「紫鏡2」魂使い
第4章
 永遠子は、生徒会室の自分の椅子に腰を掛けて、ただひとりいた。

「紫水 晶子というあの女の魂はとることができましたけれど、残りのふたりは駄目でしたわ。どうしたら良いかしら・・・」

 少し不安を感じさせる表情と、声。その顔がふいに歪んだ。自身たっぷりの表情。ぎらぎらとした眼光。つり上がった口の端。それはまるで別人だった。

「ヨイ。アヤツヲ捕ラエテオケバ、残ルフタリモジキニヤッテ来ルデアロウ」

 明らかに別人のもののそのことばに、さらに永遠子は不安を重ねる。

「一体あの者たちは、何者なのでしょう」

「ワカラヌガ、案ズルナ。女ヲ捕ラエテアルノダカラ、奴ラニハ手出シナド デキルワケモナイノダ!」

  永遠子はカッと口を大きく左右に開き、にたりと笑いながら、楽しそうにことばを続けた。

 恐らくならば、永遠子には現在、ふたつの人格が存在していると思われた。元よりの性格と、更にひとつ。それはあの日、屋根裏で不思議なかんざしを見つけたときからの異変だったのだろう。

 ふいに、その様子が変わった。というより、元に戻ったというべきか。少女らしい、あどけなさの残る表情へと変化したのだ。正気に戻った感じもした。

“どうやら、間違いなく彼女には何かが絡んでるわね。どちらかというと、かなり古くから存在するモノみたいだし”

 紫鏡のエネルギー体は、永遠子のすぐ側にいた。

「お父様・・・早くお帰りになって、永遠子にお顔を見せて・・・」

 切なげに瞳を潤ませ、永遠子はぽつりと呟いた。しかし、すぐにぐっと唇を噛みしめると生徒会室を後にして、屋上へと向かった。

“お父様、ねぇ・・・”

 紫鏡は永遠子のその後ろを寄り添うようについていった。


★

「生徒会長は、本当に学校にいるんだね」

 日曜日の学校に向かいながら、安珠は言った。

「うん。間違いないわ。あたしのクリスタルが教えてくれたんだもん」

「・・・つまり、水晶が?」

 半信半疑な安珠とは対照的に、薫は自信たっぷりだ。

「そうだよ。あたしの本体は水晶だし、実はすべての水晶とコンタクトを取れるといっても過言じゃないんだな、これが。永遠子は人から魂を抜くときに水晶を使うの。それであたしは永遠子の居場所を知ることができるってワケ」

「ふーん」

 そんな話をしながら、ふたりは学校に到着した。

 日曜日の学校というだけあって、何か物悲しい感もある。しかし、それだけではない。確かに異常を感じる。おぞましいほどの空気が、まるで渦でも巻くかのように満ち満ちている。しかも、昼だというのに学校のみが薄暗く感じられる。これなら只人でさえも近寄りたくないと思うやもしれない。

「待っていましたよ、紫水 安珠、田端 薫。さぁ、早くここまでいらっしゃい」

 ふたりが校門をくぐり、一歩学校の敷地内に入った途端に、屋上から永遠子が声をかけてきた。

「くそっ。絶対許せねぇ、紫鏡は必ずオレが元に戻してみせる。行くよ、香ちゃんっ」

 安珠は薫の腕を掴むと、瞬間移動して一瞬のうちに屋上に降り立った。

「ホラ、来てやったぞ。紫鏡はどこだ!」

「な・・・やはり貴方たちは超能力者
(エスパー)でしたのね」

 永遠子は突如自分の目の前に現れた安珠を薫を見て、驚きと未知なるものへの不安を少なからず示した。しかし、すぐさま口唇をくっと噛み締めた。それはまるで自らを奮い立たせているようでもあった。

 業を煮やした安珠は、更に大きな声で怒鳴るように言った。

「紫鏡はどこだって聞いてんだろっ!!」

「しきょう?」

 永遠子は暫く視線を宙に浮かせた後、口を開いた。

「それは、もしやすると紫水 晶子さんのことでしょうか」

「そうだよっ」

 安珠はかなり焦っているようだ。

 永遠子はその赤い唇を微かに吊り上げて、目を細めて言った。

「ならばお見せしましょう。晶子さんはほぉら、ここにいましてよ」

 永遠子が指差すその先には、空気の歪んだようなひとつの塊がある。明らかに他とは違うそのモヤのように不鮮明な存在は、綺麗な薄紫の色を纏い、間違いなく紫鏡のエネルギー体であることを確信させる。

