平成9年11月19日(水)〜

『生きるってとっても伊勢物語』
詳細目次(原歌付)





原歌は
新潮日本古典集成 第二回配本 『伊勢物語』渡辺実校注
からそのままを引用させていただいています。
ただし、ルビが振れないため、漢字をかなに直した場合があります。

参照資料をご覧ください。


平成11年12月25日改訂:
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   物語の誕生   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 初段

春日野の若紫のすり衣 しのぶのみだれかぎり知られず

   むぐらの宿   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 二段 三段

起きもせず寝もせで夜をあかしては 春のものとてながめ暮しつ

思ひあらばむぐらの宿に寝もしなむ ひじきものには袖をしつつも

    たかい子    


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 四段 五段 六段

月やあらぬ春やむかしの春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして

人しれぬわが通ひ路の関守は よひよひごとにうちも寝ななむ

白玉か何ぞと人の問ひしとき 露とこたへて消えなましものを

    東くだり   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 七段 八段 九段

いとどしく過ぎゆくかたの恋ひしきに うらやましくもかへる浪かな

信濃なる浅間の嶽に立つけぶり をちこち人の見やはとがめぬ

唐衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ

駿河なる宇津の山辺のうつつにも 夢にも人に逢はぬなりけり

時しらぬ山は富士の嶺いつとてか 鹿の子まだらに雪の降るらむ

名にしおはばいざこと問はむ都鳥 わが思ふ人は在りやなしやと

    武蔵の国    


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 十段 十一段 十二段 十三段

みよしののたのむの雁もひたぶるに 君がかたにぞよると鳴くなる

わがかたによると鳴くなるみよしのの たのむの雁をいつか忘れむ

忘るなよほどは雲ゐになりぬとも 空ゆく月のめぐりあふまで

武蔵野は今日はな焼きそ若草の つまもこもれり我もこもれり

武蔵鐙さすがにかけてたのむには 問はぬもつらし問ふもうるさし

問へばいふ問はねばうらむ武蔵鐙 かかる折にや人は死ぬらむ

    みちの国   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 十四段 十五段

なかなかに恋に死なずは桑子にぞ なるべかりける玉の緒ばかり

夜も明けばきつにはめなでくたかけの まだきに鳴きてせなをやりつる

栗原のあねはの松の人ならば 都のつとにいざといはましを

しのぶ山しのびて通ふ道もがな 人の心のおくも見るべく

    天の羽衣   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 十六段 十七段 十八段 十九段 二十段

手を折りてあひみしことを数ふれば とをといひつつ四つは経にけり

年だにもとをとて四つは経にけるを いくだび君をたのみきぬらむ

これやこの天の羽衣むべしこそ 君がみけしとたてまつりけれ

秋やくる露やまがふと思ふまで あるは涙の降るにぞありける

あだなりと名にこそたてれ桜花 年にまれなる人も待ちけり

今日こずはあすは雪とぞ振りなまし 消えずはありとも花と見ましや

紅ににほふはいづら白雪の 枝もとををに降るかとも見ゆ

紅ににほふがうへの白菊は 折りける人の袖かとも見ゆ

天雲のよそにも人のなりゆくか さすがに目には見ゆるものから

天雲のよそにのみして経ることは わが居る山の風はやみなり

君がため手折れる枝は春ながら かくこそ秋のもみぢしにけれ

いつの間にうつろふ色のつきぬらむ 君が里には春なかるらし

… 休息 …  業平の帰還


    筒井筒    


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 二十一段 二十二段 二十三段

いでていなば心かるしといひやせむ 世のありさまを人は知らねば

思ふかひなき世なりけりとし月を あだにちぎりて我やすまひし

