「紫鏡5」未来の光明
終章

 今日は精霊界では、祝いムード一色だった。

 新たな王が生まれたからである。

 サイラから、継承の儀を受けた紫鏡が精霊界の人々の前に姿を現す日であった。

 月花城は、通常よりも高度を下げ、地上に近い位置まで降りてきていた。

「レイさまー。聖女王さまー。ばんざーい」

 人々の声が響く。多くの精霊たちがひと目新しい女王を見ようと詰め掛けていた。

 紫鏡の傍らには、もちろんアンジェラがいる。無事にクライスター家を継承し、晴れて紫鏡の婚約者として、である。

 継承したことでか、アンジェラの瞳は紫瞳で固定したようだった。片方ずつ色の違う瞳を持っていた頃が好きだったなぁと、セルリアと紫鏡は笑っていたが。

「婚約者なんて恥ずかしいよ」

 アンジェラは最後までごねていたが、セルリアに強引に紫鏡の横へ連れ出されてしまった。

 しかし、紫鏡の晴れ姿を間近で見られることは、喜ばしく思えたのも事実だ。

 サイラの前王の落胤という波紋は一部で無いこともなかったが、サイラの強い後押しと、そして紫鏡の今回の働きで、表立って文句を言う者はどこにもいなかった。

 一般の人々は、辺境の地から傭兵になり、のぼりつめた悲劇のプリンセスのシンデレラストーリーに、酔いしれ、熱狂的な盛り上がりを見せていた。

 こういうところは、人間界と何も変わりはしないんだな、とアンジェラは懐かしく感じた。

 親も兄弟も親戚も誰もいない人間界。だけど、自分が生まれ育った場所である。学生時代はたくさんの友人にも恵まれた。離れて生きていくのは、やはり少し寂しさもある。懐かしく思い出す日も多い。それでも、自分が選んだ道だった。後悔はなかった。



 継承の儀を終えて女王の座を退いたサイラは、寄触病の解明を命じた研究チームに自らを献体した。死んでしまえば朽ちてすべてが灰になってしまうから、と生きているうちに自ら苦しい道を歩むことを決めた。女王ならではの強い責任感をそこにアンジェラは感じた。そして紫鏡もまた、サイラのように立派な女王になりたいと誓いを新たにしたようだった。

 幸い、研究は進み、寄触病の特効薬も開発できそうだと聞かされている。サイラの生きている間に完成することを願うばかりだ。



 精霊界では、これを機に守護精霊の役職を廃止した。人間たちだけでも、しっかりと生きている。精霊たちはすでにその役目を終えていると感じた。もちろん、人間界と隔絶するのではなく、人間の歩みを邪魔しないためだ。精霊たちは、元々人間が好きなのだ。

 これからも、こっそりと人間界に降りて、人間たちと交流を深めていくかもしれない。



 セルリアはセルリアの母親にこんな愚痴を聞かされていた。

「上の子は死に、下の子は守護精霊で、我が家もエメラルダ家もこのままじゃ家系断絶じゃないの。もう少し子供がいればよかったわ。幸い、アンジェラがうちに入ってくれるから、我が家は安泰だけど、エメラルダ家には、恨まれちゃうわ。どうにかしてちょうだい」

 守護精霊の役職自体がなくなったので、母親のおかげというわけではないが、セルリアとヴェールは再び婚約をした。元の鞘に納まったといえるだろうか。一千年以上の時を経て、ようやくふたりは結ばれることができるのだ。アンジェラたちよりも、一番幸せそうなのは、実はセルリアたちだった。



 ダイアナは、大学へ入ることを決めた。今度は教える立場として。穏やかで、洞察力もするどく、賢いダイアナには適任だった。紫鏡はダイアナに学長の任に就くことを薦めたのだ。ダイアナはそれを了承した形となる。きっと、ダイアナなら大学をより素晴らしい学問の園へと変えてくれることだろう。



 妖魔たちの侵略は、アンジェラたちがセレレイトを倒したことで収まった。アンジェラの意見で、これから紫鏡は妖魔界と共存する道を探るべく、なんとか話し合いの場を築きたいと考えている。前途洋洋とは言いがたいが、光明がないわけではない。

 幸い、黒き闇のアポストフは、他の四天王と違い珍しく思慮深い魔性のようで、精霊界との対話の席につくことを、了承しそうな気配なのだ。



「紫鏡」

 アンジェラは、今までで一番美しく、凛々しい姿の紫鏡に声をかけた。

「なぁに、アンジェラ」

 いつもと変わらぬ返事。表情。ただひとつ違うのは、彼女の瞳が完全に金色に変化し終えたことか。聖女王だけの瞳の色。継承の儀を終えて、紫鏡の瞳の色は柔らかで温かな金色の瞳となったのだ。

「いや……なんでもない」

「何よ、それ」

 紫鏡は目を丸くして語調を強めた。

「呼んでみただけだよ。ごめん」

「変なアンジェラ」

 ふたりは互いを見合わせて、くすりと笑った。



 眼前にあるのは広大な精霊界。美しい世界だ。

 ふたりは、群衆に手を振りながら広大な世界を、世界の明日を見据えていた。









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Les Rois au pays de Pyjamas

オリジナル小説「紫鏡」