平成10年3月29日(日)〜


鬼すだく邸

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こよなく色好みであった男が
母の邸のある長岡という土地に
家を造り
住んでいました

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隣に
尊い方の御子様の邸がありました
ここの姿など悪くはない はしためたちが
田舎でもあり
稲刈りをしていたのです

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女の誰かが
この男を見かけ
また男の邸の造作など眺めて
よほど風雅な人がおつくりなのでしょうねえ
などと言い言い
皆で邸の庭にまで
入ってきてしまいました

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男は逃げて
邸の奥に隠れました

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女の一人が

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(あれ 逃げましたわ)
荒れ放題でおいたわしいこと
幾代続いたおやしきなのでしょう
住む人がもう訪れないようです
ね みなさん

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と詠みました
女たちがいい休息と
ここに集まったまま去りませんでしたので
奥にいるこの男が

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ほんとうにそうです
草まで生えて荒れ果てた
この家のいたましさといったら
なにしろ
鬼が参集してしまうほどですからね

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と詠んで
女たちへ進呈しました

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女たちは相談して
一緒に落ち穂ひろいをしませんか
と誘いました

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けれど男は
こう詠みました

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さまざまを
しんみり思いながら落ち穂を拾っています
そういうふうに誘って下されば
私も田んぼへ出ていったのですけれど
(みなさんのかまびすしいようすでは・・・)

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京のみやこで何かあったのでしょうか
男は
田舎の東山に住もうと
固く決めました

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もうここにはいたくない
いますぐ皆棄てて 山里に
この身を隠す宿を
求めようか

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などと詠んでいましたが
悩み事から深く病むことになり
急に
死んだようになってしまいました

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家人が
顔に水を注ぎかけまして
息を吹き返しますと

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私の上に露がおいたのです
ここは天の川ですね
それなら
水門を抜けようとする浮き舟の
櫂のしずくでしょうか

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などと詠んで
どうにか元に戻りました

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男がいました
宮仕えが忙しく
あまりかまってやれなかった若奥様が
まめに尽くしましょう
そう誘惑する別の男に従い
いずこへか 去っていってしまいました

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年ふり
男が
九州の宇佐神宮へ勅使として赴いたところ
その国の
男を接待する役人の
妻になっているということを聞きました

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男は
饗応するその役人に
奥さんを呼んで杯をもたせなさい
そうでなければ飲みません
と命じました

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役人の奥さんが
伏しがちに
杯を差し出すと

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男は
肴のたちばなの実を
手にしました

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五月のころになると
橘の花が咲いて
懐かしい香りがします
そうすると
あの人の
袖にたきしめた芳香まで
よみがえってしまうのです

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奥さんは
泣いていました

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この女性は
はかなんで尼になり
山に入ってしまったということです

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