四 カネ太郎
四人は村を出た。
日雇い仕事をして、あるいは人助けをし礼金をもらったりして、旅を続けた。
一度請け合ったことを途中で投げ出す、食べ物などを盗む、そういうことも少なからずあった。たいていのヤマは、それぞれの得意を発揮して補いあい、「けっ、しょうがないじゃないか」「俺らはそれほど悪くない」などと慰めあいもして、乗り越えたけれど、楽な毎日ではなかった。
今現在困っている人たちにはできるだけ迷惑をかけない、というぐらいの原則はあったが、時にはずいぶんと後味の悪いこともあった。
猿人間は、しばしば知恵を見せた。ある村で拾ったり盗んだものを別の街で値をつけて売る。がらくたを集め犬人間が組み合わせたものを、口のうまさでとても役立つもののような気持ちにさせる。急造の賭場をしつらえて、ちょっとした小金をまとめる、そんなことまでした。と言っても、一つ一つは結局はいかさまやごまかしだったから、何日かは続いても、すぐその土地から移る必要があったし、追っ手をかけられて皆が冷や汗もの、これも一度や二度ではなかった。
こんなことがいつまでも続けられるとは思えないと犬人間は不安だった。猿人間はどう頭を絞っても金が思うようにたまらないので自信が揺らぎ始めていた。甲斐性のない男たちに、雉娘はあてなく空で舞っていることが増えた。桃堕郎は「正義」ということで悩んでいた。もしかしたら、このまま行ったら、いみきらわれ成敗されるべき化け物とは僕ら自身、なんてことになってしまうのではないか。
ある日、猿人間が噂を聞いた。山二つ向こうで大変凄惨な事件があった。異様な、血も涙もない男が、罪のない人々にそれはひどい乱暴をはたらいている。誰もそいつを止められない。しばらく行くと話は身ぶるいする目撃談となった。雉娘は涙ぐみさえした。そいつが今日にもこちらのほうにやってくる、できれば身を隠してやり過ごすのがいいですよ、とその旅人は首を振った。
若かった桃堕郎は運命的なものを感じた。からだが紅潮してきた。
雉娘は、いくらなんでもあんな話を聞いたうえで、こそこそ隠れるのは男ではないと、皆を見回した。
「わたし、偵察に行ってくる。あの山を下っているころだと思うの」
猿人間はちゃんと直立はしていたが、いよいよそいつが来たら、大柄な桃堕郎や犬人間に白兵戦はまかせて後ろから物を投げようと考えた。丈のある木をまわりに探した。
雉娘が戻ってきた。山中の一本道を、五人がかえほどもある大男が、一歩一歩下ってくる。くろびかりしたからだは岩そのもので、地響きがするのか、旅人は前後にだれもいないし、山の獣たちまで遠くに逃げ走っているのが見えた。
猿人間はおもらしをした。
犬人間が走り出した。そんなやつは見たことも話に聞いたこともない。そんな生き物が本当にいるのか、違う、それはからくり人間なんだ。そう閃くと、どうしても一秒でも早く確かめたくなった。
だだっただだったかなり行くと、地震かと思うめまいが来てまもなく、前方にそいつが現われた。犬人間は後ずさって、反射的に吠えた。
「あなたはなんというお名前ですか」
そいつは、さらに三つ歩んでから、犬人間を見下ろした。荒れた油臭い呼吸。
「鉱物の末裔、カネ太郎だ」
「あなたのからだは、はっはっ、金属でできているのですね」
「知らん。どけ」
一目見て、大男の、ツギあてのある鎧に見えるのものは、鎧ではなく地肌なのだとわかった。顔面、肩腕、手先まで同じ材質だし、脚部も足の指までそうだ。ツギに見えるのは熔接ではないのか。やはりこいつは――
犬人間は走り帰って、見た通り、聞いた通りを報告した。
桃堕郎はずっと動かずに待っていた。
実際にそいつが目の前にやって来ると、頭の中でふくらんだ想像が行き過ぎていたことがわかった。太いことは太いからだだが、おおきいと言っても桃堕郎の倍の高さまではなかった。桃堕郎と違い、武器も持ってはいない。
しかし、桃堕郎には、自分が太刀打ちできる相手だとは思えなかった。その頑丈なからだつきよりも、射し貫いてくるまなざしが、桃堕郎のひよわさや経験のなさを思い知らせていた。が、退くわけにはもういかないのだ。
こんなところでみじめにむなしくなってしまう運命だったか、僕は。
「罪のない人たちを苦しめたそうだな」
睨み合いを破って、そう言った。
カネ太郎のほうでも、たちふさがる見知らぬその若者に、変な感情を覚えた。死にたいのだろうか、こいつ。
「通りかかっただけだのに、石を投げられた。仕返しをして何がわるい」
そうか。全面的にこいつが悪いのでもないんだ。と、桃堕郎は考えたが、本当にそうだとしても、いまさら話し合いに切り替えられはしない。あと、もう一呼吸で、殺し合い(あるいは一方的ななぶりごろし)なのだ、と思った。
カネ太郎は動かなかった。
桃堕郎も動かなかった。
犬人間は四つんばいになってうなり、猿人間は木の上で石を握りしめていた。雉娘の旋回する羽音がときおり大きくなった。
野の向こうに大きな街があるはずだった。桃堕郎たちの来た道、カネ太郎の来た道、ともにその街をめざしている。街ではなにか賑やかな興行が催されているらしい、鳴り物の音や人の一時に沸き立つざわめきが風にのるのだろう、とおく聞こえた。
「おれを馬鹿にするやつは許さない」
とカネ太郎が言った。
「だが、おれに害をするのではないなら、おれも何もしはしない。それは、お前も同じことなのではないか」
「そうだ」
「なら、くだらない争いはやめよう」
がらがらと咳を一つして、カネ太郎は向きを変えた。道から降り、裸の畑に乗り込んで、まっすぐに街へと歩きだした。土に足を、めり込ませめり込ませ。
その姿が、だいぶ小さくなってから、猿人間がそばに来て言った。かすれ声だった。
「勝った。桃堕郎さんが、勝った」
桃堕郎は、力なく、うなだれた。
(『桃』 四 カネ太郎 了)
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小説工房談話室 No.66 ■■■■■■ 1999/11/25 11:36 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP |
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