、偽物(とまで言わないが)、別物扱いすることが多い。例えば、パンダ。そもそもはレッサーパンダの方が、パンダであり、今の白黒熊猫は、ジャイアントパンダでパンダ(レッサー)に対して の「でかい方のパンダ」であったわけで。

RPGも本来はテーブルトークを指す。海外でRPGと言うと、一義はテーブルトークであり、ビデオゲームはその次…のハズだけど、今はどうなんだろう ?。で、ビデオゲームのRPGも、元々は3Dダンジョンが本流だった。ウィザードリィにしろ、M&M、バーズテイル、女神転生、シャイニング&ダクネス等々。これに対して、フィールドを重視 (つまりはストーリーの流れ特化)にしたドラクエ、FFが、俯瞰式のダンジョン(と言う名の迷路)で簡略化し、いつの間にやらそちらが本流になり、3D(主視点)のダンジョンは、ダンジョンRPGと呼ばれる亜種に落ちてしまった。

俯瞰、つまり見下ろし式のダンジョンが、あくまで迷路であり、ただのストーリー上の単なる障害物、回り道させられる通路に近いのに対して、主視点、一人称視点で、ダンジョン、洞窟探検の楽しさにフォーカスしました。と言うなら、それで良いのだが、迷宮クロスブラッドにしろ、世界樹の迷宮にしろ、探索の喜びは薄く、固定化された正方形のマス の内側を埋めていく作業でしかないのは、基本コンセプトにズレがあるのではないかと思う。

良いダンジョンとは何か。それは、物語のあるダンジョンだと思う。物語というのが重たいなら、「いわれ」や「歴史」「思い出」でも良い。 的確なのは、コンセプトのあるダンジョンでしょうか。ゴブリンが住み着いたダンジョン。住み着く前はナニだったのか、ただの洞穴?、廃鉱山?、現役鉱山?、それとも、自分たちで掘り上げた?。そして、そこに住まう以上、利便性や簡便性を持っているはず。三階ほど下に潜って、スイッチを押し て、一階の扉を開け、その先の落とし穴からボスの部屋へ…なんてやっていたら住めるわけがない。 2Dダンジョンならそれでも良い、ただの障害物なんだから。慟哭そして…とか、九龍妖魔学園記にもつながる話で、ボスはどうやって、鍵の内側で待ちかまえているのか。と言う問題にもつながる。それでは、ただの障害物 、プレイヤーをまっすぐ行かせないための時間稼ぎ。 探索を主体に置くモノでやるべきではない。と言うのが私の主張だ。

この古代の遺跡は、邪悪な魔法使いを封じたモノで、罠は全て、侵入者の撃退でなく、復活した魔法使いへ向けたモノ。ならば、罠は全て内向きになっているとか、複雑な仕掛けは、復活を阻止するための封印だった、とか。繰り返すが、そう言う物語がないダンジョンは、ただ「迷わすための道(路)」つまり迷路でしかない。複雑な通路とスイッチの迷路は、アトラクションでしかない。

仮にも、ダンジョンRPGと名乗るのであれば、一つ一つのダンジョンに、丁寧な物語を織り込んで欲しい。ランダムエンカウントの敵が出る迷路は、それこそ80年代のビデオゲームRPGでしかない。脱皮しない蛇は、自分の皮に絞め殺されるのだ。このクロスブラッドは、wizXTH2から、進歩を拒絶しているように受け取れる。新奇性のあるシステムは必須ではないが、過去作を土台として、一段登る事で生まれる、新しいスタイル、進化は必要だ。ナニを持って「ダンジョン」と 呼称するか、再考すべきと思う。続けるつもりならば。

私が知る中で、もっとも良質な迷宮は「EverBlue」シリーズだと思う。

沈んだフェリー、沈没した豪華客船、海底神殿を探検すると言う行為は、ナニにも増して迷宮探検なのだ。船内に入れば、脱出路は限られる。ボンベのエアー残量と相談しながら、 奥へ進む緊張感。進むにつれて、ハンドライトだけが頼りとなり、水温が下がってスーツの保温能力を超えれば、体力が奪われていく。アイテムを取得する時もHPを消費するので、持てるけど、帰りに低水温ゾーン通らなきゃ行けないとか、酷く悩む。宝を見つけたが、モンスターに追われているので、あれこれ持てない。見たいな状況はスリリングだ し、悩んでいる間にもエアー残量は減っていく。

ゲームとしても、全てのバランスをよく考慮し調整しているので、適度なハードル設定も非常に上手い。同じ沈没船でも、高性能スーツを入手後は、さらに奥に行けたりもする。戦闘もナニもない。にも関わらず、この先にナニがあるのか。と言う好奇心だけで進むことが出来る。探索が面白ければ、戦闘もアクションも不要なのだと痛感させられる。うーん、Everblueは凄すぎて上手く紹介できないのが、もどかしい。 まぁ、everblueにも、あっちでスイッチ入れて、こっちの穴から入って。とかあるけどね(でも、ブリッジから扉のロックが外せると言うのは無理がないと思う)。

クロスブラッドも、世界樹も、戦闘とレベル上げと収集で誤魔化している迷路ゲームに過ぎない。と言うか、単純な経験値稼ぎによるレベル上げをゲーム性と思うプレイヤーレベルの低さも問題よね…クロスブラッドも世界樹も、詰まるところレベル上げしかすることがない。世界樹は、それに飽きて、最終階層で投げてしまった。

クロスブラッドは、レベルキャップでイベントを管理するって露骨すぎる。DQ1で橋を渡ると敵のレベルが上がる。と言うのもキャラレベルで足止めとしては露骨だが、キャップで強制停止はさらにあけすけで、運営、コントロールを放棄したようで情けない。と私は思う。


良いダンジョン悪いダンジョン普通の(2012/04/06)
迷宮考察と言うことで、RPGマガジン93年12月号で、特集が組まれていたのを思い出し再読。うーん、90年代前半までのRPGマガジンは良かったなぁ…藤浪智之さんの考察は今読んでも、いや、むしろ今だからこそ、考えさせられる。トラップをダメージと複雑性で4ベクトルに分け、単純で大ダメージの罠を「最悪」、単純で低ダメージを「退屈」、複雑で大ダメージを「真剣勝負」、複雑で低ダメージを「魅せる」と分けるのは秀逸だ。

この単純、複雑は、手間がかかるとは別の意味で、テーブルトークの記事なので「単純」と言うのは「器用度」や「敏捷性」の単純チェックであり、「複雑」なのはそうした判定ではなく、実質的なパズル要素といった感じ。ビデオゲームに置き換えるなら、エクスや日本製wizの用に、宝箱の罠の回避チェックが自動判定なのは単純な罠だし、skyrimの用に、箱の横手にトリップワイヤーがあったり、重量感知スイッチがあるのは複雑な部類に入れて良いだろう(物理エンジンのあるなしの差でもあるが)。

