パチパチと薪の燃える音。暖かい室内には、スープの香りが充満している。
「・・・う、ん・・・」
「気が付いたか?」
少女の目を覚ました気配に緑髪の青年は声をかけた。
「!! ここは!? お前は誰だ!!」
慌てて木のベッドから飛び起きようとする少女を押さえつけ、ベッドに横にしながら緑髪の青年は答えた。
「ここは、エンドフォレスト、ゼロの森にある私の家だ」
「ゼロの森って・・・この精霊界の一番端にある森!?」
「そうだ。私はグリーン・エメラルダ」
「グリーン・エメラルダ!?」
驚嘆の声をあげて少女は目を見開いた。
「知っているのかい?」
緑髪の青年―――グリーンはふっと微笑みながら訊き返す。
「知ってるも何も、有名人じゃないか、あんた。剣の達人なんだろ?」
少女は改めてグリーンをみつめた。
グリーンは、ドルマンスリーブ風の袖は細いが袖ぐりはゆるやかで、全体的にゆったりとしたシルエットの上着に、ぴったりとしたトレアドールパンツを身にまとっていた。
視線を上へと上げていくと、くせ毛の緑髪は腰ほどまであり、銀製のリングでゆるやかに後ろでひとつにまとめている。透けるような白い肌に、桜色の唇。まるで女性のような整った顔立ちに唯一、太くてしっかりとした眉が、男であることを証明しているようだった。
すらりとした細身で長身のその姿は、少女が想像していた剣豪のイメージとは著しくかけ離れている。
「なんか、噂はあてになんないねぇ。あんた、ホントに剣の達人なの?」
「ははは、どうかな」
グリーンは笑って答えをはぐらかした。
少女は気付いていなかった。いや、知らなかったというのが正しいだろう。グリーンのその両眼が銀色であることを、左耳に騎士の称号を持つ者のみが身につけることを許されている、青銀のイヤーカフをはめていることを。そのことが何を意味するのかを。
それは、間違いなく高格精霊である証であった。男性の高格精霊は稀有な存在であるのだ。間違いなく、彼は精霊界唯一の存在である。
「ところで、君は? 何故あんなところに?」
グリーンが問うと、少女はうつむいて、少々戸惑いがちに口を開いた。
「・・・あたしは・・・レイ。戦場で戦っている傭兵だよ」
「戦場って・・・君が? 妖魔たちと戦っているのか?」
グリーンは驚いて訊き返した。
「ああ。傭兵になってもう三年になる。あんたとおんなじで一応剣を扱ってるんだけどさ、ドジっちまって戦場から離脱しちまったのさ。そんでさまよっているうちに、腹も減ってきて動けなくなって意識をなくして・・・気が付いたらここにいる」
バツが悪そうに少女―――レイは笑った。
「そうか、ならこのスープでも飲むといい。大した物は何もないが、これくらいでよければ、腹いっぱい食べさせてやろう」
グリーンは木の鉢にスープをゆっくりと注ぐと、スプーンと共にレイに手渡した。
「うわぁ、助かるぜ。ホントにハラペコだったんだよ、あたし」
湯気のたっぷりと上がる熱そうなスープを、それでも一生懸命に冷ましながら、レイは物凄い勢いで腹の中へと納めていく。空腹で動けなくなった、というレイの話は本当のことだと、その食べっぷりが証明していた。
「!」
「うまい、おかわり・・・って、ん? どうかしたのか?」
外に何者かの気配を感じ取ったグリーンが扉へと目をやった。
レイもつられるようにして視線を投げるが、別に変わったことは無さそうだった。
「どうしたんだよ、グリーン?」
「・・・何か、来る」
低く静かな声でグリーンはひとこと呟くと、スッと扉の脇へ身を置いた。
「レイ、君はそこでじっとしていなさい」
そう言い残し、グリーンはサッと素早く扉の外へ滑り出て行く。
「あ、何だよ、ちょっと待ってくれよ。置いていくな!!」
あたふたとレイもグリーンの後を追うために、ベッドから這い出し扉へと向かう。 |