平成10年3月17日(火)〜


行きやらぬ夢路

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男がいました
うらみごとをいう女に
うらみごとで返して

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鳥の玉子を十ずつ
十回も積み重ねてしまう
そんなことがもしできるのだとしても
愛してくれない人を
愛するなんてことは無理でしょうよ

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と送りましたところ
女は

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朝露が消えのこる
そういうことはあるかもしれません
でもこの世にいつまでも永らえる
そんなことは誰にだってできませんのよ
(わたしに応えて ・・・つまらないことにこだわらないで)

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男はまた送ります

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吹く風に
去年の桜が散らずに残ってしまう
そんなとんでもない世界になったとしても
あなたの心だけは
依然 信じられませんね

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また女が返します

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流れゆく水を
ひとつひとつと数えて
その数を流れに書いていくのよりも
まだはかないのは
つれない人を
愛しく想うということなのかしら

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男が返します

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ながれゆく水と
過ぎてゆく齢と
散る花と
いずれも
「待って」「このままで」
そういう願いを
聞いてはくれません
(終わってしまったのです)

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あだくらべを互いにしたものです
男が
女のところへ別の男が忍んだと
そういう非難からのことかと思います

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男が
ある家の前栽にと
菊を植えました

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植えました
いかがです 植えました
秋が来ない年がもしあるなら
そのときばかりは咲かないでしょう
花は散る定めですが
根だけは枯れないでしょう

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男がいました
ある人から重なり粽(かさなりちまき)をいただいた
そのお返しに

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粽を巻く菖蒲(あやめ)を
あなたは沼でまどいながら
刈られたのですね
私は野に出て
狩ってきました
お互い苦労しましたね

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と添えて
雉子(きじ)を贈りました

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男が
逢うことが難しい女に
逢うことができて

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むつまじく
ものがたりなどしているうちに
鶏が鳴いてしまいましたので
詠みました

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どういう訳なのでしょう
鶏が鳴きました
あなたを
人知れず想ってきた心は
まだ深い夜のように底なしで
明けてなどいないのに

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男が
なびいてくれない女に

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あなたのもとへ
どうしても
ゆくことができないのに
そんな
夢路にさえすがっています
目覚めの袂(たもと)には
天空の露が降りるのでしょう
ぐっしょりと濡れています

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男が
思いをかけていた女が
とうてい
手の届かないようになってしまい

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私を忘れてしまった
そういうことはあるでしょうけれど
あなたの言の葉が
ときおり思い出されては
慰めてくれるのですよ

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男は
寝て想い 起きて想い
おもいあまって

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私の袖は
草で葺いたような
粗末な庵ではないはずなのに
日が暮れると
露が宿ってどうしようもありません

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男が
しのぶ恋に苦しんでいました
わかってくれない女のもとへ
こう送りました

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恋に狂いそうです
あまの刈る藻に宿るという
「われから」という貝になって
われからこの身を
砕いて
果ててしまいたい

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