平成10年2月6日(金)〜


しでの田長

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田植えのころになると
冥途からご先祖様の化身 ほととぎすが飛んできます
過時不熟(時すぎればみのらない)
あちこちの田にいってはこう鳴くのです

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死出田長(しでのたをさ)
ほととぎすの異名となりました

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賀陽(かや)のみこという親王が
いらっしゃいました

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この親王が
ある女を
たいへん気に入られ
はなはだしいほどに可愛がられて
使っておられましたが

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ある男が
この女に気がある素振りをみせており
目を付けたのは自分ばかり
などと思っていました

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そしてまた
別の男が
こういう事情を聞きつけて
女に
文を送りました

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ほととぎすの似せ絵を描いて

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ほととぎすよ
あなたの鳴く里は
あまたあるのですね
疎ましく感じてしまいそうです
あれほどいとしかったのに

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女は
嫌われたくなかったので
こう返しました

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噂ばかり広まって
しでの田長よ
そう言われます
でも今朝はここで鳴いていませんか
たちよる庵があまたあると
疎まれてしまったのに

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季節は五月(梅雨)でした

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男は返します

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庵の多い
しでの田長を
見捨てることはできないようです
私の里に
あなたの鳴き声の
絶えぬうちは

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旅立つ人の馬の鼻を
ゆく方へ向けて
みなは門出を祝いました
別れを惜しみました

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はなむけの言葉の起こりです

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地方に赴任するという人を
馬のはなむけをしましょうと
招きました

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縁遠い人ではなかったので
奥さまは杯をすすめ
贈り物ですと
女性用の装束をかぶせてあげようとしました

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ご主人は
奥さまの気持ちをくんで歌に詠んで
装束の裳の腰のところに
結いつけました

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旅立とうとする
あなたのために脱いだのです
わたしでさえ
裳が無くなるのです
ましてあなたの前途には
喪(わるいこと)などあるはずはないですね

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いくつかの歌が交換された中で
この歌はとくにひびいて
うけとめるのが
やっとで
返すことはできませんでした

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からだの芯で味わえて

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穢れは
きらわれました

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誰かの死に際に
臨んだ者は
喪に籠もらなければなりませんでした

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たとえ
近しい人ではなくとも

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男がいました

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ある人の娘が
大切に育てられていましたけれど
この男と
親しくなり
おはなしすることができたら
そう願っていました

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心を外に表わすことが
むずかしかったのでしょうか
もの病みとなってしまい
もう死んでしまうというときになって

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わたしの想いはこうです

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と打ち明けました

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親は願いを叶えようと
男に
涙ながらにうったえました

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男は
心まどいながらも
かけつけたのですが
そのまま
娘は 死んでしまいました

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そういうわけで
男は
奇妙な縁とはいえ
しんみりと
遺族と共にこの家で
籠もることになりました

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季節は六月の終わり(立秋の前)
とても暑いころでした

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夕暮れどき
管弦をあそんで
ここの雰囲気をなぐさめていましたら

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夜が更けてくると
やや涼しい風が通るようになり

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螢たちが
高く舞い始めました

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男は
腕枕をしながら眺め
詠みました

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行ってしまうのか

雲のむこうまで去っていくなら
まもなく秋風の吹くころ
そう雁に伝えておくれ

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暮れるのをいやがるような
夏の一日を
ただぼんやりすごしていると
それ これということもなく
もの悲しいのです

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