平和で公正な社会への願いあらわす
暑いインドでの熱い集会(世界社会フォーラム)
1月17日から5日間,「もうひとつの世界は可能だ」を合言葉に,インドのムンバイで「第4回世界社会フォーラム」が持たれました.
私は日本AALA代表団の一員としてこの会議に参加しました.
不景気な巨大都市ムンバイ
会場となったムンバイ(旧称ボンベイ)はインド西部,アラビア海に面した港町です.人口1800万,世界一の人口を誇るこの町は,日本では「踊るマハラジャ」などインド映画のふるさととして知られています.映画会社が密集する一角はハリウッドをもじってボリウッドと呼ばれています.
あなたは世界の十大都市を言えますか? いろいろな統計のとり方はありますが,ムンバイ・ブエノスアイレス・カラチ・マニラ・デリー・サンパウロ・ソウル・イスタンブール・上海・ダッカというのが現在のランクです.とても「ベスト」10とは言えません.ちなみに東京は15位.ニューヨーク17位,ロンドンが20位となっています.
一月は乾期とのことで,日中は30度になりますが,直射日光さえ防げばそれほど暑くはなく,朝方などけっこう涼しさを感じます.デリーでは,夏は50度近い熱波が襲いますが,冬は0度近くに下がります.人々は熱波で死に,寒波で死にます.それから見れば,ムンバイは天国のようです.
気候の穏やかさとは裏腹に,家賃は東京並ということで住宅難と交通難は極めて深刻です.貧富の差が極端で,ホテルを取り囲むように広がる広大なスラム街には衝撃を受けました.町を走るタクシーは国産車なのか,みな同じ色かたちの小型車です.小型といっても日本で言えば軽自動車で,冷房もありません.排気ガスが車に入り込んできて,30分も乗っていると頭が痛くなります.さらに郊外ではオートバイの後ろに座席のついたリクショーという三輪車が主体となります.この車は中心街への乗り入れは禁止されているようです.
韓国製も走っていますが,日本の車はほとんど見られません.たまに見かけたカローラが高級車のように見えました.コロニアルスタイルのきれいな建物が並んでいる高級住宅街も,建物の手入れが悪いせいか古く薄汚れています.
ようするに不景気です.80年代から市場開放が進み,国内市場が海外資本に圧倒され,地元産業が次々に倒産しました.農産物の自由化で海外産品に対抗できない農村は貧困化していきました.
ムンバイの主要産業であった繊維工業も、郊外の安い労働力をもとめて出て行きました.これに代わって大量に流入してきたのが没落した農民です.だからムンバイの貧困化とスラム化は「遅れたインド」ではなく,「進んだインド=グローバリゼーション」の象徴なのです.
フォーラムの開かれたゴレガオン地区は,ムンバイ市街中心部から20キロほど北方,かつては繊維工場が軒を連ねる工業地帯だったところです.会場そのものも工場跡で,それ自体がボンベイにおける産業空洞化の生き証人となっています.
会場は,ムンバイ市街と北方を結ぶ高速道路に面しています.その高速道路の中央分離帯には,大量のホームレスが生活しています.木切れとビニールの掘建て小屋のそばで母親が何やら煮炊きしています.子供たちはみな裸で,埃とアカに覆われています.
道路下に住んでいるからといって,物乞いではありません.物乞いは一種の特権階層です.そこには縄張りもあり権利金も必要で,誰でもできるというわけではないそうです.
あるルポルタージュによると,彼らはインド南部の農村からやってきました.乾期のあいだボンベイで仕事を見つけるためです.男も女も子供も年寄りも,みんな建築現場で働きます.一日働いて100ルピー足らず(約250円)だそうです.
もう少しましな人々は,ボンベイの至る所に存在するスラムで生活しています.彼らの多くはインド各地からの長期出稼ぎ者です.月に3千ルピー(約7500円)ほど稼いで,そのうちの二千ルピーを生活費にあて,残りは故郷に送金するそうです.
どんな集会だったのか?
今回のムンバイ・フォーラムの特徴を一言で言うなら,それはさまざまな意味での出会いの場であります.これまでどちらかといえば遅れ馳せに,控えめについてきたアジアの民衆運動が,他の世界と正面から向かい合った場でした.世界の支配勢力の中心部に向かって切りこんでいく闘いと,現場での多彩かつ地道な実践の積み上げとの出会いでした.グローバリズム反対運動と反戦・平和運動との,初めての本格的な出会いでもありました.
