十七条憲法(原文・現代語訳・解説)

十七条憲法 全文

憲法1条 和を以って貴しとなし 生き続ける戒め

『日本書紀』第二十二巻 豊御食炊屋姫天皇 推古天皇十二年

夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親肇作憲法十七條。

一曰、以和爲貴、無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。以是、或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦、諧於論事、則事理自通。何事不成。

一にいわく、和をってとうとしとなし、さからうこと無きをむねとせよ。人みなたむらあり、またさとれるもの少なし。ここをもって、あるいは君父くんぷしたがわず、また隣里りんりたがう。しかれども、上和かみやわら下睦しもむつびて、事をあげつらうにかなうときは、すなわち事理じりおのずから通ず。何事か成らざらん。

【現代語訳】和を最も大切なものとし、争わないようにしなければなりません。人は仲間を集め群れをつくりたがり、人格者は少ない。だから君主や父親にしたがわなかったり、近隣の人ともうまくいかない。しかし上の者が和やかで下の者も素直ならば、議論で対立することがあっても、おのずから道理にかない調和する。そんな世の中になると何事も成就するものだ。

 

◆解説…これは聖徳太子(575~622年)の有名な言葉だ。当時、朝鮮半島に対する外交方針や皇位継承問題などで氏族間対立が続き、崇峻(すしゅん)天皇暗殺という未曽有の事件も起きる。こんな時代に直面していた太子は日本最初の規範を制定するにあたり「和」の大切さを第1条に示した。

いまに生きるわれわれに対する戒めである。

憲法2条 篤く三宝を敬え 「和の世界」への道筋

二曰、篤敬三寶。々々者佛法僧也。則四生之終歸、萬國之禁宗。何世何人、非貴是法。人鮮尤惡。能敎従之。其不歸三寶、何以直枉。

二に曰く、あつ三宝さんぽうを敬え。三宝とは仏・法・僧なり、すなわ四生ししょう終帰しゅうき、万国の極宗ごくしゅうなり。いずれの世、何れの人かこの法を貴ばざる。人、はなはしきものすくなし、く教うれば従う。それ三宝に帰せずんば、何をもってかまがれるをなおくせん。

【現代語訳】心から三宝を敬いなさい。三宝とは仏と法理と僧侶のことです。生きとし生けるもの最後に行き着くところは、どこの国でも究極の宗教です。どの時代でも、どんな人でも仏教を尊ばないものは無い。人間に悪い者は少ない。良く教えれば正道に従う。仏教に帰依しないで、何で曲がった心を正すことができようか。

 

◆解説…仏教崇拝派の蘇我馬子(そがのうまこ)が「異国の神」として仏教に否定的だった物部守屋(もののべのもりや)との争いに勝利し、日本最初の女帝、推古(すいこ)天皇が「三法興隆(さんぽうこうりゅう)の詔(みことのり)」(594年)を発する。初めて天皇が仏教を公認した時代だった。

聖徳太子は悪い人間は少なく、よく教え導いたならば、必ず従うようになるとし、仏教の精神に基づき、国家を営み、第一条にある「和の世界」実現の道筋を示した。

憲法3条 謹まずんば自ずから敗れん 秩序を保つことが社会安定

三曰、承詔必謹。君則天之。臣則地之。天覆臣載。四時順行、萬気得通。地欲天覆、則至懐耳。是以、君言臣承。上行下靡。故承詔必愼。不謹自敗。

三に曰く、みことのりけては必ずつつしめ。君をばすなわち天とし、しんをば則ち地とす。天おおい地載せて四時しじ順行し、万気ばんき通うことを。地、天を覆わんと欲するときは、則ちやぶるることを致さむのみ。ここをもって、君のたまえば臣うけたまわり、上行なえば下なびく。ゆえに、詔を承けては必ず慎め。謹まずんばおのずから敗れん。

【現代語訳】天子の命令を受けたら必ず恭しくしなさい。天子は天なり。臣下は地なり。天は地を覆って、四季が順調に経過し、万物の霊気がゆきわたる。地が天を覆うことを望めば、道理が破れる。それで天子の言葉に臣下は従う。天子が道理を行えば臣下はなびく。ゆえに天子の命令をうけたならば、必ず謹んでそれに従いなさい。謹んで従わなければ、やがて国家社会の和は自ずから滅亡してゆくことだろう。

 