「えっ、そ、それが・・・」

 安珠は驚いた。

「そうです。私が狩った魂
(タマ)の中では、このような色をしているものはただひとつ。本当に美しいこと。さて、どうなさいますか」

「う・・・」

 安珠は歯噛みした。

 薫は何を考えているのかふたりのやり取りを、今はただ黙って、身じろぎひとつせずに見つめているだけである。

 永遠子はうれしそうに笑っている。

「手も足も出ないようですわね。貴方たちに彼女を元に戻すことはできない・・・ふふ。さぁ、お前たち、丁重におもてなししてさしあげなさい」

 永遠子がそういうと、永遠子の周りをぐるりと取り囲んでいた濁った空気が、一気に歪み、そして轟音とともに安珠たちめがけて接近してきた。

「お前たちの仲間を増やすのです。さぁ、そのふたりの魂も引き抜いておしまいなさい」

 永遠子は高笑いをしている。

「うわっ、やめろっ。・・・くそっ、どうしたらいいんだよっ」

 安珠は襲いかかる禍禍しき多くの気配たちを相手に、四苦八苦している。

 薫はというと、それなりに対処はしているようだが、少しも焦っている様子はない。

“アンジェラ、アンジェラッ”

 安珠が苦しんでいるその時、ふいに紫鏡からの念波、つまりはテレパシーが安珠の脳裏に届いた。

「し、紫鏡!!」

“剣を、精霊の剣をその手に呼びなさい”

「つ、剣? わかった」

 安珠は目を瞑り、精神を統一させた。

「Unite・・・来いっ」

 そういって安珠が手を天高く掲げると、空の雲の間から一筋の光が安珠に降り注ぎ、そして安珠の手の中には、安珠の最高の武器である、柄にエメラルドのはめ込まれ、立派な細工の施された剣が瞬く間に現れた。安珠の瞳の色も右が紫瞳、左が緑瞳へと変化していた。アンジェラとしての力を解放したようである。

「でも、紫鏡、これをどうするの?」

“私を切りなさい”

「ええっ!」

 アンジェラは驚きのあまり、すっとんきょうな声をあげた。

“私をその剣で切るのです”

「で、でもっ」

 アンジェラはためらった。

“早くなさい!!”