インド組織委員会は,このフォーラムの目指すものを次のように表現しています.「我々の計画の核心は、人々にやさしい,バリア・フリーな連帯のフォーラムを作り上げることにある.それは我々のかつて持っていた共同体の空間を取り戻すために,もう一度跳躍することである」
「共同体の空間を取り戻す」という課題は,かなりの程度実現できたのでは,と思います.
会場の雰囲気を何と言って伝えたら良いのか,とにかくすごい人出です.主催者発表は10万人ですが,もっと多かったような気がします.132ヶ国の人々が参加したといいますからオリンピック並みです.
そもそもフォーラムと言うのは研究会で,誰かが発表してそれをみんなで学びあい,語りあうというものですが,それにお祭が並行して行われている感じでしょうか.あえて日本で例えると「教研集会プラス赤旗まつり」です.それに参加者がめいめいデモ行進(というか鳴り物入りのパレード)をおっぱじめますから,とにかくかまびすしいことこの上ありません.
今回のフォーラムでもっとも存在が目立ったのはダーリットのキャンペーンでした.インドのカーストは4つのバルナ(階層)からなっています.最上位がバラモン,次がクシャトリヤ,これは士農工商の士にあたります.次がバイシヤ,これが商です.最下層にあたるのはシュードラで,日本語で言えば奴婢ということになります.ここから先がよく分らないのですが,不可触賎民(dalits)ということで,これは階層とは関係なしに特定の職業にかかわる人ということで,日本語で言うとエタ・非人です.
他の階層の区別は分りにくくなっているのですが,ダーリットだけは特定の職業と結びついているだけになかなか差別が解消されないようです.もうひとつは,ダーリット階層の政治力が信じられないほど強いことです。例えばビハール州の政権は長年ダーリット政党(ジャナタ・ダル)が握っており,ウッタルプラデシュ州でも,もうひとつのダーリット政党(Bahujan Samaj)が,他の低位カースト政党と連立政権を組んでいるそうです.
しかし活気と喧騒だけがすべてではありません.雰囲気が暖かいのです.インド人というのは,なんとなくとっつきにくい顔をした人が多いのですが,ゲートから会場に入ったとたん,みな表情が柔らかくなるのです.お互い階級もカーストも肌の色も関係なく人間が信じられる,「もうひとつの世界は可能だ」という言葉が素直に信じられる,みたいな雰囲気が立ち昇っているのです.この落差だけは,行った人でないと分らないと思いますが…
何がムンバイで語られたのか?
主なゲスト・スピーカーはイランのノーベル平和賞受賞者シリン・エバディ,アメリカのノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・スティグリッツ,フランスの小農運動指導者ジョゼ・ボーヴェ,カナダの活動家モード・バーロー,アルジェリアのアーメド・ベンベラ元大統領,マルクス主義の理論家サミール・アミン,ベトナムのグエン・ティ・ビン副大統領,イギリスの反戦派議員ジェレミー・コービン,インドの草の根活動家メダ・パトカルなど,連帯活動家にはおなじみの豪華・多彩な顔ぶれでした.
会場の雰囲気については別項第五報フォーラムの模様:新聞報道からをご参照下さい.
一,反戦・平和の課題
会議の主題は反戦平和の運動,IMFと多国籍企業の横暴を糾弾する闘いの交流,そして「もうひとつの世界とは何か」をめぐる討論・研究という三つに集約されます.
これまで世界社会フォーラムは,国際経済・金融の諸問題を議論する場という性格が強かったのですが,イラク戦争をきっかけに反戦平和の問題を大きく取り上げるようになりました.それは一昨年の11月にイタリアで開かれた欧州社会フォーラムが,百万人のイラク戦争反対デモを展開したことがきっかけになっています.
このフィレンツェの百万人デモは,世界中で一千万人の人々が立ちあがった2月15日の反戦デモの大きな足がかりとなりました.その結果,平和をもとめる世界中の人々が,世界社会フォーラムに一斉に注目するようになったのです.
ムンバイのフォーラムでも,ブッシュの世界支配の野望を糾弾し、イラク問題の平和的解決を訴えるセッションが多くを占めました.日本からも原水協が核廃絶問題をテーマに,AALA連帯委員会が基地問題と非同盟運動をテーマにセミナーを主催するなど,重要な役割を担いました.
今度のフォーラムでは,イラク反戦に向けて具体的にどんな行動をとれば良いのかも活発に議論されました.韓国の活動家は,今年のアメリカ大統領選挙に世界の人々があらゆるかたちで参加しようと呼びかけました.この提案は参加者の大きな関心を呼んだようです.