山北篤氏による、メイズとラビリンスの違いのコラムなども面白い。同じ山北氏のtorgのコラムにあるダンジョン考も面白く、『ダンジョンの面白さ:危険と向かい合わせのスリルから来る緊張感』『詰まらないさ:行動のパターン化による緊張感の欠如』等。 他にも、静的ダンジョン(敵や罠が固定で動きがない)、動的ダンジョン(敵が行動する)の考察もあり、skyrimやFPS、ダンジョンマスター系に緊張感があるのは、動的ダンジョンだからだろう。 既存ターンベースシステムでは静的ダンジョンにならざるを得ず、いつでも、どこでも帰還出来る事から来る緊張感の無い探索、単調な戦闘とトラップ…ダメ要素当てはまりすぎるなぁ…クロスブラッド…

で本題。ちょっと列記してみたダンジョンゲーム。

ワタシ的良いダンジョン

・真女神転生V
3Dダンジョン+TPSという視点を生かしたトリックのある作りは秀逸。特に、だまし絵効果を取り入れた東京議事堂は傑作といえる。また、ラストダンジョンであるカグツチ塔も、同一階層での縦軸移動という立体構造はありそうでなかった(BUSINゼロにも、同一階層内の立体物があったが)。また、ブロックを移動させる適度なパズル要素もダンジョンギミックとしては面白かった。

・ペルソナ4
そもそも、このゲームのダンジョンが、心の闇の具現化ということで、コンセプトワークが秀逸。 外壁はもちろん、色づかい、敵の傾向、デザインなど細かに統一してある。 ダンジョンギミックは、無いに等しいただの迷路だが、チェックポイントたるイベントエリアで、語られるトラウマ、克服する過程を見せることで上手く誘導している。ストーリィのあるダンジョンとはこういう事だ。という一つの好例といえる。

・EverBuleシリーズ
前回も書いたが、探検、探索の醍醐味が詰まった一本。ハンドライトの光さえ飲み込んでいくような深い闇の中を、自分の呼吸音だけが生命の活動音のような静かな世界を、ゆっくりと進む。探索の 緊張感バランスも良く、エアー残量ピンチどうする?と思った頃に、船体の亀裂を見つけて、ここから脱出。とか、退屈になりがちな船内探索を、ダイビングスーツの保温能力と深度による冷気ダメージで、適度な緊張感を与え、重量オーバーでのスリップダメージなど、従来のRPGが戦闘で出していた緊張感を上手く置き換えている。UE3なりの最新エンジンで描き直したら意外と受けると思うのだけど。

・遺作
いきなりアダルトゲームだが、旧校舎という閉鎖空間と作りを上手く利用したゲーム。そもそもの謎解きやトラップなどの仕掛けも、無理が無い上に、遺作の「お前らオレを馬鹿にするけど、オレの仕掛けた謎が解けるのかよ」と言う意図が感じられる(=統一されたコンセプトのダンジョン)のは珠玉。

・FPSのレベル
直接操作するFPSは、そのままでダンジョン探索に近くなる。例えば、Rainbow six vegasなど、建設途中のカジノホテルを占拠したテロリストを撃退していくレベルがあるが、これはダンジョンを乗っ取ったモンスター攻略に等しい。スネークカムで扉の向こうを覗く動作は、まさに聞き耳判定の視覚化と言える。STALKERでも、学校や工場跡地を占拠している集団への潜入なども。そもそも、ダンジョンは洞窟だけではない、Dead SpaceSystem Shockなどの宇宙船(映画エイリアン1もダンジョン探索と言える)、BioShockのラプチャーなど都市丸ごともダンジョンなのだ。 そしてSTALKERSystem Shockの物資不足から来る緊張感、つまり敵陣のど真ん中なのに残弾ヤバイよ!と言う緊張感が楽しいのだ。弾余りのサバイバル系がぬるいとか退屈なのは、緊張感に欠けるから。

テーブルトークで上げるなら、"百円ライター"(まだ使っているのかな?)こと牧山昌弘さんの「魔術師の塔」(RPGマガジン93年六月号)は秀逸。シナリオでなくてリプレイだったけど、各階層で、装備を奪うと言うコンセプト共に、各階の仕掛けがすばらしいんだ。


普通のダンジョン

・デビルサマナーソウルハッカーズ
特にひねったところはないが、安定しているデザイン。作りでなく、仕掛けに凝ったプラネタリウムや、完成前と完成後の違いが分かる天海空港などは、面白い出来映え。 全般に、実際の建築物らしい作りになっており、雰囲気を壊さないダンジョンデザインに好感が持てる。 ツインタワーのアルファベット型の部屋はちょっとアレだが、ギミックとしては面白いアイディアだった。良いと普通の狭間にある感じ。 これの前作キョウジ編では、異界化させることで設定上の矛楯は解決していたが(普通のビルが迷路のようになる理由付け)。

・Wizardry#1
古い作品だけあって、どちらかというと迷路 。だが、ワードナが侵入者撃退の為に用意したモノなので、迷路基調なのは当然といえ(城が侵入者撃退ようにわざと入り組んだ作りにするようなモノ)コンセプトとしてはきちんとしている。ちなみに、ダンジョンの辞書的訳は、地下牢、城の主館だったりする。 登場時のインパクトは、今で言うならskyrim級で、多くのモノに影響与えたが、日本製の自称ダンジョンRPGは、未だトレボーの触書から脱出できずにいるようだ、なぁ村 正八。

・トルネコの冒険
迷路であることを割り切った作品。自動生成によって飽きない作りにしたのはすばらしい(テーブルトーク風に言うと、ダンジョンタイルでのランダム生成)。が、ダンジョンではなく、あくまで、開くたびに自動生成される迷路の本(児童書によくある「うまくそとに出られるかな?」とか言う奴)である。アクションゲームだし。ぶっちゃけ、ローグライクとかディアブロであり、こう言うのがダンジョンRPGと紹介されていたように思う(ちなみに上記93年のRPGマガジンでも、ダンジョンRPGと紹介されている)。


悪いダンジョン

・真女神転生 ストレンジジャーニー
目に見えないテレポーターとピットの組み合わせで、正解のテレポーターなら先へ進み、間違えたら戻され、さらにはピットで一階層戻される というアトラクション迷路。往復のマラソンとマス埋め作業は攻略とは言わない。外壁などは派手だが、中身との連結が薄いため、空っぽ感が余計に漂う。 コンセプトの薄いダンジョンほど、テレポーターとピットの組み合わせが好きな気がする。

・つーか、20*20マスとか外枠固定してある奴
wiz#1の呪いとも言え、なぜかコレに固執する人もいる。wizも3ぐらいから、外枠固定止めたというのに。外枠を固定してしまうと、迷路以外作りようがない、自縄自縛。古いゲームならしかたがないと思うが(80年、90年代のゲーム。ザ・スクリーマーとかディープダンジョンとか)。未だにコレに固執するのは謎。まぁ、枠の中で自由に作る事も出来るはずなのだが。