 紫鏡の声が、アンジェラに追い打ちをかける。

「わ、わかったよ・・・」

 戸惑いながらも、アンジェラはそう応えた。

「紫鏡を・・・紫鏡を救いたまえっ!」

 祈りを込めてそう叫ぶと、アンジェラは薄紫色の紫鏡の生命エネルギーを真っ二つに切り分けた。

 すると・・・紫鏡のエネルギー体はすぅっとその場から消滅してしまった。

「あ・・・紫鏡? 紫鏡どこ? 紫鏡!?」

 アンジェラは周りをきょろきょろ見まわしてみたが、紫鏡の姿はない。急に不安になってしまった。

「うるさいねぇ、まったく。人の名前を連呼しないでよね」

「え! あ、し、紫鏡!!」

 アンジェラが振り返ると、そこには確かに実体を待つ紫鏡が微笑みながら立っている。

「元に戻ったんだね」

 紫鏡の無事な姿を見て、アンジェラはうれしそうに言った。

「そうよ」

「な、なぜなの。なぜ私の狩った魂が元に!!」

 その姿を見て、永遠子はひどく狼狽した。

「さぁ、他の魂たちも元に戻してあげましょう」

 紫鏡は言った。

「でも、どうやって・・・?」

 アンジェラが眉間にしわを寄せたその時。

「きゃぁっ」

 薫が悲鳴をあげた。

「あっ、香ちゃんっ!!」

 アンジェラが声のしたほうを振り向くと、薫は永遠子に捕らえられてしまったいた。

「ふふふ。これでまた、貴方たちは手出しをすることはできなくてよ」

 永遠子は憎々しげに笑った。

「あ・・・紫鏡ぉ、どうしよう」

「どうしようも何も、助けなくっちゃダメでしょう」

「そ、そうなんだけど・・・」

 アンジェラはあまり乗り気でないのか、行動にでない。

「何をグズグズしているの?!」

 紫鏡は言った。

「うん・・・なんか気が抜けちゃって。紫鏡が無事だったし・・・」

 今にも地面に座り込みそうなくらい、気の抜けた声を出している。

「ちょっ、ちょっと、何考えてんのよ! それじゃぁ、困るでしょう。しっかりしなさいよっ!」

「う、うん・・・」

 そんなふたりのやり取りを見て、薫はすっかりと呆れ果ててしまった。

「安珠くんっ! 助ける気がないんなら、もういいわよっ!!」

 薫はそう言うと、永遠子の顔面近くに振り向いた。

「あは。実はあたし、人間じゃないの。証拠を見せてあ・げ・る!」

 途端、光が薫を取り巻き、一瞬のうちに銀の髪を持つセルリアの真の姿となった。

「お、お前は一体・・・!?」

 目の前で変身したセルリアを見て、永遠子は絶句した。

「ついでに、こんなこともできちゃったりして」

 セルリアがそう言った途端、永遠子の持っていた水晶玉が永遠子の手の中でみるみる小さくなり、ついにはまるで蒸発してしまったかのごとく、消え去った。

「一体、な、何が・・・!!」

 ますます永遠子は驚き、閉口してしまった。

「この世界から、あなたの水晶を分子崩壊させて消滅させただけよ」

「お前・・・ただのエスパーではないな!」

「だーかーらー。あたしは人間じゃないってさっき言ったじゃないの! いわゆる精霊って存在なの。Do You Understand?」

 やっと口を開いた永遠子の台詞に、セルリアは少し呆れながら、苦笑いをにじませて応えた。

「せ、精霊・・・」

 ようやく永遠子もその存在を理解したようである。ただ、にわかに信じがたいその存在に驚きの感情は拭い去れない。

「そう。だからあたしは殺されそうになっても、死んだりすることはないワケ。もっちろん、実体を消すことだってできるんだから」

 今まで永遠子の方を見ていたセルリアは、今度は反転してアンジェラの方を向いた。

「安珠くん、受け止めてねっ!」

「あ・・・、OK」

 セルリアは右耳にしていた水晶のイヤリングをアンジェラに放り投げた。

 綺麗な放物線を描きながら飛んでくるそれを、アンジェラが見事にキャッチした瞬間、セルリアの姿は永遠子の元から消えた。

「永遠子さぁん、こっちだよー」

 そしてその声とともに、アンジェラの腕の中にセルリアは現れた。

「なっ・・・」

 永遠子は唸った。

「・・・けれど、水晶玉がなければ、この魂どもは元の人間に戻ることはできないのですよ。わかっているのですか?」

 しかし、すぐに永遠子はそう切り返して三人をあざ笑った。

 そんな永遠子を見て、腹立たしく思ったのか、セルリアは少し語気を荒げて永遠子に対した。

「ご心配なく! あたしはいわゆる水晶の精霊なのよ。だから、水晶を使ってこの子たちをこんな状態にしたのなら、この子たちを元に戻すことくらいできるんだからね。見せてあげるわよ! 紫鏡、手伝ってくれる?」

「あ、ええ」

 セルリアと紫鏡は互いの手を取り合い、そしてセルリアはゆっくりと目を閉じた。

「ふるへ、ふるへ、ゆらゆらと・・・ふるへ・・・」

「あ、それは!!」

 紫鏡が唱え出したことばを聞いて、永遠子はうろたえた。自分の使った呪文をまさか相手が知っているなどとは、夢にも思わなかったのである。しかし現実に、間違えようもなく、それは永遠子の使った呪文であった。