提案者は「ブッシュ再選を阻止しよう」と訴えたのですが,他国の政治にそこまで踏み込むべきではないとの反論もありました.アメリカからの参加者は,ブッシュの逆キャンペーンに利用される可能性もあると感想を述べました.会場の多数の雰囲気は,「世界がブッシュの政策に反対し抗議している」ことを,アメリカの国民に知ってもらう活動が基本なのだろうというものだったようです.
いっぽうインドの作家アルンダティ・ロイは,イラク「復興」計画を独占受注したアメリカの二つの企業に対する国際ボイコット運動を提案しました.韓国は落選運動キャンペーンの経験,インドはガンジー以来の不買運動の伝統を下敷きにしているところが面白いなと思いました.日本も独特の方法を考え,実践していくことが大事だと思います.
アメリカの反戦団体「戦争止めろ!」旅団(STWB:代表ピーター・レイル)は,イラクで占領軍兵士に直接ビラを配布する活動を展開しています.ビラの題字は「拒否せよ,抵抗せよ,反逆せよ!」(Refuse,Resist and Rebel!)という勇ましいもの.「今や世界の被抑圧者と団結すべき時である.そして,お互いの喉を掻き切るよう強いる抑圧者と決別すべきときである」と訴えています.
米軍の準機関紙「スターズ・アンド・ストライブ」の調査によれば,駐留兵士の1/3は彼らの使命が明確に規定されていないと感じており,イラクに対して戦争を遂行することの価値をほとんど感じることができていないのだそうです.
反戦・平和に関する話の中で,これは大事なポイントだなと思ったのは,我々の闘う相手はブッシュとその一味,世界支配を狙うやからであって,アメリカそのものではないということです.敵は一握りであり,味方は「日米同盟に賛成」の人もふくめ無限です.そしてブッシュが無数の人々を互いに結びつける団結の組織者になっているということです.
イギリス人の英語はどうして分りやすいのでしょうか? 英国労働党の国会議員ジェレミー・コービンがプレナリー・セッション(開会式)で行ったスピーチは,しゃべっている中身が分っただけでも感激でした.ブレア首相も「雄弁」ですが,反戦派議員コービンのスピーチもなかなか泣かせます.
私は、昨年2月15日にロンドンで行進した百万人の中の一人だった.反戦運動に参加した人の多くは,ただ戦争に反対するというだけではなかった.彼らはまた,ネオリベラリズムにも反対していた.そして経済の公正を要求していた.
ヨーロッパの人々は職業の喪失,年金の削減,公共医療の改悪で脅かされている.だから彼らに「第三世界の貧しい人々は、あなた方の敵ではない」と告げなければならない.「非難されなければならないのは,多国籍企業のボスたちである」と告げなくてはならない.
“The poor of the world should come together. There is another power on the planet and it is here in Mumbai.”
二,IMF主導のグローバリゼーションに反対する
世界社会フォーラムの元々のテーマは,@ネオリベラリズムとグローバリズムに反対し,A世界人口の大多数を占める被抑圧者の権利を守ることです.そしてB社会の平等と公正をもとめ,C「持続可能な経済発展」を実現することです.
今回のムンバイ・フォーラムの特徴は,これまでどちらかといえばAの課題を跳び越して,@からBへつながる闘争だったのが,Aの問題を重視するようになったことにあると思います.IMF・多国籍企業や投機資本だけでなく,それと結びついた各国の売弁的・反動的・封建的勢力と闘うという具体的な課題が重視されたのが印象的でした.
「一つ一つの闘争で相互理解と連帯を強めることにこそ,先進国と途上国の労働者・農民が団結を強める具体的な根拠がある」との確信が深まっています.
日本など先進国では,産業空洞化・リストラ・失業問題,農業切捨てと食糧安全保障政策の放棄,福祉をはじめとする公共支出の削減などが深刻化しつつあります.これらの問題は,途上国に対する非人道的な経済調整政策の押し付けとコインの表裏の関係にあります.
インドの現場からは,多国籍企業の横暴とIMFのマクロ政策押し付けが環境を破壊し,古臭いカースト制度をむしろ強化し,ムンバイをはじめとする大都市における貧困層の爆発的増大,宗教原理主義の温床となっている現状が告発されました.
