青空に浮かぶ城―――月花城。それはこの世界を統べる精霊聖女王の居城だ。巨大なその城には、多くの者が学び、寝食している。
「聖女王様がお出ましになる、控えよ」
そう促されて、レイは頭を垂れた。
ここは聖女王との謁見の間だった。広い部屋である。高い天井が益々その広さを演出する。レイの足元にある紅い絨毯は、聖女王の玉座まで真っ直ぐに続く。周囲には衛兵たちが立ち並んでいた。
衣擦れの音。周囲の者たちが畏まるのを気配で感じとる。どうやら聖女王のお出ましだ。
「頭を上げなさい」
美しい声。どこか幼さを感じさせるというのに、その声から発せられる威厳たるやどうであろう。まさに女王の名に相応しい。
レイは恐る恐る頭を上げた。
「あ・・・貴女が・・・!!」
そこにいたのは、見た目まだ幼い少女だった。透き通るような水色の髪と、美しい顔立ち―――それは見間違うことない、グリーンの部屋で見た、グリーンと並び肖像に描かれていた天使の如き少女、その人だった。
「私が、この精霊界を統べる聖女王の名を冠するサイラ・フェアリーです。そなたは」
サイラ―――忘れるはずなどない、その名前。そして、肖像画の中でグリーンの横に並んでいた姿と、まったく変わることのないその姿。まさか彼女が聖女王だったとは―――だから、グリーンはレイを月花城へ行くように告げたのか。今となってはその真意を確認する手だてもないが。
「私は、剣士グリーン・エメラルダのただひとりの弟子にして後継者、レイと申します」
「グリーンの弟子!?」
サイラが怪訝な表情を見せる。
「剣士グリーン・エメラルダは弟子を取らぬはずではなかったか。もしそなたが真実のグリーン・エメラルダの後継と名乗るのであらば、その証をここで示せ」
そういわれ、レイは少々機嫌を損ねた。黙っておもむろにその手から精霊の剣UNITEを抜き出す。
衛兵たちは一斉に腰の剣に手を置いた。
「聖女王の御前、抜き身の剣を出すとは、無礼な!!」
従者のひとりが叫ぶ。
「控えなさい」
サイラはそれを制し、衛兵たちはサイラに従い剣にかけた手を離した。
「その剣は間違いなくUNITE―――グリーンの血肉。わかりました。唐突に失礼な真似をいたしましたね。剣士の名をかたる不届き者もまれに現れるので、そなたを試すようなことをして申し訳ありませんでした。気分を害さず、どうか剣をしまわれよ」
サイラはにっこりと笑って言った。
「私こそ大人気ないことをいたしました。聖女王様には、大変なご無礼を」
レイもそういうと剣をしまう。
「さて、レイと言いましたね。グリーン・エメラルダの後継というそなた、グリーンは元気ですか」
「・・・」
レイは返答に戸惑った。正直に言うべきか。自分にとっても辛い、その事実を―――
しかし、黙っているわけにもいかないだろう。
「どうしました?」
「・・・グリーンは・・・死にました」
「え!? 今、なんと・・・」
「グリーンは死にました。奇蝕病にかかり、先日・・・。私はグリーンの最期のことばに従い、ここへ参ったのです」
「・・・そう・・・ですか・・・」
サイラにも、明らかに哀しみの色が見て取れた。幼馴染みがこの世を去ったのだ。当然のことだろう。だが、彼女は聖女王である。個人的な哀しみを多くの臣民たちの前に無様に晒すわけにはいかない立場だ。本来ならば、もっと嘆き哀しみを顕わにしてもおかしくないが、彼女にはそれは許されない。すぐに女王らしく、威厳ある表情を取り戻した。
それを見たとき、レイはサイラが気の毒な気がした。
「ありがとう、グリーンの死を看取ってくださって。まず、幼馴染みとして感謝の意を述べさせていただきます。そしてレイ、あなたをこの城へ喜んで迎え入れましょう。ここで更なる勉学に励み、立派な剣士となってください」
「・・・恐れ入ります」
立派な剣士―――それはグリーンがレイに託した願いでもあった。
そしてレイは、これからこの月花城で新たな運命を迎えることとなる―――これは、その記念すべき第一歩であった。
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