平成9年12月28日(日)〜


天の羽衣

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お話は
京に戻ります

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紀の有常(ありつね)という人がいました
三代のみかどに仕えました

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妹が文徳帝の子を
しかも男子を産むなど
時勢に乗っていた頃もありました

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でも東宮は
藤原の娘(あきらけい子)の
産んだ子となりました

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この子が清和帝となり
次のみかどもまた
藤原の娘(たかい子)の子となり

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その頃には
もう
だいぶ落ちぶれていました
ほとんど
あたりまえの生活にも達しないのでは
その程度にまで

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人柄はうつくしく
あてはかない風雅を好み
周囲の住人とは似ていませんでした

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貧しく過ごしていても
心は ときめいていた頃のままで
あたりまえの暮らしのことを
何も知りませんでした

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長年連れ添っていた妻が
寝床を別にするようになり
そして
尼になるまでに時が経ちました

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彼女が尼となって
あたりまえの世間からさきだって
さよならをする
さあお別れですと去っていくのを

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特別にむつまじい仲だった
そういうことはなかったはずなのですけれど
彼は
胸しめつけられるおもいがしました

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でも貧しいので
餞別に渡すものが何も
ありませんでした

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思いあぐねて
まだ年若いけれど
ねんごろに語り合うことのできる
その友だちのもとに
愚痴の手紙を出しました

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こういうわけで
妻はさあお別れですというのに
何事もいささかも
してあげられないとは

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指を折って
彼女との年月を数えれば
十と言うのを
四回も繰り返します

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その若い友だちはこれを読んで
やはり胸うつものがあって
役立ててくださいと
衣服だけでなく
布団まで送って寄越しました
添えて詠んであります

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四十年ですか
その幾星霜の間
何度となく
あなたのことを
頼みとしたのでしょうね

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有常は大変感激して
こう返しました

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これが本当の
あまの羽衣なんですね
あなたほどの高貴な方が
身につけていたのもうなずけます

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とても言い足りない気がして
重ねて送りました

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秋が来たと
露が間違えたのでしょうか
そこまで濡れてしまうのは
涙が降るほどにこぼれているからです

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有常は
業平のおしゅうとさんです

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友だちは
業平らしいのです
よくはわかりませんけれど

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訪ねてくるということが
ずっとなかった
そういう男が
桜の盛りになって
お花見のためやってきましたので

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女あるじが詠みました

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かりそめのもの
そういわれている桜花ですけれど
こうして
まれなる人を
待っていましたよ

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男が返します

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きょう来なかったなら
あしたは雪のように
散ってしまう
そういうものかもしれませんけれどね
あなたは消えないとしても
笑顔で迎えてくれたでしょうか

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まだ修行の足りない
そういう女性がいました

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その男はすぐ近くにいました

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女は歌を詠むのが好きで
男の心を見てやろう
そういうつもりで
菊の花の色うつろったものを折って
男のもとへ送りました

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おかしいですわ
くれないが映えてくるはずなのに
この花は白雪のようで
枝をたわませるように降っている
そうは見えませんか
(あなたの色好みとはこの程度のうぶでしょうか)
(お声がいっこうにかからないみたいですけど)

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男はよくわからない風を装って
返しました

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不思議ですね
くれないが映えています
上からおおい隠すように白い様子など
手折った人の袖の重ね着のようです
そうは見えませんか
(なるほど 色づいているのはあなたの方でしたか)

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男が宮仕えしていた女主人に
やはり仕えていた
ある女と
深い交わりがありました

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が まもなく
ふたりは他人となってしまいました

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同じ所に勤めているので
女の目には気になるのですけれど
男の方はもう
その女がそこにいるとも
まるで思い至らぬようでした

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女が

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高い空の雲のように
あなたはよそへ去っていくのですね
いつまで経っても
眺められるのですけど

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こう詠んで寄越しましたので
男は返しました

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高い空の雲が
よそへ去っていくのはですね
あなたという山に吹く風が
速くて移ろいやすいからですよ

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女には
別の男がいたため
こう詠んだといいます

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一説によると
これが有常の娘だそうです
そうなのでしょうか

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男が
都の外
大和の辺りの女をみそめて
逢いにいきました

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さて時が経って
宮仕えする男だったので
京に帰ります

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その帰り道
三月ごろでしたが
かえでの若葉が
とても佳い風情でしたので 折って
途上から女のもとへ贈りました

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あなたのためにと折りましたところ
この枝は
春なのにこんな風に
秋の紅葉をしてしまいました
(ね、おもしろいでしょう)

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女からは
ちょうど京に帰り着いた頃
返事が参りました

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いつの間にこんな
うつろう色合いになってしまったのでしょう
あなたの里には春はないのかしら
(あなたの所は「秋」ばかりなの、 「飽き」という意味ではありませんよね)

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