◆解説…天皇暗殺事件が起きるような時代であったからこそ、聖徳太子は十七条の憲法のなかで、「天皇」と「臣下」と「民」の節度ある関係を幾度も説いている。天皇を天、臣を地に例え、地である臣が天皇の上に覆いかぶさろうとすれば破滅に向かうとし、天皇の地位を脅かしかねない有力豪族に警鐘を鳴らした。

この条文では秩序を保つことで社会が安定すると述べている。

憲法4条 すべての基本は「礼節」にある

四曰、群卿百寮、以禮爲本。其治民之本、要在禮乎、上不禮、而下非齊。下無禮、以必有罪。是以、群臣禮有、位次不亂。百姓有禮、國家自治。

四に曰く、群卿百寮ぐんけいひゃくりょう、礼をもっもとよ。れ民を治むるの本は、かならず礼に在り。上礼かみれいあらざれば、しもととのわず、下礼しもれいなければ、必ず罪あり。ここを以て、群臣礼ぐんしんれいあるときは位次いじ乱れず、百姓礼ひゃくせいれいあれば、国家おのずかおさまる。

【現代語訳】政府高官や一般官吏たちは、礼をいつも基本としなければならない。人民をおさめる根本は、必ず礼にある。上に立っている者が礼法にかなっていないときは下の者の秩序は乱れ、下の者が礼法にかなわなければ、必ず罪を犯す者が出てくる。それだから、群臣たちに礼法がたもたれているときは社会の秩序もみだれず、庶民たちに礼があれば国全体として自然に治まるものだ。

 

◆解説…この第四条では国家が自然と治まる基本は「礼節」にあると説いている。

「群卿」は朝廷に仕える大臣(おおおみ)や大連(おおむらじ)などの高位の公達(きんだち)のことで、「百寮」はその他の官吏全般のことで、特に国家の仕事に従事する官僚や役人に対し、秩序の正しさは「礼」に基本があると戒めている。

上司も部下も礼儀と節度を守ることからすべてが始まるという。

これは現代社会においても同様で、礼節が社会に行き渡れば、多くの問題も解決できるのではないだろうか。

憲法5条 サブタイトルなし

五曰、絶饗棄欲、明辨訴訟。其百姓之訟、一百千事。一日尚爾、況乎累歳。頃治訟者、得利爲常、見賄廳讞。便有財之訟、如右投水。乏者之訴、似水投石。是以貧民、則不知所由。臣道亦於焉闕。

五に曰く、むさぼりを絶ち、欲をてて、明らかに訴訟うったえさだめよ。それ百姓ひゃくせいうったえ、一日に千事せんじあり。一日すら尚爾なおしかり、いわんやとしかさぬるをや。このごろ、訟をおさむる者、利をるを常となし、まかないを見てことわりを聴く。便すなわち財あるものの訟は、石を水に投ぐるがごとく、乏しき者のうったえは、水を石に投ぐるに似たり。ここをもって、貧しきたみは則ちる所を知らず。しんの道またここにく。

【現代語訳】役人は饗応(きょうおう)や財物への欲を捨て、訴訟を厳正に審査しなさい。庶民の訴えは1日に千件もある。1日でもそうなら、年月を重ねたらどうなるであろうか。だが、現状は訴訟にたずさわる者は、賄賂(わいろ)が当たり前となり、賄賂を受けてから申し立てを聴くありさまだ。財力ある者の訴えは石を水中になげこむように簡単に受け入れられるが、貧しい者の訴えは水を石に投げ込むようなもので聞きいれてもらえない。このため貧しい者たちはどうしていいか分からない。このようなことは役人の道にそむくことだ。

 

◆解説…第五条は政治と裁判は公明正大であるべきだと定めている。大臣(おおおみ)や大連(おおむらじ)などの豪族が庶民を虐げ、専横を極めていた時代であり、聖徳太子は差別なく公明正大な政治こそが理想国家への道と説いたのである。

憲法6条 悪を懲し善を勧むるは、古の良典なり 「へつらう」「欺く」「妬む」「こびる」を厳しく戒め

六曰、懲惡勸善、古之良典。是以无匿人善、見-悪必匡。其諂詐者、則爲覆二國家之利器、爲絶人民之鋒劔。亦佞媚者、對上則好説下過、逢下則誹謗上失。其如此人、皆无忠於君、无仁於民。是大亂之本也。

