平成10年5月27日(水)〜


桂の如き君

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男は狩の使いを終えて
都へと帰る途上
大淀の渡りに宿泊しました
(伊勢神宮北方の海港です)

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斎宮に従うあの童に
こう伝えました

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みるめという海藻を刈るのは
どのあたりなのですか
棹でさして
私にお教えくださいな
海人(あま)の釣り船よ

(お目にかかれないあの方は
 どちらにいらっしゃるのですか
 私を手引きして
 連れていってはくれませんか)

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男が
内の御使い(朝廷の使い)として
伊勢の斎宮に参ったときのことです

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宮に仕えている女がいましたが
そういう傾向が強かったのでしょう
私事で詠んだのです

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太古からの神の
清浄を守る垣根も
越えてしまいそうです
都より来られたあなたさまを間近に
目にしたいために

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男は

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恋しいのでしたら
いらっしゃったらいかがです
太古の神も
いさめている道では
無いのですから

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男は
伊勢の国にいます女に
再び逢うことはかないませんでした

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もう隣国へ行くということになり
逢おうとしない女を
はげしく怨みましたので
女が

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大淀の松は
けっして仕打ちをしたくはないのに
(待っていますのに わたしの立場もわかって)
浦を見ただけで
返っていく波なのですか
(信じていただけないの いってしまわれるの)

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そこにはいると聞くのですけれど
こちらの消息を伝えることも
自由にはならない
そういう女の辺りを想いました

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目には見えて
手には取ることのできない
月の中の
桂のごとき君なのです
あなたは

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男は
女をとても怨んで

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ごつごつした岩を踏んで
重なり合う山々を越えてゆく
それほどのことはありませんのに
逢えない日々はこれほども長く
お慕いするこころだけが
今日も渡っていきます

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