・慟哭そして…
何度も「失敗した遺作」と言ってますが、それに尽きる。洗面所の石けんをひっくり返したら、鍵が埋まってました。とか、犯人の目的からは察しがたいコンセプトの仕掛け(インパクトのみの仕掛け)があちこちにある。かまいたちの夜2もそうだったねぇ。無節操なコンセプトのお化け屋敷が興ざめのようなモノ。病院ネタ のお化け屋敷なのに、病室の真ん中に、井戸があって、中から枚数数える声…とかコントよね?。九龍妖魔もこの類。

・九龍妖魔学園記
魔人シリーズ屈指とか言われるので、敢えて書き足し。慟哭と同じく、コンセプトミスのインパクトのみギミックの迷路。緊急放棄した研究所の壁面にレリーフが彫られていたり、ノンビリとした解除手順や、撃退トラップ。鍵のかかった部屋の内側で待つボス(ご丁寧に鍵は部屋の外に設置)など。ダンジョンの制作者、維持者ともにナニがしたいのか、よく分からないアトラクション迷路の典型例。多くの人が勘違いしたのは、まだ珍しかった動的ダンジョン(敵が動く)だからだろう。

悪いのは上げすぎると角が立つのこのくらいで勘弁していただきたい。こうしてみると、今のダンジョンRPGと言う言葉には全く効力がないように感じられるのだが…やるドラに続く勘違いワード率が上がっていく…。

GOGでFALLOUT1が48時間限定無料だったので落として試してみたんだけど、クォータービューの疑似リアルタイムっぽいターンベースなんだけど、探索がスゴイ緊張感がある。やっぱ、動的ダンジョンにするだけで、こうも違うんだなぁ。真メガテン3とか、ペルソナ4見たいに、ギミックや移動をリアルタイムに見せかけるってのが、活路なのかも知れない。


クロスブラッド 終盤雑感(2012/04/09)

なんだかんだで、やっぱりムラマサクォリティで、あっさりラスボスとご対面。ただレベル29では、歯が立たない。と言うか、複数回(3回ぐらい動いてる気が)行動、即死クリティカル、MP吸引、全体魔法、連れ去り、状態異常、一発で1200ダメージとか、考えつく嫌がらせを全部詰め込みましたなボスで、なぜか聖 から首跳ねられて、あとはジリ貧。勝てる気しない。コレまでの選択肢で、属性変わるほど深い作りじゃないだろうしなぁ。感触としては、たぶん、レベル35、いや、最後の魔法習得が36なんで、そこかなぁ。29から30までで経験値が10万ぐらい。36まで、ざっと見で100万程度か?…やる気無くすわ。アレがラスボスじゃなくて、もう一枚どんでん返しがあったらスゴイと思うけど。単調な狩りで100万exp…無理…武具は良いのでないから、武器で補う事もかなわず…そらぁ、やる気無くすよね。

・ダンジョンの善し悪し
基本、迷路。漫然とした捜し物で、目的意識が薄いので、ダンジョンの制覇感が薄い。つーかない。散歩中に獲物がいたので狩りました。と言う感じ。故に探検や探索の喜びもない。脈絡のない(ヒントもない)隠し扉を延々と探させるのもアトラクション迷路だよなぁ。内部での目的の有無が迷路と迷宮を分かると思うんだ、後日書くけども。

・脚本の善し悪し
と言うか、悪し。ムラマサは変な日本語がわりと多い国語力。と言うか、主語をカッチリ書くのは下手な日本語。「ワタシ ニューヨークカラ キマシタ」的な、どこの日本語教育用素材かと言う基本があって。意識不明の重体者に呼びかける時に「○○隊しっかりして」と言う人はいないだろう、そこは「みんな、しっかりして」でいい。主語のとらえ方変だよなぁ…極めつけは「緊急時に備えて、セキュリティランクBを解除しますか」とか。緊急時だからこそ、セキュリティ発動であって、緊急時に備えて解除って……ちょっとだけ、ネイティヴな日本語使いなのか疑ってしまうレベル。

・シナリオの善し悪し
リリスに感情移入なんか出来るか?。たったアレだけの出番で?!だったwizXTH1
最終決戦中に「はい、最終兵器」と投げ渡されても盛り上がるか?!だったXTH2

これらと比べると、ずいぶんマトモになってますが、正味、こんなんクリアできてて、ようやく普通の商品として合格レベルなんですが。今度は、見せ場を作るために強制イベント 化とか、チュートリアルで伏線丸出しで「ここがラストダンジョンなんだろうな」とか。ゲームの運営ベタが丸出しになりました。最終兵器作成も、あっさり塩味な感じ…塩もないかも…で、淡泊すぎて盛り上がり欠如。これは、イベントとの関連がないから。黒騎士の残留ブラッドを集めるのだから、黒騎士の暗躍している姿を見せ、それを追う過程で回収していかないと盛り上がらない

ジオマトリクスで、作りかけのブラッドボムを見つけ、その中に黒騎士のブラッドコードを見つけて、爆弾回収とコードの回収を兼ねるとか何か無いと盛り上がらない。 そもこうしたモチベーションの設定、盛り上げるための伏線設定を込みでシナリオと言うはず。ただ、ダンジョンの中に転がってるコード拾ってきて。では盛り上がりもクソもない(実際、半数はナニもなく 奥地の床に落ちてる。残り半数は脈絡のないボス倒すと落とす…真面目に「急激に異形が活性化したエリアがあります」とかで展開できるだろうに)。

かなりネタばれるが、海人が最終兵器を即製してしまうのも良くない。「理論上は正しいはずなのに、上手く結合できない?!」で、シズナが「これを使ってみてください」「これはブラッドコード?」「患者から摘出したモノです」と言いつつ、ホントは自分のコードを回すとか、あるべきではないかと。

クロスブラッドは、個別ミッションがシナリオとして機能していないので、全般に「洞窟にゴブリンが住み着いたので退治してきて」で、裏もナニもなく、迷路を押し進んで退治して終わるシナリオを延々とプレイしている感じ。D&Dでのプレイですら「退屈なシナリオ」と言われるモノを延々と繰り返し、レベル上がったことだけが楽しみのような感じ。wiz#1のように短いなら良いが、長編でそれは飽きる、だれる。お使いシナリオでなく、押し入って排除を繰り返す、強殺シナリオ

何度も書くけど「言葉の拷問を開始する…恋人とケンカしたことはあるか」「はい」「ケンカするほど仲が良いとか本気でおもってんの?」「拷問完了」…4コマギャグ のネタにもならんわ!って、発想力と言語力だからなぁ…ネタなら良いけどボスが「絶望で貴様らの精神は死んだ」とか叫んでくれますし。元被験体のトーチャーが拷問する時点でオカシイし、ポルターガイストでええやんか。なんでトーチャー。

ほか、脈絡のない隠し部屋を探して、イベント見て(ないしスイッチ押して)ボスのところへ帰るってのは、シナリオでも何でも無いす。しかも、そのイベントが言葉の拷問レベルだし。

メインシナリオもアイディアとしては良いが、ツッコミどころも多い。NPCの行動に一貫性が感じられなかったり(感じさせないほどの演技力?)、cpoの身上調査ザルすぎる。とか。アイオンプリンセスキャリアー確定なんだけど、放置?とか(まぁ、これはクリア後要素でありそうですが)。

