「紫鏡1」覚醒のアンジェラ
終章
「ジゴルゼーヌも、Uniteの力なら人間になるんだろうか?」

 アンジェラは、ふと沸き起こった疑問を口にした。

「・・・ いいえ。あのひとは人間にはなれない。いくら精霊の剣の力でもね。だって、魔性は人間らしい感情の、かけらも持ちあわせてはいない、邪心の塊のようなものだから。それでももし、人間らしい感情を持ちあわせていたとしても、魔性も精霊ももともと人間とはつくりが違うの。だからやっぱり、無理だと思うわ。試したことないけどね」

 紫鏡は少し寂しそうな瞳で答えた。

「黒梨はきっとジゴルゼーヌのことが本当に好きだったんだね。黒梨に触れていた時、そう感じた」

「うん」

 アンジェラの呟きにセルリアが反応した。

「黒梨はね、本当にジゴルゼーヌのことが好きだったの。だって、二千年以上もずっとジゴルゼーヌのことを慕いつづけていたんだもの。だからこそ、悪いこと とはわかっていながらアイツのやることに従わずにはいられなかった。アイツは魔性だからね、逆らったらアッと言う間に殺されちゃうか、捨てられるかしかな いんだもんね。きっと殺されるならまだいい、捨てられたら辛いって、黒梨は思ってたと思うよ。愛情って、人間にとって一番強い感情なんだよ、きっと。だから、すべての感情に勝ってジゴルゼーヌにすべてを捧げられたのね」

「・・・そうか。で、肝心のジゴルゼーヌはそのことを知ってたの?」

「ええ、もちろん。知っていて、その黒梨の気持ちを利用して、そして自分のゲームのコマとしてたのよ。自分は何もしないで、コマを動かすだけで済むしね」

 セルリアは言った。その瞳は黒梨への哀れみで溢れていた。

「なんてヤツだ! 自分に恋してるような子を利用するなんて!! 最低だよ、そんなヤツ。・・・でも、なんでそんなに黒梨たちのことに詳しいの、香ちゃん」

 うーん、と唸ってセルリアは話し始めた。

「もうずっと昔のことよ。あたしがまだこの体を休めるために封印の術をかける以前の話なの。五百年くらい前だったわ、ちょうど中国にいるころだった。そこで黒梨に初めて出会ったのよ。彼女はやっぱりジゴルゼーヌのことを変わらず愛してて、ジゴルゼがーヌが封印から解き放たれるのをずっと待ってたのね。で、あたしのこの精霊の気を感じて、どうにか彼の封印を解いてくれないかと頼まれたんだ」

「えっ、それってちょっとヤバイじゃん。どうしたの、香ちゃん」

「あたしもなんかヤバイかなーとは思ったんだけど、あんまり必死だったし、助けてあげようと思ったの。でも、あたしには封印解けなかったのよねー。絶対神術がかかってるんだもん。ありゃ、ダメだわぁって逃げちゃった」

 ぺろりと舌を出してセルリアは笑った。

「ふうん」

「でもね、それだけじゃないんだ。やっぱりあたしにはわかっちゃったのよね、黒梨の気持ちが。だってあんまりにも強い感情だったから、強制的にあ たしの脳に流れ込んできちゃったのよ。あの子、絶対神術の光を受けてしまっていて、不死身に近い体になっちゃってたのよね。死ぬことが許されない 体・・・。これって、やっぱり辛いわよ、人間には。周りの人はどんどん寿命がやってきて死んでいくのに、自分は死ねずに取り残されていく。後悔も反省も役 にたたない。だからこそ、ジゴルゼーヌを愛し続けて、心の拠り所にしてたのよ。封印から解き放たれるのを待ち続けながら。でも、黒梨はやっぱり人間だったし、妖魔のように悪に染まりきることはできない。心のどこかで罪悪感にさいなまされていた。だから、いつか自分を倒してくれる存在を待ち続けていたの。悲しい人」

 そうして、セルリアは寂しそうに笑った。

「そうか・・・なんだか黒梨が可哀相になってきちゃったな。でも、黒梨には悪いけどジゴルゼーヌは僕たちが倒す! これ以上、そんな悲しい思いをする人を出さないためにも」

「倒せるかどうかわからなかったとしても?」

 紫鏡は言った。

「ジゴルゼーヌは、私とアンジェラが一緒に戦って、勝敗は五分よ」

「! 五分・・・。でも、やるしかないっ」

 アンジェラの目はまっすぐ前を見つめる。その目に迷いはない。決心した男の顔だ。

「そうだ! 紫鏡、オレたちの後見人をしてくれていたイギリスに住んでいる親戚とかってどうなっちゃうんだ?」

 途端にいつものやんわりとした物言いになる。

「別にどうも・・・。だって、そんな人は本当は存在しないんだから」

「え?! ホント?」

「ええ。私の術ですべては作り出していたことなの。だから、元よりそんな人は存在しないのよ」

「そうか・・・」

 確かに一度も会ったことのない親戚だった。でも、長い間自分たちはふたりっきりではないんだと支えていてくれた存在でもあった。その存在が今なくなったことを知って、アンジェラは哀しみが緩やかに迫ってくるのを感じていた。しかし、運命の輪は回り出した。もはや後戻りはできない。

「そうだ。香ちゃんはこれからどうするの?」

 気を取り直してアンジェラは尋ねた。

「あたし? あたしはしばらくここに残るわ。一緒に行っても、たいした力を持ってるわけじゃないし、足手まといになるだけだもの」

 セルリアはにっこりと笑う。

「そんな〜。香ちゃん、そんなこと言わないでよ」

「あはは、ごめんごめん。でも、ホントのハナシ、黒梨の妖術にかかってた人たちのアフターケアしなくちゃならないから、行けないのよ」

「そっか・・・それじゃあ、もう会えないかもしれないね」

 寂しそうに、アンジェラは呟いた。

「何言ってるの! 絶対にまた会える。大丈夫よ。さぁ、自信を持っていってらっしゃいな」

「あ、うん・・・」

「いってらっしゃい」

 セルリアは可愛らしく胸のあたりで手を振る。

「セルリア、この町のこと、頼んだわよ」

「まかせて、紫鏡」

 そうして、アンジェラと紫鏡は歩き出した。セルリアがその背中を見送る。

 ふたりの行く手には、強大な敵、ジゴルゼーヌが待ち構えている。負けるかもしれないこの戦いに、ふたりは命を賭けて挑むのである。



「安珠くん、絶対に生きて帰ってきてね。あたし、あなたに言いたいこと、まだ言ってない」

 ふたりの影が夕闇の中に溶けて消えていく頃、セルリアはぽつりと呟いた。



Fin,


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Les Rois au pays de Pyjamas

オリジナル小説「紫鏡」