六にいわく、悪をこらし善をすすむるは、いにしえ良典よきのりなり。ここをもって、人の善をかくすことなく、悪を見ては必ずただせ。それへつらいつわる者は、すなわち国家をくつがえ利器りきたり、人民を鋒剣ほうけんたり。またおもねぶる者は、かみに対してはすなわこのみてしもあやまちを説き、下にいては則ち上のあやまち誹謗そしる。それかくのごときの人は、みなきみに忠なく、たみじんなし。これ大乱たいらんもとなり。

【現代語訳】悪を懲らしめ、善をすすめるのは、古くからの貴い教えである。そのために人のよい行いは隠すことなく公にし、悪事を見たら必ず正さなければならない。こびへつらい欺く者は、国家を覆す恐ろしい武器となり、人民を滅ぼす鋭い剣である。またこびへつらう者は、上には好んで下の者の過失を言いつけ、下に向かうと上の者の過失を誹謗(ひぼう)するものである。これらの者は天皇に忠義心がなく、人民に対する仁徳も持っていない。これは国家の大きな乱れのもととなる。

 

◆解説…十七条の憲法を制定した目的は理想の国家を作り上げることであり、聖徳太子はその担い手である役人に対し、あるべき姿を説く。特に「へつらう」「欺く」「妬(ねた)む」「こびる」ことを悪行として、厳しく戒め、このような役人がはびこることこそが、国家を危うくするとしている。

憲法7条 官職に適した人求めるが、人のために官職は設けず

七曰、人各有任。掌宜-不濫。其賢哲任官、頌音則起。姧者有官、禍亂則繁。世少生知。剋念作聖。事無大少、得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此國家永久、社禝勿危。故古聖王、爲官以求人、爲人不求官。

七にいわく、人にはおのおのにんあり。つかさどることよろしくみだれざるべし。賢哲官けんてつかんに任ずれば、頌音ほむるこえすなわおこり、奸者官かんじゃかんたもつときは、禍乱からんすなわしげし。世に生れながら知るもの少なし、おもうてせいる。こと大少となく、人をれば必ず治まり、時急緩とききゅうかんとなく、賢に遇えば、おのずからゆるやかなり。れにって国家永久にして、社稷しゃしょくあやうきことなし。ゆえいにしえ聖王せいおうは、官のために人を求め、人のために官を求めず。

【現代語訳】人にはそれぞれの任務があり、任務をまじめに実行し、その権限を乱用してはならない。賢い者が任にあるときはたたえる声がおこる。だが、悪賢い者がその任につけば、災いや戦乱が起こってくるものだ。世の中には、生まれながら何でも知っている者は少なく、聖人も心がけて、努力し初めて聖人となる。事の大小にかかわらず、適任の人を得られれば必ずよく治まる。時代の動きに関係なく、賢人が出て治めれば、豊かでのびやかな世の中になる。聖人や賢人により、国が治められるとき、国家は安泰に栄える。そのため昔の聖王は官職に適した人を求めるが、人のために新しい官職を設けたりはしなかった。

 

◆解説…聖徳太子は官職の世襲などを打破するため憲法発布の前年、冠位十二階を制定し、人材登用の道を開いた。

憲法8条 群卿百寮、早く朝り晏く退れよ

八曰、群卿百寮、早朝晏退。公事靡監。終日難盡。是以、遲朝不逮于急。早退必事不盡。

八に曰く、群卿百寮ぐんけいひゃくりょう、早くまいおそ退さがれよ。公事はいとまなし、終日ひねもすにてもつくしがたし。これもって、遅く朝れば急におよばず。早く退さがれば必ずこと尽さず。

【現代語訳】すべての官吏たちは、朝早くから出仕し、遅くに退出しなさい。国家を運営する公務はいとまがないものだ。一日中務めても、すべて終えてしまうことが難しい。このため朝遅れて出勤したのでは緊急の用に間に合わないし、早く退出したのでは必ず仕事を残してしまう。

 

◆解説…第八条は非常に目的が明瞭だ。すべての役人に対し、朝早く登庁し、夕方遅くまで勤務しなさいと規定した。「群卿百寮」は第四条にもあるが、「群卿」とは朝廷に仕える大臣(おおおみ)、大連(おおむらじ)などの高位の公達で、「百寮」はその他一般の官吏だ。

当時、役所には勤務規定がなく、聖徳太子は国家運営の基盤となる役人に誠実に勤務することを望んでいたことがわかる。

憲法9条 ともに信あるときは何事か成らざらん

九曰、信是義本。毎事有信。其善悪成敗、要在于信。群臣共信、何事不成。群臣无信、萬事悉敗。

九に曰く、信はこれもとなり。事毎ことごとに信あれ。それ善悪成敗ぜんあくせいばいはかならず信にあり。群臣ぐんしんともに信あるときは、何事か成らざらん。群臣信なきときは、万事ばんじことごとく敗れん。

