広い広い部屋。壁は淡い風合いを持つ珪藻土で落ち着いた雰囲気だが、その床に敷き詰められた大理石や高い天井に描かれた天井画と、落ち着きながらも洗練された調度品に部屋の主の姿が想像できる。
ここは、精霊界を統べる聖女王、サイラ・フェアリーの私室であった。
ベッドルームから続く扉が静かに開き、そこからこの部屋の主であるサイラの姿が現れる。
「眠れないのですか」
部屋に控える侍女――それはどちらかといえば身辺警護の者だが――が、まだ夜明けには少し早い時間に起きだしてきたサイラに声をかける。
「ええ、そのようよ」
「何か不安なことでもございますか?」
侍女は恐る恐るサイラに訊いた。
薄衣のスルリとした夜着の上にかおったストールをそっとそのしなやかな指先で押さえ、幼き姿をした女王はふと微笑む。
「今日は久しぶりに守護精霊がすべて戻ってくる日です。非日常の事態故、柄にも無く心なしか緊張しているのでしょう」
一瞬唖然とした表情を見せた侍女は、それでもその聖女王の親しみやすさを覚えることばと笑顔につられて微笑む。
「ならば、もうご準備なさいますか?」
「……そうね。そうしましょう」
「ただいま、側の者を呼んで参ります。しばらくお待ちください」
「いつもより随分早くで悪いのですが、頼みます」
「はっ」
侍女は着替えや身の回りの仕度をする役となる別の侍女を呼ぶために、聖女王の私室から出て行く。
扉の外にはまだ別の警護の者がいるが、室内にはサイラひとりだけが残される。
サイラは履き出しの大窓の側にあるサイドテーブルへ歩みを進めた。そこには、古ぼけた写真等が飾られている。その中でもひときわ古そうな盾をそっと手に取る。そこにあるのは、少年と少女の姿。そう、幼き日、まだサイラが聖女王の位に就く前、最愛の幼馴染であったグリーンと共に描かれた肖像画であった。
「間もなく、すべてが終わり、そして始まります。貴方の望む世界はもうそこまで来ています。随分と待たせてしまいましたね、グリーン――」
少年の姿をしたグリーンの肖像に、サイラはそっと話しかけた。ある覚悟を胸に抱いて。
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