コンッ コンッ
扉をノックすると、部屋の中から声がする。
「レイですか? お入りなさい」
「失礼します」
レイは扉を開き、部屋の中へと足を滑らせる。すると目の前に立っていたのは、もちろんサイラである。
レイは、毎夜サイラの話し相手をすることになったのだ。
「どうでしたか、演習の様子は」
昨夜と同じようにすすめられた椅子へ腰をおろすと、サイラにそう尋ねられた。
「あ、はい。そのぉ・・・、初日からもめてしまいました」
バツが悪そうにレイは答える。
「女だてらに剣士だって? などとひやかしや嫌味を言うような嫌な奴らがたくさんいまして・・・つい」
「つい?」
「コテンパンにのしてしまいました」
「まぁ!」
目を見開き、驚きの声をあげたサイラは、そのあとすぐにクスクスと笑いだした。レイは恥ずかしさに頬を赤らめる。
「それで、その後はどうなったのです?」
「どうも、別に・・・普通です」
レイは思っていた。
城を守る強者共のハズなのに、レイが実力の半分ほどの力さえも出さないうちに、どいつもこいつも「参った」と倒れ伏してしまう。気の放出さえすることなく、倒れていく者共を目にして、期待外れも甚だしい、と。
そして、その事件(?)の顛末は、サイラの耳にも入っていた。演習を行っている隊長から直々に、レイを剣技の師として、指導にあてて頂きたい、との申請書付きだった。流石はグリーンの後継者だ、と密かにサイラは満足していた。
一方、そんなサイラの気持ちに全く気付くことのないレイは、昨夜の恐ろしいほどの緊張感からようやく少し解放されて、サイラの部屋を見回す余裕が出てきた。
美しい木製の調度品の数々。それらは華美過ぎず、落ち着いた雰囲気を演出している。
公務で疲れた心を癒す為、恐らくそのようなものを配置しているのだろう。
そのなかで、レイは見覚えのあるものをみつけた。
それは小さな肖像画の入った楯だ。
そう、グリーンの部屋で見たものと同じ、グリーンとサイラの幼き日の肖像。
「あ、あれは・・・」
思わず声を発する。
その声と視線の先にある物が何かに気付いたサイラは席を立ち、肖像を手にすると再びレイの前へと戻ってきた。
「これのことですか? これは私がまだ聖女王の位に就く以前、貴女もよく知っているグリーンと共に描いてもらったものです」
懐かしそうにサイラは目を細めた。
「知っています。私、グリーンの部屋で同じ物を見ました」
そして、それはグリーンの死した後、グリーンの墓に共に埋葬したのだ。寂しくないようにと。
サイラは少し驚いた顔をした。
「・・・そう、ですか。彼も大切にしてくれていたのですね」
愛しそうに、嬉しそうに肖像を見つめなおすサイラに、グリーンに対する一方ならぬ感情を抱いていることを察して、レイも嬉しくなった。あの、寂しそうなグリーンの笑顔はただの一方通行ではなく、きちんとここに受け止めてくれる人がいるのだ。レイ自身には支えられなかった想いは、ここに流れ着くのだ。そう思うと、レイの気持ちも少しは慰められた気がした。
「グリーンと、どのような日々を送っていたのか、教えてもらえますか?」
「はい!!」
サイラの願いに応えるべく、レイはグリーンとの日々をすべて話して聞かせることにした。
普通の人と変わらぬ感情を持つサイラに対し、レイが好意を抱いた瞬間であった。
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