クリア後と言えば、まだ封印されて行けない所が沢山あって、と言うか39キャップの狩り対象の住処に行けなくて、これクリア後に解放だと思うんだけど…ルセッティアもそうだったけど、クリア後のやり込み要素に比重置きすぎてない?。がっつり飯喰いに定食屋に入ったら、ご飯とか、ままごと用のオモチャサイズで、デザートだけ特盛りと言うのは、違うだろうと。まぁ、もう一枚、どんでん返しがあることを祈りますけど。

ま、詰まるところ、フィールドのない80年代RPGから進歩してない。脱皮できない蛇は、自分の皮に絞め殺されるしかないのだ。新奇性のあるシステムは必須ではないが、コレまでの蓄積からくる一段上の世界を目指す必要が絶対にある。シリアスサムBFEやときメモ4が枯れ果てたシステムを使いながらも、革新性を見せたように。

クロスブラッドは、ターンベースどころか、wizardryと言う「たこつぼ」に閉じこもったままとしか感じられない。ターンベースってこんなモンだろ。と言う、諦めというか放棄というか、そんなモノを感じる。それは詰まるところ、愛情の無さと思う。スタッフはおそらく「ターンベースを愛している」と言うだろうが、それは 歪んだ愛着であり、執着であり、進歩の拒絶。

進歩を拒絶した現状維持は、緩やかな退化であり、スロウデスそのもの。脱皮を諦めた蛇だ。脱ぎかけの皮は、やがて硬化し、自分を絞め殺すのだ。3Dダンジョンとターンベースの普遍的な面白さ。その本質を見極めようとしないで、一度受けたからと、同じ事を繰り返している。wizXTHで消えていたら、惜しいディベロッパを無くしたね。と言われていただろうなぁ。魔人プロジェクトと同類かなぁ。もはや、センスの問題なので、新しい血を入れるか、何かに覚醒しないと手はないと思う


ながら族(2012/04/13)
今風に言うと、マルチタスカー?。微妙に違う気も。ながら族は、音楽聞きながら程度だしねぇ。まぁ、昔は二つぐらい同時進行(原稿書きつつ、脳内で別原稿の構成練るとか)しないと逆に効率が下がっていたんですが、最近めっきり同時作業が出来なくなりまして、今やると、混ざる混ざる。と言うか、すり替わる。歳か…(遠い目)。

ま、そんなわけで、迷宮クロスブラッドの未クリアレビュー(30-31が12万expで折れた)と、「迷路と迷宮とダンジョンと」をまとめていると、内容がかぶるかぶる。似てるからしょうがないちゃ、しょうがないんですが。今しばらくおまちくださーい(期待している人がいれば。の話だが)

でまぁ、正味、クロスブラッドをやってみて、ホントにシナリオって理解されてない気が…あそこ行って、怪物倒してこい。で戦闘して終わり…アクションRPGとか、フリロ系FPSなら有りかも知れない。が、ターンベース、かつwizのシステムでそれをやるのが分からない。センスがない?。テーブルトーカーなら分かると思いますが、CRPGに置けるクエストって、TRPGの1シナリオなんですよ。そこに起承転結も、導入も謎も、物語性もなく、迷路に押し入ってボス倒すだけって…なぁ?。80年代よりヒドイと思う。

目的を持ってダンジョンに入り、ダンジョンの謎を解き明かしてこそ、ダンジョンを制覇したと言えるわけで、ワープとクイズを乗り越えたら、手配異形がいて、倒すとキャップ課題の一つクリアとか…泣きそう。比較的ジオマトリクスは、ちゃんとしてたんだけどねぇ。wizXTHでもシナリオ面もの凄い弱かったけど、さらに酷くなったわ。そりゃあ、とともの方が受けるだろう。まぁ、ととものも知れてそうではあるけど。

何度も言うけど「物語のないダンジョンなんて、メロディのない歌」。造った人、住んでる人の意図、意志がないのは、ただのペンシルパズル、迷路にすぎない。

たまたま、ウィキペディアでペルソナ3の販売部数見たら、21万本なんだってね。PSPで10万ぐらい。合わせても30万か…採算的には、黒なのか赤なのか知りたいわぁ。ペルソナ4で40万本で、やっぱ、CoDMWの30万本って売れてる方だよね。世界規模で見たら桁違うけど。で!、ワタシ的視野で、大失敗と見立てたエースコンバットアサルトホライズンを見てみたら、PS3、17万本。XBOX20万で37万本、結構売れてるじゃん!。と思ったら、XBOX2万本でした。併せて19万本…破片粉砕の物理エンジンとか、グラフィックから考えるに、crysisクラスは開発費かかってるよね、アレ……ワタシ的視野大正解と言うことで。発売二ヶ月で2980だったもんなぁ…

フライトシム要素を持つモノは、海外のが圧倒的に強いはずで、エースコンバット6でさえ、海外合わせたらミリオン突破したはず。海外ではXBOXの方が強いので、これ国内のみなのか、海外から愛想尽かされたのか…まぁ、今更、G-Locみたいな3Dアーケードシューティングに仕立てたのがセンス無しとしか…

で!本題。
Hack&SlashのHackってずっと「略奪」と思ってました。これは恥ずかしい
。台風一過を台風一家と思ってただけのことはあるぞ、ワタシ!。ので、先月書いた「wiz#1はhackに比重がある」とか、顔で目玉焼き作れそうです。インディーズの「Hack, Slash, Root」で気がつきました。略奪行為はrootingやんと…好きなだけこき下ろしてくだしゃんせ。


クリエーターとしての素養(2012/04/14)
この「アングリーバードを最初に思いつきたかった」と言う記事と、この記事と。まぁ、短いインタビューなので、かなり削り取られていると好意解釈するが、それでも高名なデザイナーが原本を知らないのは、情けなく思う。

これを映画の話に置き換えるなら、「いやぁ、最初に『荒野の七人』みたいなプロット思いつきたかったですよねぇ」と言っているに等しい。「七人の侍」は?とみんな思うハズ。素人さんなら、しかたないよね。と思うが、映画評論家だったり、映画監督の発言だったら、この人勉強してないんじゃない?と、思ってしまう。

また、この結論かよ。と自分でも思うが、日本のゲームデザイナーのインタビューって、どうしてもズレがある。と言うか、熱意がないように感じてしまう。choke pointとかのインタビューでも、海外のデザイナーや、ストーリーライターが「ゲーム表現の限界を超えたいんだ」とか「ゲームがアートフォームとして語られるまであと少しだと思う」とか言っているのを見ると、高いところを見ているな。と思う。日本人はってーと「ターンベースは死なない」とか「消費者が現状に満足している」とか、責任なすりつけかよみたいな…

もちろん、熱のある日本人もいて、Choke Pointの、厳密にはIGNだけど、インタビューの中では、稲葉敦志氏と上田文人氏のインタビューには、内に燃えるモノを感じて好きだ。作るゲームは、方向性が合わなくて好きになれないけど、良いゲームなんだけど、これはもう趣味とか好みの問題なので。

