「紫鏡2」魂使い
第1章
「ここがオレたちの新しい学校だね」

「そうよ。かの名門校も今は憐れなものね」

 昨年から共学校となった、名門・聖
(ヒジリ)学園の正門前にふたりの男女が立っている。それは安珠(アンジュ)と晶子(ショウコ)。表向きは双子だが、実は他人。しかも、人間ではないこのふたりは今、人の平安を貪る人ならぬ悪を討つべくして立ち上がっていた。

「妖気が漂ってるよ」

 肩をすくめて安珠は言った。立派な建物だ。ここに何が潜んでいるのだろうか。

「さてと・・・学校の視察といきますか」

「そうね」

 何が潜んでいるのかわからない。けれどもふたりは臆することはない。ふたりは滑るように留まることなく、巨大な校内に吸い込まれていった。




 さすが元女子校だけあって、女の子の姿ばかりが異様なほどに目立つ。

「おおっ。かわいい女の子がいっぱいだ」

 安珠はにやけ顔で言った。

「・・・安珠ぅ、何を見ているのかしら? 貴方は」

 ギロリと睨んだ晶子の顔は恐ろしい。

「いや、何でもない。あはは・・・」

 さすがの安珠も晶子の方を向いて乾いた笑いを浮かべてしまう。

 そしてそそくさと廊下を曲がった。

 その時。

「きゃあっ」

「うわぁっ」

 安珠は正面からひとりの少女にぶつかった。

「アイテテ・・・大丈夫? ごめんね」

 安珠は立ち上がり、少女を助けようと手を差し出す。

「すいません」

 少女がそういってその手に掴まり顔を上げたのを見て、安珠は我が目を疑った。

「か、香ちゃん!?」

「え・・・?」

 その少女は安珠の恋人、天地
(アマチ)香にまさにうりふたつだった。

「香ちゃんでしょ、どうしてここに?!」

 安珠は興奮して、その少女の肩を激しく揺さぶりながら、一方的に話しかける。

「あ、あ、あの。ちょ、ちょっと」

「え?」

 少女は安珠の揺さぶる手を止めて言った。

「あたし、かおりって子じゃありません。人違いです!!」

「え?」

 安珠はきょとんとした感じで目を丸くした。

「あたし、田端 薫
(タバタ カオル)って言います。かおりじゃなくて、カオルです」

「う、うそでしょォ?」

 安珠はどうも信じられない様子である。しかし、違うと薫は断固として言い張る。安珠もようやく観念したようだった。

「・・・薫ちゃんかぁ。ごめん、僕の知り合いにすっごくよく似てたもんだから」

 安珠は照れたように頭をかいた。

 少女・・・薫は、しかしその安珠のことばを、ナンパか何かではないかと疑っているようだった。訝しげに安珠を見ている。

 それを安珠はすぐに察知した。

「あ、ホントだよ。ナンパとかじゃないんだからね。証拠の人間だって、ここにいるんだからね。な、晶子」

 安珠は晶子の方を向き、同意を求めた。晶子は呆れた様子で安珠に応えた。

「まぁ、そうね」

「ほらね」

 薫は晶子が安珠の連れだということがわかって、やっと納得したようだった。

「ところで、おふたりは他校の方のようですケド、転入生か何かですか?」

 薫は安珠と晶子が制服を着ていないのを見て尋ねた。

「うん。その予定。これから編入試験を受けるんだ」

 安珠は明るく微笑んで言った。この表情に、多くの女性が安珠の虜になってしまう。屈託なく笑う安珠のその様子は、母性本能をくすぐるのだ。

 しかし、その安珠とは対照的に薫の表情は穏やかでない。

「・・・そうですか。でも、この学校は生徒数も多いですし、試験はすごく難しいですよ」

「あー、そんなこと気にしなーい。大丈夫だよ。絶対に受かるから。でも、ありがとう。薫さん、優しいね。編入が正式に決まったら、また会おうね」

 安珠はウインクをした。薫はまだ少し不安そうな顔をして見ている。

 しかし、安珠も晶子もそんな不安には一向に構わずに廊下を歩いていった。


★


 編入試験の結果は、言うまでもなかった。

 ふたりとも満点に近い高得点をマークしていた。そして、その噂はすぐに学園中に広まっていた。

「何ですって!? 私の作成した問題でほぼ満点ですって!!」

「はい、永遠子
(トワコ)様」

 生徒会室では、会長であり、この学園の理事長の娘でもある聖 永遠子が、安珠と晶子の編入試験の結果を聞いて驚きの色を示した。

 永遠子は、全国でも指折りの天才少女として県内にとどまらぬ有名人であった。更に、匂い立つような美女である。少女というよりも、むしろ大人の女と形容したほうが良いかとも思えるほどである。

「私のテストですべてが九十点以上・・・そのふたり、ただ者ではないですね」

 永遠子は妖しげな瞳で遠くを見据えた。




 一方それと同じ頃、各教室でも安珠と晶子の話題でもちきりだった。

「すごいよね、あの美形のふたりでしょ?」

「全部九十点以上だって。信じられないよー」

「あの男の子、近くで見ちゃったー!」

「あの美人、もろ好み」

「あー、俺も、俺も」

 誰も彼もが安珠と晶子のことをさまざまに話している。

 しかし、ひとりだけ、窓際の席で腰を下ろした薫だけは、話に加わろうともせずに窓の外を見ていた。

「やっとふたりの登場ね。待ちくたびれたわよ。香にそっくりなあたしにすぐには気付きそうもないし・・・もう少し、遊ばせていただきましょう」

 薫はそっと、そうことばを洩らした。


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オリジナル小説「紫鏡」