平成10年5月6日(水)〜


うみわたる舟

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男は
津の国(摂津)に領地がありましたので
兄や弟 友だちなどひきいて
難波(なには)の海岸に遊行にいきました

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なぎさには
船が何艘も見えましたので
詠みました

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難波津を
けさとうとう
見ることになりました
浦ごとにゆきかう
これこそが
この世を海渡る船ですね

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( 何事も果てるという
  この岸辺にとうとう参りました
  満ちていたうらみ言も
  この歌に託しましょう
  これこそが
  この世を憂みわたる舟でしたか  )

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風景にこの男の歌を重ねて
傷ましいほどに感じ入り
一同は帰りました

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男は
逍遙でもしましょうかと
ごく親しい人たちと連れだって
和泉の国へ
如月(きさらぎ 旧暦二月)のころ行きました

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河内の国の方
生駒の山を見れば
くもりぎみとなったり晴れてもみたり
終日
雲の素振りが落ち着きませんでした

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次の日は
朝は曇っていましたが
昼からはおおむね晴れてきました

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山肌一帯
雪が白くきらきらと
木々の枝すえに凍りついているのが
眺められました

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それを見て
かの一行の中で
ただ一人詠みました

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きのう今日と
雲(高貴の辺り)が立ち舞い
隠されたのは
あの美しい花の林を
他に見せるのが
お嫌だったからのようです

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男は
和泉の国へ行きました

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住吉の郡(こほり)
住吉の里
住吉の浜をそぞろゆきましたけれど

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たいへん楽しく興趣もあって
ときどき
腰掛けてはゆくのでした

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ある人が
すみよしのはま と
詠むことはできますか
そう言います

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雁鳴きて菊の花咲く秋は
ありますけれど
飽きるかもしれませんね
春のうみべ(うれうべき世)には
住み良しの浜でしょう

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こう詠みましたところ
あとの人たちは
続けてはとても詠めないほどに
感銘を受けました

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