けど、正味、脱皮を諦めた蛇だよね、日本の現状。ディベロッパだけでなく、ユーザーも。「日本じゃFPS売れてない」とか、TESに対してやってもないのに「作業が多そうでつまらなそう」とか、外部要素の拒絶は現状認識の拒絶でしかない。タコ壺に籠もっているだけ。進化とは変革なり。変化の拒絶は衰退でスロウデス。


動かない指(2012/04/16)
迷宮クロスブラッドと未クリアレビューと「迷路と迷宮とダンジョンと」が、ちっとも進みません。クロスブラッドは特に進まず、なんというか「世界に男は〜」みたいに怒りもなく、こうすればもっと面白くなるのに。と言う想いも無く。ただ、呆れてしまった感じが、ニントモカントモ。1997年製のfallout1のが何倍も面白いしー。

やはし、あらゆるゲームは選択の積み重ねで、選択に重みのないゲームは、詰まらない。アクションゲームでさえ、ジャンプタイミングとか、格ゲーの技の読み合いとかも、選択なのだ。

chokepointのインタビューDavid Cage (Quantic Dream、創設者)「私にとっては、2Dの脚本と3Dの脚本の違いだ」ってのがあって、これは良い表現だと。映画や小説は、時間軸に従って、平面的に進むわけですよ。視聴者や登場人物には偶然に見えても、作家にとっては必然の出来事(偶然、目撃証言や証拠が得られる等)の出来事、しかしゲームには、そこにプレイヤーの選択という軸が一本増えるわけ。コレを認識しないと、永遠に「声と画像付きの読み物」から脱出できない。もしくは、無意味な選択肢を並べているだけなのに、胸を張ってマルチエンドとか言ったりする。プレイヤーもディベロッパも、そのタコ壺から出る気も無さそうなのが困りものだけど。

で、valveがハードウェアエンジニアを募集してて、とうとうSteamBox本気でやるのね?!とか話題になっております。既存ゲーム機ダメだよ、とか言うだけでなく「ワシがやったらぁ!」と言うGabeの男気と腹に惚れそう。日本のディベロッパと言うかデザイナーは、基本「さらりまん」だし、独立してもドカンと一発とか出来ないしねぇ。

と言うわけで、gabeへの資金援助としてsteamで買い物しますか。springsaleが近いだろうしね。


ショットガンブルース(2012/04/18)

・尖閣買い付け
中国が文句つけてきたことで、無理言ってる自覚はあるのだと思いました。ホントに所有権があると思っているなら、日本国内での売買契約書なんて「紙切れ」でしかない。イギリス人が、元イギリス領だからってイラクの土地売買持ちかけても、意味がないようなモノ。所有権が行政に行くと面倒になるから圧をかけているのだろうし。

東京の地震被害予想
……東海地震の方が率高いのだから、名古屋をさきにやったげて、ね?。ローカルニュースの時間帯にやるのは勝手だが、全国ニュースの時間にやるモノではない。東京という都市自体が自己愛性人格障害?。

・FALLOUT1
fallout1をプレイすると、fallout3が世界観をもの凄く大事に、丁寧に再現していることが分かる。TESの世界観を練り込んでるベセスダだけはあるわぁ。fallout3やニューベガスで、意味不明だなぁと思った遭遇イベントの元ネタがfallout1かよ。と。

そして、クリア後のやり込み要素って、やっぱりこの世界観に浸っていたい。と思うからやりたいのであって、最初から「クリアしたら、アンロックするクエストがあるから、クリアしてもプレイしてね」と言うのは、押し売り、強要、拷問だ。聞いてる?ムラマサ?。メインクエストクリアしたけど、あのクエスト未クリアだから続けようって思うから、クリア後もプレイを続けるのであって、未解放のエリアに行きたいから、本編クリアしようではない。

クエストだけでなくて、未習得のperk、skillが気になるから、クリア後もレベル上げ頑張るとか、理想の仲魔やペルソナを作りたいとか、まだ見ぬあのアイテムを手に入れたいとか、目的はそれぞれだけど、その世界に居続けたいと思わなきゃ、続けない。

「あんたぁ〜、行かないで〜」と昭和初期の奥さんみたいに、足にしがみついても、振り払われるだけ。 

ソウルハッカーズのシーアーク最上階は、上手かったよねぇ。クリア後要素でありつつ、二週目への入り口になっているのだもの。
ついでに言うと、「勇者30」も勘違いしてると思う。あれは、自発的やり込み要素だった「スピードラン」を強要しているだけ。要するに、クリア後のオマケを掻き集めただけとも言える。日本人の和製RPGへの執着と偏愛が産んだ幻(そこまで言うか?)

余談
なんとなく思いついたのだが、「九龍」は逆ダンジョンだったらマトモだったかも。つまり、ボスの間まで障害無しでたどり着け、ボスを倒したら、全扉ロック、モンスター解放の脱出ゲーにするの。これなら、閉じこめるための仕掛け、脱出阻止としての意思が統一できる。反面、次のレベルに行く前に、いったん帰ることを強要する目的がいるのだが…やっぱ、取り返したココロを届けに行く。だろうねぇ。

あ、そうか。別にレベルは連続して無くて良いんだ。各扉からステージボス撃退で、大広間のロックが一つずつ外れ行けば良いんだ。つか、各ボスは、キーアイテム守護でええやんか。番人の設定浮くけど、元々浮いてるし


クトゥルフとクトゥルー(2012/04/20)
ウィキペディアに「日本ではクトゥルフの表記が一般的」とか「ラブクラフト純正派の方が多い」ってのは、誰も直さないんですかね?。少なくとも、ここにこそ要出典つけろよと。

矢野健太郎のマンガ、栗本薫の小説、永井豪と石川賢の対談(魔獣戦線の巻末)、魔夜峰夫のアスタロト、そして何より、文庫本のシリーズ名ですら「クトゥルー神話」。そしてここに上げたもの(小説集以外)は、旧支配者と旧神の対立というダーレス設定を採用している。個人的なことを言うと、私の知り合いの非テーブルトーカーも「クトゥルー」と使っていた(暗に、クトゥルフって言い方、間違ってない?ってのを含ませつつ、クトゥルーと繰り返した)。

反対に、クトゥルフと表記してあるモノは、本家の小説(宇野訳のみ)と、テーブルトーク関連か、一部のゲーム(魔人学園とティラムバラムは確認してる)。小説関連では、宇野訳のクトゥルフの呼び声一本だけ。大瀧訳でも、クトゥルーに統一されている。暗黒神話体系 クトゥルーの一巻で小説の訳も「クトゥルーの呼び声」になってるのが、何よりの証拠

