平成11年7月4日(日)〜

テーマ「新人」


にゅう






 空かなた亜地よりしろがねの小舟にのりて、娘、故地に降る。
 戦乱を厭うゆえ、窮迫に押しいだされしゆえ。

 大尽のはしためとなり、昼夜休み無く勤しむ。
 若殿、この亜地の娘にくるい、嫁御にするなりと泣く。
 ちちはは、これを叱る。
 かなわずんば死ぬべしとて血の涙にて泣かる。

 祝言の前、
「恩をあだにて返されしか、うまうまとよ」
 しゅうと殿、嫁御を空打ちす。
「ひい」

 祝言にて、客人共、褒めちぎれば、
「かぐやになずらえらるとは、くちおしや」
 しゅうとめ殿、嫁御を空打ちす。
「ひい」

 祝言ののち、若殿、三日帰らず。
 見知らぬ娘を連れ帰りて、嫁御にするなり、と泣く。
「今となりては、遅し」
 ちちはは、これを許さず。
「御前の居るばかりに」
 若殿、亜地の嫁御を打つ。
「ひい」
 毎夜、打つ。
「ひい」

 これすなわち、ひいばあの嫁入りなり。







 ももとせぶりに渡しは開きぬ。

 ひいばあのひいまご、亜地より降りきたるますらおに懸想す。
 このたおやめ、泣いてちちははに許しを乞う。
 春三月、花散る離別の宴。
 こがねの小舟にのりて、夜空はるか、亜地へと昇りゆく。

 豊穣のくに、亜地。
 樹陰多く、泉水は湧きあふれ、流れは澄む。
 禽獣遊び群れ、人影ゆるゆると逍遙す。

 新妻、初夜のしとねにて、声をもらす。
「御前様は人に非ず。ろぼう太なり」
 これに答えて男、
「人なり。ろぼう太も人なり」

 嫁御、病に堕ちぬ。

 かなしや
 気づきみれば樹林泉水、禽獣虫魚のたぐいまで作り物なんめり
 しかしてわれは、ろぼう太のなぐさみもの
 ああ

「でくのぼう共の、歩いておるわ」
 嫁御、場を選ばず、指さして笑う。
「ああはは、ああははは」
 ろぼう太共、これを空打ちす。
「ひい」

「呪われよ、亜地。ひいさまに呑まれよ」
 ついに忌み言葉を唱う。
「でくとはこやつのことなり」
 ろぼう太共、これを打つ。
「ひい」

「もう要らぬ。壊れてしまえ」
 夫、これを打つ。
「ひい」
 毎夜、打つ。
「ひい」

 雨ざらしとなり、通りかかるろぼう太共、これを打つ。
「ひいい」

 ぼろきれと成り果て、息絶えにけり。







 ぼろきれと成り果てし嫁御、立ち上がりて、漂う。
 夜な夜な、呪い唄をうたう。
 その言を聴くや、ろぼう太共、頭かかえ、身萎えて、滅す。

 うらめしや、故地
 うらめしや、亜地
 われは、三界を呪うものなり
 罪無くして、死するものなり

 あらがうすべなく、ろぼう太共、殿上に請う。
 呼び請われて、上ろぼう太、馳せ参ず。
 上ろぼう太、すなわち太子。
 すがた麗しう、知勇比肩するものも無し。

 話あらば、せよ
 慣れぬ地にて、身淋しくあるか
 しかれども、掟ないがしろにし、わがくにを汚す
 うらむべきは、御身のさがにあらずや

 嫁御聴かず。

 嫁御、
 いやさ、ひいばあ、
 その霊威によりてなぎたおしゆく。
 上ろぼう太、立ちはだかりて、
 その聖智を傾け、これを押しとどむ。

 上ろぼう太にとりつく。
 調伏の典律を唱え、斎潔を舞う。
 あさまだき、これをついに祓い清む。

 何事もなきがごとく、上ろぼう太、息を吸い吐く。
 おりしも、慈涙の雨、めもはるか緑野に霞む。





暗転

 まさに、ろぼう太も人なり
 われ、このろぼう太に憑いて失せず
 百万のろぼう太ともない、故地に征かん
 ちとせの炎にて焼かば、われら眷属の国
 われらとわの国
 現前せん
 征かんや

 おお
 てて様
 かか様
 眷属の皆々様
 相まみえてうれしう

 征かん
 故地へ征かん

 ひいばあの上ろぼう太

 てて様のりたまいしろぼう太

 かか様のりたまいしろぼう太

 皆々様のりたまいしろぼう太

 火のたまとなりて
 故地へと
 降りゆきにけり















(終幕)



記録日 04/10(土)22:26 (平成11年)

この企画に参加して、十二作目、満一年となる作品でした。




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