人はいさ思ひやすらむ玉かづら 面影にのみいとど見えつつ

今はとて忘るる草のたねをだに 人の心にまかせずもがな

忘れ草植うとだに聞くものならば 思ひけりとは知りもしなまし

忘るらむと思ふ心のうたがひに ありしよりけにものぞかなしき

なか空にたちゐる雲のあともなく 身のはかなくもなりにけるかな

憂きながら人をばえしも忘れねば かつうらみつつなほぞ恋ひしき

あひみては心ひとつをかは島の 水の流れて絶えじとぞ思ふ

秋の夜の千夜をひと夜になずらへて 八千夜し寝ばやあく時のあらむ

秋の夜の千夜をひと夜になせりとも ことばのこりて鳥や鳴きなむ

筒井つの井筒にかけしまろがたけ すぎにけらしな妹見ざるまに

くらべこしふりわけ髪も肩すぎぬ 君ならずしてたれかあぐべき

風吹けば沖つしら浪たつた山 よはにや君がひとりこゆらむ

君があたり見つつを居らむ生駒山 雲なかくしそ雨は降るとも

君こむといひし夜ごとに過ぎぬれば たのまぬものの恋ひつつぞふる

    我ばかり    


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 二十四段 二十五段 二十六段 二十七段

あらたまの年のみとせを待ちわびて ただこよひこそ新枕すれ

梓弓ま弓つき弓年を経て わがせしがごとうるはしみせよ

梓弓ひけどひかねどむかしより 心は君によりにしものを

あひ思はでかれぬる人をとどめかね わが身はいまぞ消えはてぬめる

秋の野にささわけしあさの袖よりも 逢はで寝る夜ぞひぢまさりける

みるめなきわが身を浦としらねばや かれなで海人の足たゆく来る

思ほえず袖にみなとの騒ぐかな 唐土舟のよりしばかりに

我ばかりもの思ふ人はまたもあらじ と思へば水の下にもありけり

水口に我や見ゆらむ蛙さへ 水の下にて諸声になく

   人をうけへば  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 二十八段 二十九段 三十段 三十一段 三十二段

などてかくあふごかたみになりにけむ 水漏らさじと結びしものを

花に飽かぬ嘆きはいつもせしかども 今日のこよひに似る時はなし

逢ふことは玉の緒ばかりおもほえて つらき心のながく見ゆらむ

つみもなき人をうけへば忘れ草 おのがうへにぞ生ふといふなる

いにしへのしづのをだまき繰りかへし むかしを今になすよしもがな

   下紐とくな   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 三十三段 三十四段 三十五段 三十六段 三十七段 三十八段

蘆辺よりみち来る潮のいやましに 君に心を思ひますかな

こもり江に思ふ心をいかでかは 舟さす棹のさして知るべき

言へばえに言はねば胸に騒がれて 心ひとつに嘆くころかな

玉の緒を沫緒に縒りてむすべれば 絶えてののちも逢はむとぞ思ふ

谷せばみ峰まではへる玉かづら 絶えむと人にわが思はなくに

我ならで下紐とくな朝顔の 夕かげ待たぬ花にはありとも

ふたりして結びし紐をひとりして あひ見るまではとかじとぞ思ふ

君により思ひならひぬ世の中の 人はこれをや恋といふらむ

ならはねば世の人ごとになにをかも 恋とはいふと問ひし我しも

    今の翁    


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 三十九段 四十段 四十一段 四十二段

出でて去なばかぎりなるべみともしけち 年経ぬるかとなく声を聞け

いとあはれなくぞ聞ゆるともしけち 消ゆるものとも我は知らずな

出でて去なば誰か別れのかたからむ ありしにまさる今日は悲しも

むらさきの色こき時はめもはるに 野なる草木ぞわかれざりける

出でて来し跡だにいまだ変らじを 誰が通ひ路と今はなるらむ

   しでの田長   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 四十三段 四十四段 四十五段

ほととぎす汝が鳴く里のあまたあれば なほうとまれぬ思ふものから

名のみたつしでの田長はけさぞ鳴く 庵あまたとうとまれぬれば

庵多きしでの田長はなほたのむ わが住む里に声し絶えずは

出でてゆく君がためにとぬぎつれば 我さへもなくなりぬべきかな

ゆく螢雲のうへまで去ぬべくは 秋風ふくと雁に告げこせ

暮れがたき夏の日ぐらしながむれば そのこととなく物ぞ悲しき

   妹のをかしげ  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 四十六段 四十七段 四十八段 四十九段