「ふるへ、ふるへ、ゆらゆらと・・・ふるへ・・・」

 紫鏡が呪文を唱え続けると、セルリアの体から眩いほどの光が放たれ、今まで周りに浮遊していた魂たちは、次々とその場から消えていった。

「あ・・・」

 永遠子は唯一の武器と思っていたものを失い、驚愕した。そして更に、眼前に立ちはだかる得体の知れない大きな存在に不安と恐怖を覚え、ガタガタと震え出した。

「さぁ、アンジェラ、今よ。今のうちに永遠子をその剣で切るのです」

「え・・・」

 紫鏡のことばにアンジェラは狼狽した。

「そんなことできないよ。あんな無抵抗の、あんなに震えた女の子を傷つけるなんて!」

「な!! そんなことを言っている場合じゃないのよ。早くしないとアイツが来る!!」

 紫鏡の様子は、もはや一刻の猶予もないといった感じである。

「あいつ・・・?」

 ただならぬものを感じてアンジェラがそう口を開いた時。

「ハハハハハ。ソレハ、我ラノコトカ!」

 突如、永遠子が口を開いた。

「ソレハ我ラノコトカ えすぱータチヨ」

「そうよ」

 眉をぴくりと動かしたものの、紫鏡はまったく動じていない。先程までの様子とは打って変わって、である。覚悟を決めたといったところであろう。

「え? し、紫鏡、生徒会長は一体どうなっちゃったんだよ」

「アイツらがのりうつってしまったのよ」

 紫鏡の言うとおり、永遠子から発せられたことばは、確かに永遠子のものではない。時折その姿を表に現していた、別人のものだった。

「のりうつるぅ? そいつ、人間かよぉ」

「バカッ!! ただの人間のワケがないでしょう!」

 あまりにも馬鹿な質問に感じて、思わず頭ごなしに怒鳴りつけてしまった紫鏡にカチンときたのか、アンジェラまでもが怒鳴り口調になってしまう。

「じゃぁ、何だよっ!!」

 ふたりが言い合いをしていると、永遠子・・・いや、永遠子に憑りついた何者かがその口を開いた。

「我らは聖徳太子様にお仕え申した忌部
(インベ)氏なる陰陽師(オンミョウジ)なり」

 永遠子の体に馴染みはじめたのか、その声はするりと発せられた。

「陰陽師? それって・・・」

 アンジェラは自分の記憶の糸をほどいてみた。ほどなく、おおまかなイメージは掴めたが、何にしろ対峙するのははじめての経験であった。

「そうよ。古代日本から伝わる陰陽道を扱う異能の人のこと。安倍晴明
(アベノセイメイ)なんかが有名ね。天文・気象・暦・占いや、式神を使ったりいろいろな呪術を操ったりする人たちをそう呼ぶのよ」

「そなたたちも知っていよう、太子様がなされた偉業の数々を。誠にあのお方は素晴らしくあらされた。しかし、それ故妬ましく思う輩も多くあったのは事実。我らは太子様にお仕えできることを誇りに思っていたが、それが仇になろうとは。太子様亡き後、時の朝廷は太子様を慕う我らを脅威と感じ、ある晩何百という兵を従え闇討ちをかけ、我が一族ことごとく一夜のうちに葬り去られたのだ。女子供、果ては年老いた余命幾許
(イクバク)もない者さえも、例外なく。我らの無念、如何ばかりか図り知れようか。こうなれば、この恨み晴らすときまで、怨霊と呼ばれようとも構いはせぬ。死ぬに死にきれぬ我らはこの国へ復讐をするため、地獄より甦ったのだ。この娘、永遠子は我らにとって実に居心地良い器ぞ。永遠子を駒に使い、この世を破滅の道へと進めるのだ! ・・・そなたたちもただの人間ではなかろうに。何故人間などという愚かな者共の肩を持つのか。そのような愚かなことはせず、我らと手を組まぬか」

「断る」

 今まで黙って話を聞いていた紫鏡は、一刀両断の如く言い放った。

「笑わせるでないよ、お前たち。お前たちだって元を正せば結局は人間。ただ特殊な能力を持っているだけじゃないか。いわば人間亜種のようなもの。私たちとは根本的に存在が違う。私たちは生まれ出た時からこの世のもののようでいて、この世のものとは明らかに異なった存在。お前たちが考えていることと、私たちの思うこととでは次元が違いすぎる。私怨で動くお前たちは所詮、私たちにとってみればお前たちが愚かだといっている人間以下だ」

 紫鏡が言い放つと、さすがにその迫力に怨霊たちも気圧された様子だった。しかし、それでも自分たちを愚弄する紫鏡のことばには我慢ならなかったのか、気を発し突っ込んできた。

