平成9年11月30日(日)〜


むぐらの宿

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彼は
若いうちから
色好みとうわさされました

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渡り歩くからというのではなく
そういうことはこの時代
あたりまえなので

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恋の格調を言うのです
「てぎわ」と言い直してもいいでしょうか

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新しい都に
家々が建ちならびはじめた頃でした

西の京に
一人の女性がおりました
容姿だけではなく 心映えの
すぐれた女性でした

そういうひとでしたから
かよってくる男が
ほかにいないというわけではないのでした

それでも
彼は訪ねたのです

朝の別れをきぬぎぬ(後朝)と申します
きぬぎぬののち
歌を送り交わすのが習わしでした

三月の初め
春雨が降っていました

起きているでもない
眠っているというのでもない
さきほどまで
そういう一夜を過ごしました
あなたは誰のことを想っていたのです
雨をながめながら
ぼんやりしています

こういう女性たちとの
みやびな
かけひきに

彼はもとより
不自由するような身分でもなければ
臆するような青年でもありませんでした

でも
十分に満たされていた
というのでもありません

想いを断ち切れない
そういう女性に
ひじき藻という珍品を
贈る機会がありました
歌を添えます

わたしをいくらかでも
想ってくださるなら
草のはいまわるほど荒れ果てた小屋で
一緒に寝てはいただけませんか
引いて敷くものには
着物の袖をつかいましょうよ

ひじき藻と引敷物をかけた
遊びではありますが
どこか投げやりな雰囲気に
なってしまいました

この歌を贈られた女性は
二条の后(きさき)であろうと
後の世の人は言います
彼女がまだみかどに仕える前の
普通の人でいられた頃だと言います


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