目かるとも思ほえなくに忘らるる 時しなければ面影にたつ

大幣のひく手あまたになりぬれば 思へどえこそたのまざりけれ

大幣と名にこそたてれ流れても つひに寄る瀬はありといふものを

いまぞ知る苦しきものと人待たむ 里をばかれず訪ふべかりけり

うら若みねよげに見ゆる若草を 人の結ばむことをしぞ思ふ

はつ草のなどめづらしき言の葉ぞ うらなくものを思ひけるかな

  行きやらぬ夢路  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 五十段 五十一段 五十二段 五十三段 五十四段 五十五段 五十六段 五十七段

鳥の子を十づつ十は重ぬとも 思はぬ人を思ふものかは

朝露は消えのこりてもありぬべし 誰かこの世をたのみはつべき

吹く風にこぞの桜は散らずとも あなたのみがた人の心は

ゆく水に数かくよりもはかなきは 思はぬ人を思ふなりけり

ゆく水とすぐるよはひと散る花と いづれ待ててふことを聞くらむ

植ゑしうゑば秋なき時や咲かざらむ 花こそ散らめ根さえ枯れめや

菖蒲刈り君は沼にぞまどひける 我は野に出でてかるぞわびしき

いかでかは鳥の鳴くらむ人しれず 思ふ心はまだ夜ぶかきに

行きやらぬ夢路をたのむ袂には 天つ空なる露やおくらむ

思はずはありもすらめど言の葉の をりふしごとにたのまるるかな

わが袖は草の庵にあらねども 暮るれば露の宿りなりけり

恋ひわびぬ海人の刈る藻に宿るてふ われから身をもくだきつるかな

   鬼すだく邸   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 五十八段 五十九段 六十段

荒れにけりあはれ幾世の宿なれや 住みけむ人のおとづれもせぬ

むぐらおひて荒れたる宿のうれたきは かりにも鬼のすだくなりけり

うちわびて落穂ひろふと聞かませば 我も田づらにゆかましものを

住みわびぬ今はかぎりと山里に 身をかくすべき宿もとめてむ

わがうへに露ぞおくなる天の河 とわたる船の櫂のしづくか

五月待つ花橘の香をかげば むかしの人の袖の香ぞする

    九十九髪   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 六十一段 六十二段 六十三段

そめ河を渡らむ人のいかでかは 色になるてふことのなからむ

名にしおはばあだにぞあるべきたはれ島 浪のぬれぎぬ着るといふなり

いにしへのにほひはいづらさくら花 こけるからともなりにけるかな

これやこの我にあふみをのがれつつ 年月経れどまさり顔なき

百歳に一歳たらぬつくも髪 我を恋ふらしおもかげに見ゆ

さむしろに衣かたしきこよひもや 恋しき人に逢はでのみ寝む

  さもあらばあれ  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 六十四段 六十五段

吹く風にわが身をなさば玉すだれ ひま求めつつ入るべきものを

とりとめぬ風にはありとも玉すだれ 誰が許さばかひま求むべき

思ふには忍ぶることぞ負けにける 逢ふにしかへばさもあらばあれ

恋せじと御手洗川にせし禊 神はうけずもなりにけるかな

海人の刈る藻にすむ虫のわれからと 音をこそなかめ世をばうらみじ

さりともと思ふらむこそ悲しけれ あるにもあらぬ身を知らずして

いたづらに行きては来ぬるものゆゑに 見まくほしさに誘はれつつ

   うみわたる舟  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 六十六段 六十七段 六十八段

難波津をけさこそみつの浦ごとに これやこの世をうみわたる舟

きのふ今日雲のたちまひ隠ろふは 花のはやしを憂しとなりけり

雁鳴きて菊の花さく秋はあれど 春のうみべに住吉の浜

   伊勢の斎宮   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 六十九段

君や来し我や行きけむおもほえず 夢かうつつか寝てかさめてか

かきくらす心の闇にまどひにき 夢うつつとはこよひ定めよ

かち人の渡れどぬれぬえにしあれば また逢坂の関は越えなむ

   桂の如き君   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 七十段 七十一段 七十二段 七十三段 七十四段

