「紫鏡1」覚醒のアンジェラ
第1章
〜目覚めよ、戦士アンジェラ〜

「誰だ。誰のことだ」

〜目覚めよ、戦士アンジェラ〜

「誰のことを言ってるんだよ。僕はアンジェラなんて名前じゃない」

 周りには何もない。あるのは、ただ漆黒の闇のみ。声だけがこだまする。

〜目覚めよ、アンジェラ・シェン〜

 その時、突如周囲が鏡に変化した。そこに映っていたのは、二歳くらいだろうか、まだ年端もいかない子供の姿だった。

「安珠
(アンジュ)、起きて。学校に遅れるわよ」

「!」

 安珠はベッドから飛び起きた。

「また今日も同じ夢。あんなお伽話なんか聞かされちゃったからだよ。あれからずっとこんなんだ。目覚め最悪」

「安珠、起きてって言ってるでしょうが!」

 安珠の双子の姉、晶子
(ショウコ)が部屋の外から叫んでいる。

「今起きた。すぐ行くよ」

 安珠は晶子にそう声をかけると、寝巻がわりのタンクトップを脱ぎ捨てて、制服のカッターシャツを頭から被った。

「戦士アンジェラか。訳わかんないよ。大迷惑な悪夢だな」

 シャツから頭を出して、安珠は呟いた。


★


「おはようございます。安珠さん、晶子さん」

 校門に立つ風紀委員がふたりに声をかけた。

「おはよう」

「毎朝ごくろうさまです」

 ふたりは品良く挨拶をすると、校門をくぐる。

 このふたりは、学校内の特別なのだ。別に家柄がいいわけではない。どちらかといえば金銭的に苦しい家ではなかったが、両親はふたりが幼い頃に事故で亡く なっていた。安珠などは親の顔などちっとも覚えていない。今はイギリスに住む親戚が後見人となり、慎ましやかにふたりだけで生活している。何故特別なのか と問われれば、安珠と晶子は学校一の名物双子で超のつく人気者、皆のアイドル的存在なのだ。

 安珠は成績こそ並ではあるが、運動神経は抜群で、顔も文句無しの美形。スタイリッシュな姿にTVに出ているアイドルなどにも負けないと、少女たちの心を奪ってしまっている。晶子は晶子で、非の打ち所のないほどに、すべてが完璧、人間とは思えないほどの人物で、どんな少女たちでも羨望の眼差しを密かに送るほどであり、これはもう周りの人間が放っておかない。入学当時からの有名人である。

 更に名物となるのは、珍しいことに、あるいは私立ならではの学校側の計らいか、同じクラスでもある。ふたりはそろって教室へと吸い込まれていく。

「安珠くん、おはよう」

「おはよう。香
(カオリ)ちゃん」

 安珠はにっこりと優しくほほえんで、返事をした。

 香は美人というよりも可愛らしいイメージの少女で、安珠の彼女である。

「そういえば、聞いた? 今日、このクラスに転校生が来るんだって」

 香が思い出したように言った。

「そうなんだ? 知らないよ。どんな人が来るのかな」

「うん。なんでも、編入試験でこの間あたしたちがやった中間テストの問題を出したらしいの。そうしたら全問正解で、天才だって先生たちが噂してたわ」

「へぇ、すごい人ね」

 晶子も思わず口をはさんだ。

 その時、教室前方のドアが開けられ、先生が入ってきた。生徒たちはバタバタと自席へと急ぐ。

 先生の後ろには、転入生が続いてやってきた。

「転入生だ。今日から仲良くしてやってくれな」

 先生は転入生に挨拶を促した。

「黒木 梨花
(クロキ リカ)です。宜しくお願いします」

 晶子に負けないくらいの大人っぽい美人で、晶子の腰を過ぎるほどの黒髪とは対照的な赤毛まじりのショートソバージュも、梨花の派手な顔立ちを益々美しく見せている。

 ふと、晶子と梨花の目があった。バチバチと火花を散らしそうな殺気染みた視線が交わされている。教室の全員が、その雰囲気に気圧された。 美しいもの同士の敵対心か? 教室内が少しざわつく。

「黒木の席は、天地
(アマチ)の隣だ」

 先生がそう言うと、香はすっと手を挙げた。

 梨花は滑るように歩いて香の横の席に腰を下ろした。

「はじめまして。あたし、天地 香。宜しくネ。わからないことがあれば、なんでも聞いてネ」

「ありがとう。こちらこそ宜しく」

 梨花はちょうど教室の真ん中に位置する席に腰掛けている晶子の後ろ姿に視線をかけて香に尋ねた。

「ねぇ、あのちょうど真ん中に座っている方、なんていう方なの」

「え。ああ、紫水
(シミズ) 晶子さんのことね。紫水晶の子って書くのよ。学校中の人気者なの。本当に宝石みたいに奇麗な人よ」

「へぇ、そう。紫水晶ね、やっぱり・・・」

「え、もしかして知ってるの!」

 梨花のことばを聞いて急に嬉しくなった香は、つい大きな声を出してしまい、慌てて口をおさえた。

「じゃぁ、双子の弟さん、安珠くんも知ってる? 廊下側の一番前に座ってるんだけど」

「・・・さぁ」

「そっか。安珠くんは女子に人気ナンバーワンなの。だけど、彼には彼女がいるんだ」

 えへへ、と香はお茶目に微笑んでみせた。

「その彼女とは、実はあたしなのです」

 梨花を上目遣いに見やりながら、香は少し照れた風に笑った。

「まぁ、そうなの。貴方みたいな可愛いらしい方がお相手ならば、他の方は手を出せそうにないわね」

 梨花も、ふっと柔らかい瞳で微笑んだ。


 休み時間になると梨花はすっと席を立ち、自分の元へとやってくる人間に目をかけることなく、まっすぐと晶子の席へと向かった。

「久しぶりです。晶子さん、でしたね」

「本当に。貴女と再び会おうとは、思いもよらず驚いたわ。貴女、結構あいつに気に入られてたのね。わざわざ貴女を呼び出すなんて。ということは、あいつはかなり元気ってことかしら」

「お元気ですわ。ただ、いまだに額がうずくとはおっしゃいます」

「そう」

 晶子は軽く頷くと少し間をおいて、再び口を開いた。

「で、いつごろになるのかしら。来るんでしょう。貴女も、あいつも」

「ええ。恐らくは一週間が過ぎた頃に」

「そう。楽しみに待ってるわ」

 ふたりはにっこりと微笑んだ。しかし、目が笑っていない。空気が緊張している。

「おい、晶子、知り合いなのか」

 その様子を見ていた安珠は晶子に尋ねた。

「ええ。昔のね」

「ふうん」

 安珠は少し納得したような、ちっとも理解できないような複雑な表情でふたりを見た。

「!」

 その表情も、ふたりの顔を見た途端に消え失せた。

 今までに、見たことのないほどに厳しい顔をした晶子。そして、それに負けないほどに恐い顔の梨花。双子の姉は、いつ彼女と知り合ったのか。何故にこのふたりは敵対心を剥き出しに見つめあうのか。

 安珠の心には不安に似た疑問符が溢れ出していた。そしてその心の奥の「予感」を感じた。これから大きく揺れ動いていく運命への「予感」を。



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オリジナル小説「紫鏡」