少なくとも、90年代は「クトゥルー」の方が一般的で、ダーレス設定がスタンダードだったことは間違いない

てゆーか「這いよれニャル子さん」でも「クトゥルー神話」いうてますが…どこ見てクトゥルフ表記が一般的とか言うかな。 あと誤解ないように言っておくと、クトゥルフが正しくて、クトゥルーは誤記とか言うつもりは1ミクロンもないので、一つよろしく。発音できないモノを発音しようとしているので、正解はない。コケコッコーでもクックドゥドルドゥでもええんよ。ただ、クトゥルフ表記の方が確実にマイナーで、一般的なのはクトゥルーである
。 と言う認識を持てないのは間違いだろうと(ここ数日、日本語変と思って熱計ったら38度…春風邪はナニがひくのか…)。

コレ(wikiの記述)はたぶん、アスペクトから再版されて以降(2005年ぐらいだったか)しかしらない人間ではないかと予測しているのだが、どうだろうか。もしくは、我のサイトで「クトゥルーって使ってる奴は、ダーレス派」と再三言ってるからか?…さんハイ『誰も、みてねーよ』…おバカ対策だりーなぁ。まぁ、アスペクト版からライターの質も落ちてるしね(クトゥルフと帝国のメインライターが主力らしいし…お前ら一般人に関東大震災無理だから、省いてやったぜ。みたいなのを堂々と前書きに書いちゃダメ。銀楼閣の火災を付属シナリオに使うからって、「事件」の項目から外しちゃダメ…も、コレだけで、資質無いのが明々白々)。なんでクトゥルフに萌え要素とか…そういうのは別次元でやってくれ。80年代にもディープワンの萌え化あったし(MS少女みたい…というか、魚の着ぐるみ来てるだけじゃね?ではあったけども)。

まぁ、元々カルトな作品なんでしかたないですけど、通ぶってる人ほど勘違いが多いよね、私とか、私とか、私とか。矢野健太郎のマンガとか、デモンヘインとかあるのに、純正派のが多いってどの口がいうか見てみたいわぁ。

あと、テーブルトークの表記は、宇野訳そのままとか言ってるけど、テーブルトークのルール作者サンディ・ピーターセンに発音テープ送ってもらって、そこから起こしたのは有名な話だからね?。クトゥルフハンドブック(山本弘著)とかボックス版の後書きとか。ただ、「いくつかの単語」になっているので、そこにクトゥルフが入っていたかは不明。

コズミックホラーが書けない。なら良いけど、理解できてないのに、理解した気になってコズミックホラーぶってるのは何とかならないモノかと。キーパー経験者が集まると「純正設定でキャンペーン組めないよねぇ」とか、なんか手がないか語り合ったモノですが(来た見た逃げたしか作りようがないのよ、純正設定だと)。分かってて、崩すのはええねん。崩れたのが本来の姿って言いふらすはアカンやろと

基本、斜体は追記です。
しかし、コアなクトゥルフファンとしては、知りたくもなかった「這いよれニャル子さん」…設定を根幹から変え、名前しか残さないなら、いちいちクトゥルフ持ち出すな…と言いたい…酒屋の看板盗んで、塩水売って…それで良いのか?プライド的なものはokなの?…せめて、酒売ってちょうだい、金魚水(金魚が死なないぐらい薄められた酒)でもいいから…

ぶっちゃけ「ウル子さん」で、ライバルは「バル子」、「ゼッ太」とか何でも良いわけ(つか「甘いわね!ウル子、ふぉふぉふぉふぉ」「そのバルタン訛り丸出しの笑い方は…」とかの方が見たいぞ、私は)で、世界設定作るのがイヤなら、創作業なんか止めてしまえと泣きながら叫びたい。流用するなら、せめて原点、根幹部位は残して…ちょい役なら遊びで済むけど、タイトルにまでするってどうなのよ?…ホント、悪い意味でプロと同人の差が無くなったよね…パロディ同人のパロディだよなぁ…悪しき前例とならないように完膚無きまで転けて欲しい…いあーしゅぶにぐらす!千の仔を妊みし森の黒山羊よ!あい あい しゅぶにぐらす 彼ものに血の清算を!

多くの人は、バカパロディにマジになんなよと言われるでしょーけど…クリエイターとして良いの?、胸張れるの?、みんなべーダー一族とかブラックマグマとか暴魔百族とか、必死に名前と設定、考えてるわけですよ…よくよく考えるとさ、ラブクラフトサークルで、他人のグレートオールドワンをそのまま流用した人、ほぼいないよね(ロバート・ブロックぐらいか、それでもニャルラトホテプのまったく別の一面を描いているけど)。みんなグラーキとかハスターとか、オリジナルを出してる。その辺から差があるんだなぁ…と痛感した次第。

ああそう、ニャル子も千の仮面の一つであると。ふーん、へー、ほー…ま、何にしても、いいかげん、グレートオルードワンとアウターゴッドの区別ぐらいは付けて欲しいよなぁ…まぁ、ゲームクリエイター地震が作ったクリエイターのための寄せ場とされる場所でも、メチャクチャな解説だったしねぇ…あそこは酷かった、天狗の解説で「種族 太郎坊」いや、それ個人名だから…愛宕山太郎坊だよね…ま、ダメなわけだと納得したわけですが。
で、根拠無いけど、デモンベイン世代な気がするニャル子スタッフ…この読み、外れてくれ…


テーブルトークの傾国(2012/04/23)
資料として、RPGマガジンを読み散らかしていたので、久々に脳がテーブルトークモードです。
あ、「クロスブラッド」と「迷路と迷宮とダンジョンと」上げました。まぁ、ちまちま変えていくでしょうけど、クロスブラッドはあれから触ってないので、レベルは止まってます。

で、テーブルトークが衰退した原因は、ビデオゲームにも当てはまる話で、ハードを乱立し、ソフトを蔑ろにしたから。だと。ルールの乱立は、シェアを奪い合う、ただでさえ小さいテーブルトークファンというパイを奪い合ったわけですから。まぁ、新規参入を増やして、パイを広げようとするあまり、リピーターを蔑ろにして、どっちも失った感がありますけど。

テーブルトークのルールって、言ってみれば、ゲーム機本体な訳ですよ。本来、ハードは単一でよく、シナリオを乱造と言えるほどにばらまくべきだったのに、年一ペースでルールブックを更新するかのような、トーキョーN◎VAなんて愚の骨頂。一冊三千〜四千円の(しかも、大して変化はない)本をそんなにポンポンと買いたがる人はマニアぐらいです。

毎年、新機種がでるハードなんて、買いたいですか?。

未だに人気のあるD&D(3.5以前)とか、ソードワールドも、両方ともシナリオ集が拡充しているルール。と言う共通点があります。あと、両方ともシナリオ作るのが簡単という点も(ダンジョンへの押し込み等戦闘系シナリオが作りやすい。すぐ飽きるけど。D&D3.5はそこに特化したみたいですが…半ばボードゲームよね、アレ)。

学生ならともかく、社会人になると、シナリオを作る時間なんて、なかなか捻出できません。シナリオ集があれば、ちょっと改変したり、そのままプレイしたりと、続けられたハズなんですが…。