みるめかるかたやいづこぞ棹さして 我に教へよ海人の釣舟

ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし 大宮人の見まくほしさに

恋しくは来ても見よかしちはやぶる 神のいさむる道ならなくに

大淀の松はつらくもあらなくに うらみてのみもかへる浪かな

目には見て手にはとられぬ月のうちの 桂の如き君にぞありける

岩根ふみ重なる山にあらねども 逢はぬ日おほく恋ひわたるかな

   潮ひ潮みち   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 七十五段 七十六段

大淀の浜に生ふてふみるからに 心はなぎぬ語らはねども

袖ぬれて海人の刈りほすわたつうみの みるをあふにてやまむとやする

岩間より生ふるみるめしつれなくは 潮干潮満ちかひもありなむ

涙にぞぬれつつしぼる世の人の つらき心は袖のしづくか

大原やをしほの山も今日こそは 神代のことも思ひいづらめ

   島好み給ふ   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 七十七段 七十八段

山のみなうつりて今日にあふことは 春の別れをとふとなるべし

あかねども岩にぞかふる色見えぬ 心を見せむよしのなければ

塩釜にいつか来にけむ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 七十九段 八十段 八十一段

わが門に千ひろあるかげを植ゑつれば 夏冬たれか隠れざるべき

ぬれつつぞしひて折りつる年のうちに 春はいくかもあらじと思へば

塩釜にいつか来にけむ朝なぎに 釣する舟はここによらなむ

   惟喬の親王   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 八十二段 八十三段

世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

散ればこそいとど桜はめでたけれ うき世になにか久しかるべき

狩り暮らしたなばたつめに宿からむ 天の河原に我は来にけり

一とせにひとたびきます君まてば 宿かす人もあらじとぞ思ふ

あかなくにまだきも月のかくるるか 山の端にげて入れずもあらなむ

おしなべて峰もたひらになりななむ 山の端なくは月も入らじを

枕とて草ひき結ぶこともせじ 秋の夜とだに頼まれなくに

忘れては夢かとぞおもふ思ひきや 雪ふみわけて君を見むとは

  母なむ宮なりける 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 八十四段 八十五段 八十六段

老いぬればさらぬ別れのありといへば いよいよ見まくほしき君かな

世の中にさらぬ別れのなくもがな 千代もといのる人の子のため

思へども身をしわけねばめかれせぬ 雪のつもるぞわが心なる

いままでに忘れぬ人は世にもあらじ おのがさまざま年の経ぬれば

    布引の滝   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 八十七段

わが世をば今日かあすかと待つかひの 涙の滝と何れたかけむ

ぬき乱る人こそあるらし白玉の まなくもちるか袖のせばきに

はるる夜の星か河辺の螢かも わが住むかたの海人のたく火か

わたつみのかざしにさすといはふ藻も 君がためには惜しまざりけり

   あふなあふな   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 八十八段 八十九段 九十段 九十一段 九十二段 九十三段

