平成10年11月1日(日)〜


天の逆手

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男がいました
どのような事情があったのでしょうか
その男は
女のところに通うのをやめてしまいました

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女にはのちに新しい男ができましたが
子を成した仲でしたので
その男は
こまやかなものではありませんでしたけれど
ときどき文など送ったのでした

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その男から女へ
女が絵を描く人でしたので
描いてくれと伝えたのですが

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今の男が来ておりますから
という理由で
いちにちふつかと待っても
描いてくれませんでした

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かの男は

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ひどいです
私のお願いを
今もってかなえていただけないとは
理(ことわり)やもしれませんが
それにしてもと
あなたを怨むべきものとみなすことにしました

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などと
玩弄する文言とともに詠んで送りました

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これは秋のことでした

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秋の夜には
春の日はもう遠く
忘れられてしまうのですか
霞(かすみ)に比べれば
霧(きり)は
千倍もまさっているのでしょうよ

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こう詠みました
女の返し

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千々さまざまの秋でも
一つの春に刃向かえましょうや
とはいえ
紅葉も桜も
いずれは散ってしまうのですけど

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二條の后に仕える男がいました

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やはり仕える女を
常に見交わして
愛を求め続けました

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せめて御簾越しにでも
お会いして
苦しく思いつめたこの想いを
多少でも
はれやかにできれば

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と言いますので
女は
とても用心して密かに
御簾越しにこの男と逢いました

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物語りなどしてから男は

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彦星を
私の恋はすでにまさっています
天の河のように
二人を隔てるこの関を
今は取り払ってください

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この歌を愛でて
女は
御簾をあげてしまったのです

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男がいました

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女を何かと口説いて
月日を重ねました

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木石ではありませんでしたので
かわいそうだと思い
しだいしだいに
愛しいとまで思うようになりました

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ちょうど
水無月(旧暦六月)の望(十五日)の辺りでした
夏の終わりで
女は
身体に瘡(かさ)が
ひとつふたつできてしまいました

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女はこのように伝えました

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今はあなたへの不安は何もありません
でも恥ずかしいのですが
身体に瘡がひとつふたつできてしまいました
とても暑くて
できればもう少し
秋風がたつ頃合いになってから
それからなら
かならず

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ところが
秋を待つ間にここかしこより
あんな男のもとへ
何を好きこのんで
などと言う
非難が起こりました

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そういうわけで
女の兄がにわかに
迎えにやってきました

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しかたなくこの女は
かえでの初紅葉(はつもみじ)を拾わせて
歌を詠んで
書き付けました

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秋にはと
誓いましたのに
うらはらに
木の葉の降り敷く
それだけの縁に
なってしまいました

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こう書き置きをして
あの方のところから人が来たら
これを渡して
と出立しました

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さて
その後の消息は
まったくわかりません
ついに今日まで
知ることができません

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しあわせにしているのか
そうではないのか
生きているのかさえ
見当もつきません

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かの男は
上古より伝わるあのしぐさ
天の逆手(あまのさかて)を
うち振って
呪っているということです

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怖ろしいことです
人の呪いごとは
ふりかかるものなのでしょうか
そうではないのでしょうか

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さあ今こそは
思い知れ

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そう言っているそうです

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