シナリオは、ルール購入者が作るモノ。と言う思いこみを打破できなかったのが、失敗でしょう。RPGマガジンの通販広告を見ても、各ルールにシナリオ集は1つか2つ程度しかないんですよねぇ。ソフトが一本か二本しかないゲーム機のようなモノ。いくら、クリエイションキット付属です。と言っても、実際に作れる人は、まぁ10人に1人ぐらいかと。

それは、ルールは買ったけど、プレイしたこと無いって人の数や、実はプレイヤー専業という人の数からも、見えてくると思います。

いまから間に合うとは思えませんが(CRPGの「体験性」は、もうTRPGでは太刀打ちできないレベルにある気がする。まぁ、まだ一部のAAAタイトルとか名作クラスなんでチャンスはあると思いますが)、巻き返すには、ハードよりソフト、ルールよりシナリオ集だと思います。

実際に、シナリオ集の無さが、手本の無さに繋がり、一般人のシナリオ作りをより難しいモノにしている気がします。あと、こぎれいなリプレイもハードルを上げた一因。あんなに綺麗に出来ないよ。と言う人は結構いた。読み物化したN◎VAは論外ですな。

私個人としては、ゲームだけでなく、あらゆるシナリオ作りの基本が詰まっているので、是非とも浸透して欲しいモノではありますが…未だ、ルール乱造な感じですしねぇ。ルール売らないと儲けにならんのですかねぇ…シナリオ集は売れないのでしょうかねぇ。今なら、電子書籍で、ソロシナリオという名のゲームブックも楽に出来そうなんですが。

補足
なんでルールの乱立がパイの奪い合いか。と言うと、プレイ時間は限られているから。テーブルトークはマスターを含めて、4-5人必要。最低でもプレイ時間3-4時間は食うし、キャラメイクからだとさらに2時間はいる。つまり、一日ががりの遊びなわけ。よほど、心血注いでないと、4-5人が毎週集まれる訳もなく、バンド活動みたいに「今日はあいつ抜きで」って言うわけにも行かない(特にマスターの都合がつかないとアウト)。そもそも、素人が毎週シナリオ作れる、どころかネタを思いつく訳じゃない(だから、シナリオ集が山ほど欲しい訳)。

そんな中で、いちどソードワールド始めたら、ワースブレイドや、クトゥルフや、ルーンクエストとかあっちこっちに手を出してるヒマなんか無い。実際に、手を出してしまうと、こいでたくさんや、我々の様にレベル2のキャラクターシートで枕が作れてしまう。

で、買ったは良いが、埃をかぶっていく。どうせやらないならと、追加ルールも買わなくなる。まぁ、コレクターは買うけど。で、そう言うマニアに的を絞った結果、より「濃い」ものになって行き、外側の人間は壁を感じる。断絶した孤島、ガラパゴスになるわけ。正味、深淵とかマトモにプレイできたテーブルどのくらいで、どのくらいのプレイ歴の人かちょっと知りたい。

手軽かつ目先の利益であるマニア受けに特化すると、ガラパゴス化は加速する。それはコンピューターゲームの今の現状を見れば分かるはず。オタク目当てのボロイ商売で、心意気とか、気骨を無くすんだろうねぇ。ガチャとかブラインドボックスのフィギュアもそうかも?。本体よりDLCでの小遣い稼ぎに走ってるナムコとかね。アイマスカラーの飛行機とか泣くよ?


ついでクトゥルフモード(2012/04/25)
RPGマガジンっちゃー、クトゥルフ通信ですよ。と言うことで、クトゥルフモード。クトゥルフとクトゥルーはちょっと言っておきたかったので、良い機会だなと。wiki形式だと、本当にどこからそう言うの引っ張ってくるの。ってのがわりとある。十握剣なんて、イザナギが、ヒノカグツチの首をはねた剣で、スサノオが八岐大蛇退治に使った。とか、わりと一本しかない剣みたいに書かれる。

けど、ヒノカグツチの首をはねたのには固有名詞(天之尾羽張。ついでに言うと、十拳剣は鉄剣の総称とおもう。こんなに長く出来ますよってアピール)があるし、スサノオの持ってた剣は、天の安の河の宣誓の際に、かみ砕かれてる。その後、狼藉を働いて追放されるわけで、父の神剣を罪人に持たせるわけがない。明らかにコピペなんだけど、ごく少数派の、傍流の、間違った情報をピックアップする(出来る)のが不思議なんですわ(ググってもTOP20には無いのに)。

と言うわけで、まぁ「クトゥルフ表記が一般的」とか「純正派のが日本で主流」とか、だれの脳内日本なのかなぁと。真面目に、クトゥルフ表記は、テーブルトーク関連のみですから(宇野訳以外)。主立った二次(?)創作は全部ダーレス設定ですから。クトゥルーオペラとか、矢野健太郎のマンガとか。

で。サークルとファンの違い。ってのは、夢酔でポロっと書いたのが意外と真理かもと、ちょっと広げてみました。ホントに、主要作家で、オリジナルを組み込もうとした人は日本には、ほぼいない(私が知らないだけの可能性も高いですが)。何かにつけて、九頭竜いこーるクトリュウ>クトゥルフ的な展開。ラムレイもキャンベルも、自分の神を神話に組み込んだ。

おそらく、世界で唯一、自分の神を公式に組み込める神話。それがクトゥルフ神話だと思います。既存の神を利用するコトしかしない現状、クトゥルフ神話も死につつあるのでしょう。特に、名前だけ利用して、その世界観や神々の性格を一切無視しても、なんら意に介さないクリエイターの出現が、神話の固定化、つまり死を表していると思います。

デモンベインやニャル子さんのスタッフは、自分が神殺しをした自覚はないんだろうなぁ。まぁ、したと思っているのは、私だけですが。

自画自賛となりますが、わりと良いトコついてると思うんですよ、牧山さん、山本さん、どーすっかね?。

あと、アスペクトの「クトゥルフと帝国」のダメだしも、そのうちやる予定です。あの人たちが、アスペクト版クトゥルフのメインライターになっているとは……そりゃあ…ねぇ…つか、わりと評判が良いのが…マジか?と。購入時、夢酔では書いたんですけど、正味、だめ出しの連発はしたくなくてね。
例えば、

>>プレイヤーが近々起こることをしっている大震災を自分たちで扱うことは難しいだろうと言う判断もあります>>

意訳すると「お前らに知らないフリは無理だろうからなぁ、くっくっくっ」になることに気がついてない。そして、キーパーとプレイヤーを混同している。一般プレイヤーをバカにするのも大概にしろと。付属シナリオ浅草十二階のコラムには「明治から大正にかけての浅草のシンボルだった」と書いてあるのに、肝心の風俗や町並みの紹介の章では触れていないなど、資料としても片手オチ(と言うか、資料集読めば、だいたい二、三本のシナリオソース思いつく私が、コレつかえねぇと思ったシロモノ。RPGマガジン連載中の、牧山さんの予告編のが、ソースとして使い良いぐらい)。