おほかたは月をもめでじこれぞこの つもれば人の老いとなるもの

人知れずわれ恋ひ死なばあぢきなく 何れの神になき名おほせむ

さくら花今日こそかくもにほふとも あな頼みがたあすの夜のこと

をしめども春のかぎりの今日の日の 夕暮にさへなりにけるかな

蘆べ漕ぐ棚なし小舟いくそたび ゆきかへるらむ知る人もなみ

あふなあふな思ひはすべしなぞへなく 高きいやしき苦しかりけり

    天の逆手    


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 九十四段 九十五段 九十六段

秋の夜は春日わするるものなれや 霞に霧や千重まさるらむ

千々の秋ひとつの春にむかはめや 紅葉も花もともにこそ散れ

彦星に恋はまさりぬ天の河 へだつる関をいまはやめてよ

秋かけていひしながらもあらなくに 木の葉降りしくえにこそありけれ

   散り交ひ曇れ   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 九十七段 九十八段 九十九段 百段

さくら花散り交ひ曇れ老いらくの 来むといふなる道まがふがに

わがたのむ君がためにと折る花は ときしもわかぬ物にぞありける

見ずもあらず見もせぬ人の恋しくは あやなく今日やながめ暮さむ

知る知らぬ何かあやなく別きていはむ 思ひのみこそしるべなりけれ

忘れ草生ふる野辺とは見るらめど こはしのぶなりのちもたのまむ

 歌はよまざりけれど 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 百一段 百二段 百三段 百四段

咲く花のしたにかくるる人おほみ ありしにまさる藤のかげかも

そむくとて雲には乗らぬものなれど 世の憂きことぞよそになるてふ

寝ぬる夜の夢をはかなみまどろめば いやはかなにもなりまさるかな

世をうみのあまとし人を見るからに めくはせよとも頼まるるかな

  消なば消ななむ  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 百五段 百六段 百七段

白露は消なば消ななむ消えずとて 玉にぬくべき人もあらじを

ちはやぶる神代も聞かず龍田川 からくれなゐに水くくるとは

つれづれのながめにまさる涙川 袖のみひぢて逢ふよしもなし

浅みこそ袖はひづらめ涙川 身さへながると聞かばたのまむ

かずかずに思ひ思はず問ひがたみ 身をしる雨は降りぞまされる

   魂むすびせよ   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 百八段 百九段 百十段 百十一段 百十二段 百十三段

風ふけばとはに浪こす石なれや わが衣手のかわく時なき

よひ毎にかはづのあまた鳴く田には 水こそまされ雨は降らねど

花よりも人こそあだになりにけれ 何れをさきに恋ひむとか見し

思ひあまり出でにし魂のあるならむ 夜深く見えば魂むすびせよ

いにしへはありもやしけむ今ぞ知る まだ見ぬ人を恋ふるものとは

下紐のしるしとするもとけなくに かたるがごとは恋ひずぞあるべき

恋しとはさらにもいはじ下紐の とけむを人はそれと知らなむ

須磨の海人の塩焼くけぶり風をいたみ 思はぬかたにたなびきにけり

ながからぬ命のほどに忘るるは いかに短き心なるらむ

すずろにまどひいにけり


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 百十四段 百十五段 百十六段 百十七段

翁さび人な咎めそ狩衣 今日ばかりとぞ鶴も鳴くなる

おきのゐて身を焼くよりも悲しきは 都しまべの別れなりけり

浪間より見ゆる小島の浜びさし 久しくなりぬ君に逢ひみで

我見ても久しくなりぬ住吉の 岸の姫松いく代へぬらむ

むつましと君はしらなみ瑞籬の 久しき世よりいはひそめてき

   花を縫ふてふ   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 百十八段 百十九段 百二十段 百二十一段

玉葛はふ木あまたになりぬれば 絶えぬこころのうれしげもなし

形見こそ今はあだなれこれなくは 忘るる時もあらましものを

近江なる筑摩の祭とくせなむ つれなき人の鍋のかず見む

鶯の花を縫ふてふ笠もがな ぬるめる人に着せてかへさむ

鶯の花を縫ふてふ笠はいな おもひをつけよ乾してかへさむ

   鶉となりて   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 百二十二段 百二十三段 百二十四段

山城の井手のたま水手にむすび たのみしかひもなき世なりけり

年を経て住みこし里を出でていなば いとど深草野とやなりなむ

野とならば鶉となりてなきをらむ 狩にだにやは君は来ざらむ

思ふこといはでぞただに止みぬべき 我とひとしき人しなければ

   きのふ今日   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 百二十五段

つひにゆく道とはかねて聞きしかど きのふ今日とは思はざりしを

   うひかうぶり   


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 初段

春日野の若紫のすり衣 しのぶのみだれかぎり知られず



    作品記録    



    参照資料   








   扉  


   目次   


   散文の覚書   


    覚 書