「ほざけっ! 我らがそなたたちにやられるはずなどないわっ!!」

「アンジェラ、精霊の剣でヤツの体を貫きなさい!」

 紫鏡は叫んだ。

「で、でも。生徒会長が死んじゃったりしない?」

 アンジェラは永遠子の安否を気遣って言った。

「平気よっ。あの子は父上を思う気持ちでいっぱいだからっ」

「サポートはあたしと紫鏡でするわ。さぁっ、安珠くん!!」

 紫鏡とセルリアは言った。

「Unite・・・」

 心の底から剣に信頼を寄せ、そして気を剣に送り込む。

 アンジェラの体からはオーラが立ちのぼり、その両目に持つ紫瞳と緑瞳も輝きを増し、鮮やかな色を露わにした。

 そして自分の前に突進してくる永遠子の体に、その内に巣くう怨霊どもに精霊の剣を突きたてた。

「ギャァーーーーーーッ!」

 途端、まるで雷でも落ちたかのように、永遠子の体に閃光が走ると、永遠子の体から悲鳴をあげて飛び出した物体があった。

 それが、怨霊となった忌部氏たちであるようだ。

「しまった! 倒せなかった」

 アンジェラは舌打ちした。

「・・・こうなれば、絶対神術で亜空間へ封印します」

 紫鏡は厳しい表情で言った。

 そのことばを聞いて、ハッと思い出したように慌ててアンジェラは言う。

「し、紫鏡! ダメだよ、絶対神術は使ったりしちゃダメだ!! そんなことしたら、また寿命が・・・」

 アンジェラは必至に止めようとする。

「アンジェラ! 私の命よりも、もっと大切なものがあるでしょう! この世界の人々を幸せに導き、悪から開放するのが私たちが神から授けられた使命。ヤツらを倒すには、今はこれより他に方法がありません。ヤツらが弱っている今こそ、またとないチャンスなのです。僅かの寿命を惜しんで、多くの人々を不幸に導くつもり!?」

 一気にまくし立てる紫鏡に、アンジェラは頷くより他はなかった。紫鏡の言うことは、いちいちもっともで、だからこそ悲しいと感じるときもある。

「わかったよ。ごめん」

 アンジェラはそういってうなだれた。

 セルリアがそっとアンジェラの肩に手を置いてなぐさめる。

 北風が体に突き刺さりそうなほど、痛くて冷たいことを今思い出した。

 紫鏡は目を瞑った。

 紫鏡の体からは、アンジェラとは比にならないくらいの紫のオーラがゆらりと沸き上がり、その額に紫水晶が浮き上がる。そして、何やら呪文を唱えた。

 すると、額の水晶から紫の閃光が放たれ、紫鏡の上空に巨大な渦ができた。

それは空間を引き裂き、暗く、どこに繋がっているのか皆目検討もつかないような深い大きな穴へと変化していった。

 「アンジェラ、剣でヤツらを!」

 紫鏡のことばにアンジェラは頷くと、怨霊に向けて、その手に握る剣の先から一気に光を放った。

「ウワァッ! 我ラハマダ マダヤラレルワケニハ!! オオッ 死ニタクナ イ・・・」

 光に貫かれた怨霊は、おぞましい叫び声をあげながらも、まるで穴に吸い込まれるようにして亜空間へと消えていった。

 すると亜空間の入り口となるその大穴は、轟音をたてながらゆっくりと縮まり、その姿を消し去っていった。

「やったぁ! さすがは紫鏡」

 アンジェラが嬉しそうに紫鏡の方を振り向くと、紫鏡は地面に片膝をついて肩で息をしている。だいぶ苦しそうだ。

「し、紫鏡!!」

 アンジェラとセルリアは驚いて紫鏡の側に駆け寄った。

「紫鏡・・・」

 ふたりとも、心配そうに紫鏡の顔を覗き込んでいる。

「だ、大丈夫。私が油断して、逆凪
(サカナギ)に遭っただけ。心配しないで」

 そう言いながらも、紫鏡は苦しみに顔を歪めている。

「さ、さかなぎ?」

 アンジェラは聞き返す。

「逆凪っていうのはね、つまりは他の宗教術なんかを使ったときにやってくるしっぺ返しのことなのよ。本当はだからそういう節操のないことはやらないのよ、タブーだし。でも、フツーは紫鏡くらいの高等術者になれば、防御もできるし、防御してて当然なのに、そんな紫鏡が油断するなんて・・・」

 何があったのか、とセルリアには信じられない気持ちでいっぱいだ。ただ、今はそれを尋ねるのはためらわれた。今度ゆっくり問いただそう、と心に決めた。

「紫鏡・・・」

 なおも心配そうにアンジェラは紫鏡を覗き込んでいる。

「・・・大丈夫よ、もう」

 紫鏡は大仰そうに立ちあがった。

「さぁ、これで終わったわね」

 紫鏡は自分で自分に確認をとるように、強い口調で言った。

 すでに日は西に傾き、夕日が三人と、まだ地に倒れている永遠子、そしてその側に落ちている壊れた髪飾りを紅く照らし出していた。



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オリジナル小説「紫鏡」