安田さん、黒田さんを第一世代とすると、山北さんや朱鷺田さん、牧山さんらは第二世代かな。でのこの本の人らは第三世代になると思うんだけど、この第三世代の感覚のズレは、ちょっとなぁ(付属シナリオのNPCのスキルにファザコン70%とかあってさ…70%の確立で、ファザコンってなんやねん?!…せめて 「既往の狂気:エレクトラコンプレックス」とかにしないか?)…ドキドキプリティリーグlovelystarと同世代だったらヤダなぁ…まぁ、傾城の美女ではないが、人材だと思う。


主観のないコラムってなにさ?(2012/04/25)
久々に、ちょっと丸出しなツィートを見たのでメモ書き。
このコラムツィート。「主観丸出し」って非難しているつもりのアレな人がいるが、主観のない評論、コラムってなにさ?。著者の視点で書くのが評論、短評、コラムだろう?。そう言う見方、視点もあったか、いやいやそれは違うだろう。ってのがコラムの楽しみ方でしょ?。

あとはまぁ、相変わらずの編集気取り「ページわりが細かくて読む気を無くす」(私のように、ダラダラ長く書く方が、疲れると思うが…)とか、自分の不感を棚に上げる「意味が分からない」とか。いつもの定番。

紀行文とか紹介文に、意味をもとめるのは、賢いフリしてると言うか、賢く振る舞おうとして馬脚出してるだけだよねぇ。そう言えば、PCWATCHのアレなツィートは激減(と言うかほぼ絶滅)していてビックリした。何があったんだろうか?。

つかねー、今は味気ないビジネス街も、歴史をたどればこんな風情のある町だった。と言う単純なコラムだと思うのだが「何が言いたいか分からない」とか「弁護士がうろうろしてるところに、こんな事言われても」とかは、読解力がなさ過ぎると思う。文章読解力だけでなく、風景読解とかも。町並みの「言われ」を解説されて、「そんな事言われても」とか「意味分からない」では。

ダンジョンがもつ物語、謂われや歴史。に対して「はぁ?なに言ってんの?」と言う人がいるのも、さもありなん。そして、気がついた。コラムに対して「何が言いたいか分からん」というのは「オレの興味の範囲外だから、理解は拒絶する」なんだと。学習する気も、視野を広げる気もないと言う、宣言に等しいと思う。

物事の一面しか見れない人が多いわけだ。多角的に見るには、雑多で幅広い知識が必要だからね。


学問という神殺し(2012/04/28)

”石燕の妖怪画は、本来「名付け得ぬモノ」「形の定かならぬモノ」であった妖怪に、明確な名前と系統を与えて系統・分類しようとする近世における一潮流へとつながっていく(学研/BookEsoterica24 妖怪の本)”

恐怖の本質は、確かに存在が感知できるモノの、その姿は見えない。という点にある。気配はすれど姿はない。神も同じで、偶然では片付けられない何かがこの世にはあるが、姿が見えない。と言うことが、敬意や畏敬となって人は恐れおののき、加護を求めた。

人にとって視覚は第一の感覚と言ってよく、見えるモノは認識できるし、認識できるモノは理解できる。逆に、理解できる様になるためには、可視化する必要がある。空気や風を理解するのに、古代人が妖精や神の姿を描いたように、現代人は元素記号や分子構造で描くことによって理解している。

人知では思い至らぬ存在に、姿を与えると言うことは人間の世界に引きずり出す事に相違なく、空想、想像によって無限の大きさを持っていたものが、確定した姿を与えられることで、その姿に封印されてしまう。姿のない妖怪に、姿を与えると言うことは、妖怪を殺すことでもあったのだと。 妖怪譚や幽霊話でも、正体(名前)を見破られた怪異、霊は自ら退散し、時には身の上話をすることさえある。

ラヴクラフトのクトゥルフ神話も同様で、形容詞の羅列、ほのめかしによって、明確な描写を避け、読者の想像力を刺激し、際限なく膨らませることに神髄があった。 そして、発音すら困難であると言うことは、名付けられることを拒絶しているわけで、それは人間には永遠に理解出来ないことを意味する。

しかし、数値化、図説化し、体系的に網羅することで、石燕がしたように固定化された名前と姿へ封ぜられた。と考えると、真のクトゥルフ神話殺しは、テーブルトークのルールだったのかも知れないなぁと。 石燕の図説百鬼夜行も、地獄絵図のような真摯なモノでなく、怪獣図鑑のような娯楽本だったようだ。クトゥルフの神々も、怪獣扱いされるのもしかたないことなのかも知れない。

「幽霊の正体枯れ尾花」の言葉通り、しっかりと認識してしまえば、それは恐怖になり得ない。幽冥のうちに、僅かに感得できる存在。確かな存在を知覚できても、見る事はない。視覚化、文字化出来てしまえば、既存の存在となってしまう。キリスト教の世界観を確定するために、世界を観測した科学が、結果、神の存在を否定する。

学問は神殺しである。神がこの世の障害ならば、この世は開けていくが、神が救いならば、この世は閉ざされていく。とか書くと、原発はんたーい、自然に帰れー、原始に帰れーみたいに取られそうでヤだな。

話は飛んで、HPLの中期の傑作と言われる「宇宙からの色」を読み直してみた。初読の頃は高1だったと思うんだけど、面白いとは思わなかった。今読むと、面白い。それなりに知識がついたせいか、理解できるようになった。ともあれ、宇宙からの飛来物ネタなんだけど、ブロブやアンドロメダが子供だましに見える(笑)。そして、クトゥルフハンドブックで、山本弘さんが言われているように「ラヴクラフトが科学の人」だった事がはっきりと分かる一本だなぁ、と。1920年代の作家で「ウィッドマンスターテン値」とか「硼砂球による定性分析」とかなかなか出てこないと。

科学を知っているからこそ、科学の限界を描けたのだなぁと。この連休は、読み返して再訪週間にしようかな。




再読(2012/04/30)
ちゅーわけで、改めて、読み直すと、神話が絡んでない方が出来が良い。そして、場面は狭い方がプロットがまとも。アーサージャーミンや狂気の山脈とか、広い世界を扱うと、とたんに間延びした、単調単純な感じになる。宇宙からの色は、ほぼ農家一軒だし、眠りの壁の彼方は病室一つだし。ちなみに「宇宙からの色」には魔道書なんかも全く出てきません。

横移動よりは、縦に掘り進むタイプだったんだなぁと。横移動は、キャラに特性がないと持たないのかもね。アラン・クォーターメインにしろ、ヘンリー・ジョーンズjrにしろ、個性がある。HPLの主人公は語り部なので、無個性なんだよね。

一気に読み返すと、映像化、ゲーム化するときに、バカみたいに「インスマスを覆う影」に群がる理由も分かる。他にないんだよね、プロットがしっかりしてて、映像化できそうなの。彼方よりとハーバートウェストも映画化されてるけど、出来悪いし。チャールズデクスターウォードを映画化した「リザレクション」は普通に見れるのでお勧めですが(面白いとは言えないけど)。

こうしてしっかり見てみると、明確に「神話」を仄めかしてあるのはわりと少ない事に気がつく。そう考えると、きっちり再構築した、ダーレスの仕事はもっと評価するべきかも知れない。捏造はダメだけど。


 



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