平成11年2月7日(日)〜


消なば消ななむ

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男が
このままでは命絶つばかりです
そう言い送りました

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女は

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白露が
消えたいのなら消えたらよろしいでしょ
消えないからと
玉を抜いて緒を通す人も
いないのですもの

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とこたえましたので
なんという薄情なと思いましたけれど
想いはいやまさったのでした

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男が
親王たちの逍遙なさっている
紅葉あざやかなところにもうでて
龍田川のほとりにて詠みました

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ちはやぶる神の代にも
聞いたことはないでしょう
龍田川が
唐紅(からくれなゐ)に
水を絞り染めるとは

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みやびやかな男がいました
その男のもとにいた女性へ
内記という官職にあった
藤原の敏行という人が恋文を送りました

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ですが
その女性はまだ若くて
手紙も十分にはしたためられず
言葉遣いもよくは知らず
まして歌は詠むことはできませんでした

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そこで
主であるその男が案を書いて
その女性の手で筆写させて返させました
敏行はいたく喜びました

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さて敏行はまずこのように詠んだのです

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何をする気も起こらず眺めています
長雨で増えた涙川を
袖ばかりが濡れてしまいます
逢えるわけもないのに

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返します
例の男が女性に代わって

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浅いのでしょうね
袖が濡れるだけのその涙川
身が流れるとまで聞けば
信じて
お応えしますのに

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このように返されて
敏行は大変に感激してしまい
今もって丁寧に巻いて文箱にしまってある
ということです

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敏行が手紙を書きました
二人が結ばれてのちのことです

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雨に降りこめられて
雲を眺めて思案しているところです
わが身に幸いあれば
この雨は降らなかったでしょうに

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と言い送ってきましたので
例の男が
また女性に代わって詠んで
送り返しました

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深くさまざまに
そんなふうに想われている
いえ想われていない
お尋ねできないことでしたけど
わたしの身の程を知りました
涙雨がさらにさらにと降りつづけるでしょう

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と詠んで返しましたところ
敏行は
蓑も笠も着けず
ぐっしょり濡れて
あわてふためいてやってきました

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