【現代語訳】信(真心、誠実)は人の道の根本である。何事にも信がなければいけない。善とか悪とか、成功とか失敗とかの成否は、すべて信のあるなしにかかっている。群臣ともに信があるならば、どんなことも達成できるだろう。群臣に信がないなら、どんなこともことごとく失敗するだろう。

 

◆解説…この九条では「信」の重要性を訴えている。

儒教では親子、夫婦、君臣などの間で守らなければならない道として、「仁」「義」「礼」「智」「信」の五常を説く。聖徳太子も十七条の憲法では、四条で「礼」、六条で「仁」、この九条で「義」「信」、十四条で「智」と五常こそ、役人としての道筋と記している。なかでも「信」がすべての根本であるとしている。

上の者と下の者の双方が信を持っていれば、できないことは何もないという「ともに信あるときは、何事か成らざらん」。役人だけでなく、どのように時代が変わろうとも日本人になくてはならない言葉ではないだろうか。

憲法10条 相共に賢愚なること 鐶の端なきが如し

十曰、絶忿棄瞋、不怒人違。人皆有心。々各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理、詎能可定。相共賢愚、如鐶无端。是以、彼人雖瞋、還恐我失。、我獨雖得、從衆同擧。

十にいわく、忿いかりいかりて、人のたがうをいからざれ。人みな心あり、心おのおのるところあり。彼是かれぜとすればすなわわれとし、われとすれば則ち彼は非とす。我必ずしもせいあらず、彼必ずしも愚に非ず、共に凡夫ぼんぷのみ。是非ぜひ、なんぞよく定むべき。相共に賢愚けんぐなること、みみがねはしなきがごとし。ここもって、の人いかるといえども、かえって我があやまちを恐れよ。我ひとり得たりといえども、衆に従って同じくおこなえ。

【現代語訳】心の怒りをなくし、憤りの表情を棄て、他の人が自分と違っても怒ってはならない。人それぞれに心があり、それぞれに思いや願いがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分は必ず聖人で、相手が必ず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ。これがよいとかよくないとか、だれが定め得るのだろう。互いに賢くもあり愚かでもあり、それは耳輪には端がないようなものだ。相手が憤っていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかと恐れなさい。自分はこれだと思っても、人々の意見を聞き、一緒に行動しなければならない。

 

◆解説…聖徳太子は自己主張をし、それが受けいれられないと怒ることで争いが起き、国家大乱の原因となる、と戒めた。

憲法11条 功過を明らかに察して、賞罰必ず当てよ

十一曰、明察功過、賞罰必當。日者賞不在功。罰不在罪。執事群卿、宜明賞罰。

十一に曰く、功過こうかを明らかに察して、賞罰しょうばつ必ず当てよ。このごろ、賞は功においてせず、罰は罪においてせず。こと群卿ぐんけい、よろしく賞罰を明らかにすべし。

 

【現代語訳】 官吏たちの功績や過失を判断し、賞罰を必ず行わなければならない。ちかごろ、褒賞は必ずしも功績によらず、懲罰は罪によらない。政務にあたっている官吏たちは、賞罰を適正、明確に行うべきである。

 

◆解説…聖徳太子は11条で信賞必罰の要を説いている。豪族の権力争いが続き、朝廷に仕える役人に対し、功績を残した者に賞を与えず、罪ある者を罰しないという政治が行われていた。まさに悪政である。

聖徳太子は「冠位十二階」を定め、姓氏を問わず、功労に応じ冠位が授けられる人材登用の道を開く。学問の功により、高向玄理(たかむくのくろまろ)が小徳(しょうとく)、仏師の鞍作鳥(くらつくりのとり)が大仁(だいにん)、外交の功により、小野妹子(おののいもこ)も第5階の大礼から第1階の大徳にまで昇進した。

憲法12条 国に二君なく 民に両主なし

十二曰、國司國造、勿収斂百姓。國非二君。民無兩主。率土兆民、以王爲主。所任官司、皆是王臣。何敢與公、賦斂百姓。

十二に曰く、国司こくし国造こくぞう百姓ひゃくせいおさめとることなかれ。国に二君にくんなく、たみに両主なし。率土そっと兆民ちょうみんは、王をもってしゅとなす。任ずる所の官司つかさは皆れ王のしんなり。何ぞえておおやけとともに百姓に賦斂ふれんせん。

