平成10年4月19日(日)〜


九十九髪

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男は筑紫の国に
行くことがありました

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名だたる色好み
すきものだそうですね
すだれの内で
そうくすくす笑うものですから

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この地の
染川を渡ってきました
そうした人は誰でも
色に染まらないということは
ないのでは

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こう歌いますと
すだれの内の女が返しました

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当地には
たわれ島という島もございます
名前の通りなら浮ついた戯れ島ですけれど
いつも浪の濡れ衣を着ているそうですよ
(いけないわ。 あなたも川のせいにしちゃ)

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あまり訪れないでいたところ
女は
賢くはなかったのでしょう
うまい話に乗せられて
ついには
地方のある国で
人に使われる身分となりました

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以前の夫の前に出てきて
知らぬ顔で
食事の世話などしたのでした

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夜更けてから
あの人を寄越してくれませんか
そう主に話しました

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わけしり顔の主は
あんなのでいいのですかという風でしたが
その女を寄越しました

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男は
よもや私を忘れたわけではないですね
と言って

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いにしえのなまめく匂いは
いずこへ消えたのですか
さくら花よ
そぎおちた枯枝のように
なってしまいましたね

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と詠みました

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女は羞恥で
返事もできないでいましたが

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どうして返事をしないのです
と強く言われて

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涙がこぼれて
見えません
ものも言えません
とやっと答えました

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ああ この女は
私に想われるという身の上を逃れて
この年月どうしているかと思えば
なんの見まさりもしていない
それどころか
(・・・この憤りがわかりますか)

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こう詠んで男は
衣を脱いで
(恵賜として)
女に与えましたけれども

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女はそれを捨てて逃げました
どこへ行ってしまったのか誰にもわかりませんでした

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色恋に堪能だった
ある女が
どのようにしたら情けある男に
めぐり逢えるかしら
と思案しました

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こういうことを
言い出すきっかけがありませんでしたので
まことではない夢語りをしました

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自らの子 三人を呼んで
これを語りました

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二人の子の判断は
見当違いだったり
身の入らぬような返事でした

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三男が言いました
よい相手が現われるに違いありません
こう夢合わせをしてくれましたので
女は
とてもうれしげでした

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普通の男にはとても無理だ
どうにかして かの
在五中将(業平)に逢わせてあげられないものか
この息子はそう思いつめました

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求める人が狩りをしていますのに
ようやく行き会うことがありましたので
道で
馬の口をとりました

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こうこうという訳なのです
と一心に訴えますと
男は
来訪し
この息子の母堂と寝所で休んだのでした

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しかたないとはいえ
それきりとなりました

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女は
男の家にしのび行き
物陰から様子をうかがうようになりました

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男は
気づいて気づかぬふりをしたまま
茫洋として

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ももとせ(百歳)に
ひととせ(一歳)足らないほどの
つくも髪です
私を恋い慕っているのでしょうか
面影が見えました

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こう詠みました

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慕われるとまぼろしが訪ねてくるもの
さっそく慰めにゆきましょう
というわけで
今にも出かける様子を見せました

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女は
これは大変と
いばらやからたちに引っかかりながら
いき切らして
家にかえり着いて
寝床に横になりました

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男は
女がそうしたように
忍び足で近づき
聞き耳を立てました
もちろん
そうとわかるように

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女は
嘆きつつ寝ているという体裁で

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いつものむしろに
衣をひとつだけ敷いて
この夜も
恋しい方に逢えず
わたしは寝るのですね

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と詠みました

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男は
この残酷なまでのういういしさに
ふいに胸を突かれました

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その夜だけは
一緒に寝たのでした

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人情の常として
いとしい人をいとしいと思い
そうでない人はそうは思わぬもの
にもかかわらず
この方は
いとしい人もそうでない人も
けじめをつけないというような
心を持っていました

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