「インド人は殺生を嫌う平和的な人種だ」という宣伝とは裏腹に,貧困者や低位カースト,女性や子供,人権活動家などに対して血生臭いテロ.虐殺・拷問が繰り返されている現状が生々しく報告されました.
なかでもすごかったのが,やはり子供の人身売買の問題でした.「インド・タイムス」のレポートを紹介します.
「アル・ベチョー,マチチ・ベチョー,パ,バチチョン・コマベチョー」(イモを売るよ,魚も売るよ,でも子供は売らないよ).こう叫ぶ子供たちのデモはコルコタから来たハバラという社会団体.赤線地帯で子供たちを守るために活動している.
国立人権委員会(NHRC)はインドにおける子供の売買を調査している.人身売買された子供4,600人,取引業者160人と面接した.調査員は語る.「インドでは年平均3万人の子供が失踪している.その4分の1は地上から消滅したようだ.臓器移植に用いられた可能性もある.保護された女子のうち,9割は売春行為で起訴されている.そして8割が有罪となっている.いっぽう取引業者160人のうち警察に記録があるものはわずかに二人だ.明らかに警察のシステムに問題がある」
IMFやWTOの経済・貿易・金融政策で打撃を受けているのは先進国の労働者・市民も同じです.日本からは全労連と農民連がそれぞれセッションを主催し,フォーラムに積極的に参加しています.しかしまだまだ日本の労働者・農民はもっと積極的な役割を果たしうるし,期待されているなという印象でした.
三,「もうひとつの世界」とは何か?
「もうひとつの世界は可能だ!」というスローガンは確かに魅力的です.紗をかけた写真のように,そこはかとなく美しく,心地よい言葉です.しかし現実には,それは「可能なはずだ!」というレベルにとどまっているようです.
インド人の友人によれば,「今回のフォーラムの白眉はスティグリッツとアミンの激突だった」そうです.
ジョセフ・スティグリッツはノーベル賞をとった経済学者で,なかなか政治的にもアクティブな人です.国際的な金融取引に税金をかけて,それを途上国への人道援助に使おうと提唱したトビンとも理論的に近い関係にあるようです.サミール・アミンはエジプト人経済学者でマルクス主義の理論家です.
スティグリッツは「WTOにも,IMF・世銀にも良いところと悪いところがあって,悪いところを直しながら良い世界を作っていこう」と言う意見です.彼はクリントン政権時代に世界銀行の副総裁を務め,その後一方的な経済調整政策の押し付けに抗議して辞任したという経歴の持ち主です.ある意味ではダボスにいた方がふさわしいくらい,当事者に近い立場の人です.
アミンは「金持ちが支配するという構造を根本的に変えない限り,そんなことは無意味だ」と反論します.これは「もうひとつの世界」がオルタナティブ・ワールド(代替可能な世界)なのか,政治的に文字通り「まったく別な世界」なのかを問うている論争です.
インド人の友人によれば,「アミンに理論的に粉砕されたスティグリッツが,すごすごと会場を引き揚げていった」そうですが,私は居合わせていないので分りません.おそらくは,現に抑圧され収奪されている人たちの気迫の問題でしょうね.
ただしこれは,WTO,IMFなどが主導するグローバリゼーションにどう立ち向かうかというレベルの話で,イラク侵略戦争をやめさせるための取り組みとは次元が違います.
当面する反戦・平和の闘いはブッシュとネオコン勢力を孤立させ,「帝国主義者」すらふくむさまざまな立場の人々を,戦争反対の一点で団結させる闘いです.グローバリゼーションに反対する闘いはもっと息の長いもので,しっかりした展望を見据えてとりかからなければならないものです.
3月20日を国際反戦デーに
大会最終日の前夜,国際反戦フォーラムが開かれました.会議ではアメリカがイラク侵攻を開始した3月20日を国際反戦デーとし,昨年を上回るような世界的な抗議運動の波を作り上げようと意思統一されました.
アメリカの反戦団体「正義と平和のための連合」(代表ジョセフ・ガーソン)はこう訴えます.「3月20日の開戦1周年をそのままやり過ごしてはならない.戦争に反対する人々は今も依然として士気高く,行動力を持ちつづけていることを示さなければならない」
暑いインドでの熱い会議.「世界は燃えている」というのが参加した実感です.日本でもこれに呼応して,イラク派兵反対・イラクの復興はイラク人自身で!の声を一段と強めなければならないと思います.
最近のルモンド・ディプロマティークに載ったムンパイのルポはさすがにプロの手になるものです.ご一読下さい.