【現代語訳】天皇の代わりに諸国で政治を行う官吏の国司や国造は勝手に人々から税をとってはならない。国に2人の君主はなく、人々にとって2人の主人などいない。国内すべての人民にとって、天皇だけが主人である。天皇から任命され、政務にあたっている官吏はみな天皇の臣下である。どうして臣下の者が正規の徴税といっしょに、人々から私的に徴税することが許されるものだろうか。

 

◆解説…「君は則(すなわ)ち天たり、臣(しん)は則ち地たり」とした3条など、十七条の憲法で、聖徳太子は天皇によって治められる日本国のありようを繰り返し示しているが、この12条では具体的に租税の面から明確にした。

この時代、専横を極めていた豪族の力は皇室をもしのぎ、徳川幕府しか知らない庶民が多かった江戸時代のように、天皇の存在を知らない人々も多かった。このため天皇の臣下のはずの地方官吏が国家のためと称し、財物を集めることもあり、太子はこの私的徴税をかたく戒めた。

憲法13条 諸の官に任ずる者は同じく職掌を知れ

十三曰、諸任官者、同知職掌。或病或使、有闕於事。然得知之日、和如曾識。其以非與聞。勿防公務。

十三に曰く、もろもろの官に任ずる者は同じく職掌しょくしょうを知れ。あるいみ、或は使つかいして、事をくことあらん。しかれども、知ることるの日には、和することかつれるがごとくせよ。それあずかり聞くことなしというをもって、公務をさまたぐることなかれ。

【現代語訳】いろいろな国家の官職に任命された者たちは、自分の職務内容をしっかりと理解しなければならない。突然の病気や出張などで自分の仕事ができない者もいるだろう。その者がいない時は急遽(きゅうきょ)、その職務を代わりにしなければならないこともある。また、その者が職場に戻ってきた際、すぐに仕事の引き継ぎをできるようにいつも意思の疎通が大切だ。担当者不在のため知らない、などと言って公務を停滞させてはならない。

 

◆解説…この13条は天皇に仕え、国家を運営する役人の職務規定といえる。役人は互いに助け合って仕事をし、公務をしなければならないと述べ、ここでも和の精神を大切にせよと諭している。

冒頭、自分の担当している仕事内容を理解するようにしなさいという当たり前のことを規定しているが、当時の役人がいかにだらしない勤務だったかがよく分かる。聖徳太子は役人に対し、厳格な勤務態度を求めていた。

憲法14条 我すでに人を嫉めば人また我を嫉む

十四曰、群臣百寮、無有嫉妬。我既嫉人、々亦嫉我。嫉妬之患、不知其極。所以、智勝於己則不悦。才優於己則嫉妬。是以、五百之乃今遇賢。千載以難待一聖。其不得賢聖。何以治國。

十四に曰く、群臣百寮ぐんしんひゃくりょう嫉妬しっとあることなかれ。われすでに人をねためば、人また我を嫉む。嫉妬のわずらいそのきわみを知らず。所以ゆえに、おのれまさるときはすなわよろこばず、才おのれにすぐるるときは則ちねたそねむ。是をもって、五百歳ごひゃくさいの後、いまし、けんうとも、千載せんざいにしてもって一聖いっせいを待つことかたし。賢聖けんせいずんば、何を以てか国を治めん。

【現代語訳】官吏たちは、嫉妬の気持ちを持ってはならない。自分が人に嫉妬すれば、人もまた自分に嫉妬するものだ。嫉妬の憂いは限りがない。そのため、自分より英知がすぐれている人がいるとよろこばず、才能がまさっていると思えば嫉妬する。それでは、500年たっても賢者にあうことはできず、1千年の間に1人の聖人が出ることを期待することすら困難である。聖人賢者といわれるすぐれた人材がなくては国を治めることはできない。

 

◆解説…14条では嫉妬をなくすことを諭した。嫉妬は連鎖し、際限がなく、和の精神に最も反するものだ。嫉妬が渦巻く世では聖人を輩出することができず、国家にとって大きな損失である。嫉妬と無縁の優れたリーダーの存在なくしては、理想の国づくりもままならない。足の引っ張り合いが横行する現代にも、投げかけられている言葉である。

