「紫鏡2」魂使い
終章
「あーあ。これでこの学校ともお別れか」

 安珠はつまらなさそうに両手を頭の後ろに組んで、空を仰ぎながら言った。

 天気は快晴。風は冷たいが、空は澄んだ美しい青を広げている。

「そうね、たった三日しかいなかったのに、もう転校なんて・・・でもまぁ、私たちの記憶は消してしまうんだけどね」

 晶子も残念そうである。

「ところで、生徒会長は本当に大丈夫かなぁ?」

 安珠が心配そうに呟く。

 精霊の剣で切られ、倒れた永遠子は意識がいまだ戻らないようだった。

「・・・彼女は父親を慕うばかりに、あの怨霊たちに目をつけられてしまった。そして、私怨に加担させられた。そのときに、自分にとって邪魔者だった人間の魂をひとつ、口にしてしまってたから」

 紫鏡は伏し目がちな様子でことばを漏らした。

「でも、きっと大丈夫よ。Uniteで浄化したあとだし、あとはあたしにまかせてよ」

 沈みがちな空気を吹き飛ばすように明るく香は言った。

 香の持つ癒しの力は、多くの者を救う。永遠子も恐らく香にかかれば、以前のように元気になるだろう。そして、憎しみや妬みを忘れて穏やかに過ごせれば一番だ。

「香ちゃん、香ちゃんも僕たちと一緒に行こうよ」

 安珠は香に言った。

「うん。そうねぇ・・・行きたいのは山々だけど、後から追っかけるわ。先に行ってて。後片付けが残ってるんだもん」

「後片付けって・・・それじゃ台所に立つ母親のセリフだよ」

「でも、そんなもんよぉ」

 香はくすくすとかわいらしく笑った。

「とにかく、きちんと追っかけるから、もう行きなさいな」

「あ、うん・・・絶対だよ」

 安珠は念を押す。

 香はそれに、はいはいと頷き、それを見届けてからようやく安珠は歩き出した。

 すでに晶子はずっと先を歩いている。

「お、おい、紫鏡! オレを置いていくなよ」

 慌てて安珠は晶子を追った。

「早く来なさい! 置いていくわよ、本当に! ノロマなんだから、まったく」

「なんだとぉっ」

 安珠は晶子に飛びかかる。

 そんなふたりのじゃれあう後ろ姿を見ながら、香はひとり微笑みをもらした。

「あのふたりったら、本当にわかってないなぁ。自分の気持ちにあそこまで気付かないなんて、ホント鈍感すぎるわよ」

 そう言ったあとすぐに、香は真顔になって空を仰ぐと、今度はもっと小さな声でためらいがちに呟いた。

「今度こそ、やっぱりふたりに真実を話さなくっちゃ。あのふたりのためにも・・・そしてあたし自身のためにも」

 見上げる青空は目に眩しく、日の温かさが体を包んでいた。しかし、香の心模様はそれとは裏腹に、自然と目頭が熱くなる。

 ふうっとひとつ、香はため息をもらすと小さくなるふたりの後ろ姿に背を向けて、しっかりとした足取りで歩き出した。自分たちの行く末をその瞳で見届けるために。




Fin,


各章へジャンプできます
第3章へ 第4章へ


「紫鏡」シリーズ
TOPへ

紫鏡シリーズTOPへ





Les Rois au pays de Pyjamas

オリジナル小説「紫鏡」