憲法15条 私あれば必ず恨あり 憾あれば必ず同ぜず

十五曰、背私向公、是臣之道矣。凡人有私必有恨。有憾必非同、非同則以私妨公。憾起則違制害法。故初章云、上下和諧、其亦是情歟。

十五に曰く、わたくしそむきておおやけむかうは、是れしんの道なり。およそ人、私あれば必ずうらみあり、うらみあれば必ずどうぜず。同ぜざればすなわち私をもって公をさまたぐ。うらみ起こるときはすなわせいたがい法をそこなう。ゆえに、初章しょしょうわく、上下和諧じょうげわかいせよ。それまたこころなるか。

【現代語訳】私心をすてて公務に専念することは臣(役人)たるものの道である。およそ人に私心があるとき、他の人に恨みの心がおきる。恨みがあれば、必ず不和が生じる。不和になれば私心で公務をとることとなり、結果として国家全体の利益を損なうことになる。恨みの心がおこってくれば、制度や法律をやぶる者も出てくる。だからこそ第1条で「お互いのことを思いやり、調和するように」と定めたのである。

 

◆解説…この第15条は民を治める役人である臣の道を説いた。「私」は個人で、「公」は天皇と民、臣を含む国家全体のことで、臣は「私」よりも「公」を重視すべきだと訴えた。最後に「上下和諧せよ」と繰り返し、憲法の根幹である「和」の精神を強調している。

憲法16条 民を使うに時を以てするは古の良典なり

十六曰、使民以時、古之良典。故冬月有間、以可使民。從春至秋、農桑之節。不可使民。其不農何食。不桑何服。

十六に曰く、たみを使うに時を以てするは、いにしえ良典よきのりなり。故に、冬の月にはいとまあり、もって民を使うべし。春より秋にいたるまでは、農桑のうそうときなり。民を使うべからず。それたつくらざれば何をかくらい。こがいせずば何をかん。

【現代語訳】徴用のために民を使役するには時期をよく考えてする、このことは昔の人のよい教えである。冬の月は農夫や蚕婦(さんぷ)が仕事なく、この暇があるときに民を動員すればよい。春から秋までは、農作や養蚕などで忙しい時期であるので、民を使役してはならない。農夫が農耕をしなければ、何を食べればいいのか。蚕婦が養蚕をしなければ、何を着ればいいのか。

 

◆解説…16条は臣(役人)に対し、人々の忙しい時期か閑(ひま)な時期かをよく考えて、使役するようにという分かりやすく具体的なものである。

聖徳太子の時代、税の一つに労役があり、時期を誤って人々を使役すると、民の力が弱まり、結果的に国家全体が疲弊することを戒めている。民を繁忙期に使役すれば、国民(くにたみ)は食べる物も着る物もなくなってしまうと訴える。

ここでいう「古の良典なり」というのは「論語」(学而編)の「用(よう)を節(せつ)して人を愛し、民を使うに時を以てす」をさしているといわれている。

憲法17条 必ず衆とともに宜しく論ずべし

十七曰、夫事不可獨斷。必與衆宜論。少事是輕。不可必衆。唯逮論大事、若疑有失。故與衆相辮、辭則得理。

十七に曰く、それことひとだんずべからず。必ずしゅうとともによろしくろんずべし。少事しょうじかろし。必ずしもしゅうとすべからず。ただ大事だいじを論ずるにおよびては、もしはあやまちあらんことを疑う。ゆえに、衆とともに相べんずれば、ことばすなわちことわりを得ん。

【現代語訳】物事はひとりで判断してはならない。必ずみんなで論議して判断すべきである。だが些細(ささい)なことは軽いことなので、必ずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ国家の重大な事柄の場合、独断では判断を誤ることもあるかもしれない。だからみんなで論議すれば、道理にかなう結論が得られるだろう。

 

◆解説…最後の17条では、役人による「独断」での決定を戒め、多くの衆知を集め、検討した上で判断することと定めた。しかし、物事の軽重を判断する必要性も訴え、何でも会議を開けば、国家運営が停滞するとした。これは政府や役所に限らず、現代のさまざまな組織運営でも十分に通じる教えである。

聖徳太子の「必ず衆とともに宜しく論ずべし」という考え方は、明治天皇が諸侯や公家などの示した新政府の基本方針である「五箇条の御誓文」の第一条に「広ク会議ヲ興(おこ)シ万機公論(ばんきこうろん)ニ決スヘシ」と銘記され、受け継がれている。

(おわり)

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