「紫鏡5」未来の光明
第3章

 紫鏡率いる一行は、ちょうどグリーンの住んでいた家に到着したところだった。

「ここがグリーンの家よ」

 紫鏡は感慨深げにつぶやく。

「行くわよ」

 しかしすぐさま厳しい声でふたりを促す。アンジェラとダイアナも紫鏡に頷き返すと、三人は扉を開いた。

「なんてこと」

 扉の内側が大きく様変わりしていて、紫鏡は落胆の色を隠せなかった。しかし、それが敵の正体を明らかにする。

「魔性ですね……」

 ダイアナがつぶやいた。

「そのようです」

 紫鏡も険しい表情で応えた。

「相手は魔性か……」

 アンジェラが言う。

「しかも、この気配はかなりの力の持ち主。間違いなくジゴルゼーヌやデュークフリートと同等の」

「四天王ですか?!」

 ダイアナの言葉に紫鏡は悲鳴に似た声を上げた。

「シテンノウ?」

 アンジェラは、訊き返す。

「赤き炎のジゴルゼーヌ、青き氷のデュークフリートと並ぶ魔性が、あと2名います。黒き闇のアポストフと白き風のセレレイト。4名を四天王と呼ぶのです。ただ、ジゴルゼーヌは長く紫鏡の封印下にあったため、本来の力を取り戻すことなく滅びましたが。」

 ダイアナが言う。アンジェラは、唾を飲んだ。

「この空間の様子から見て、中にいるのはセレレイトでしょう」

「恐らく」

 ダイアナと紫鏡は頷き合った。

「それは、この空間内が真っ白だからかな?」

 アンジェラが訊ねる。珍しく勘が働いたようだった。

「そう。デュークフリートの時と同じよ。自分のテーマカラーなんでしょう、きっと」

 紫鏡はアンジェラにそう告げた。

「行きましょう。セルリアたちが心配だわ」

 紫鏡はそういうと、足を踏み入れた。


★


「ようこそ。招かれざる……おお、そうだった。招かれざるのは私だったね。ようこそ、客人よ」

 扉を開けて飛び込んできた三人へ、セレレイトは告げた。先ほどのセルリアとの会話を踏まえて。

 もちろん、アンジェラたちはその会話を聞いていたわけではないので、そんなセレレイトの言葉を聞き流すだけだったが。

「仲間を返してもらうわよ。そして、貴方にはお引取り願うわ」

 紫鏡が言う。

「ふぅん。つまらない精霊たちだねぇ。どいつもこいつも同じようなことしか言わない」

「香ちゃんたちは、どこにいるんだ」

 目の前にはセレレイトしかいない。アンジェラはあたりを見回した。

「ほう。面白い者がいるじゃないか。人間と精霊のハーフ? これは珍しい」

 セレレイトはアンジェラを見遣ると面白そうに歪んだ笑みを浮かべた。

「ああ、なるほどね。お前たちがジゴルゼーヌやデュークフリートを屠った一味か。なるほど。うわさは聞いているぞ」

 自分と同じ立場である四天王のふたりを倒した一行だとわかってもなお、セレレイトが動じる気配はない。

「ふたりはどこ?」

 紫鏡はセレレイトに訊く。

「丁重におもてなしをしているところだ。ふふふ」

 セレレイトが細く長く、白い人差し指を上に向ける。

 三人は頭上を見上げ目をむいた。

 そう、先ほどセルリアが目にしたのと同じ光景がそこにはあった。ただひとつ違うのは、ヴェールとセルリアの二人が揃って風の球の中に捕らえられていることだ。

「香ちゃん!」

 アンジェラが思わず声を上げる。

「どんなに声を上げようとも、声が届くことはない。静かでいいと思わないか。いいインテリアだこと」

 本当に愉快そうな声でセレレイトは言う。その言葉にアンジェラは激怒する。

「ふざけんな! 悪趣味もいいとこだ。早くふたりを離せ」

 つい激昂して声を荒げる。

 フフフとセレレイトはほくそ笑んだ。

「あのお嬢さんにも、同じように捕らえた者を離せと言われてねぇ。私はタダでは返してあげられないと言ったのだ。私に得がなければ返す気にはなれないのだよ。私は欲深な女なのでね。だから、彼女の水晶と交換なら……と持ちかけたんだが。交換の前にお前たちがやってきて邪魔をするから、彼女はあの男と共に囚われの身さ」

 セレレイトはさも同情するかのような表情を顔に貼り付けて見せた。すべてがわざとらしく、すべてがいやらしい。

「さて。あの二人を返してほしいというならば、代わりに私に何をくれるのだ」

 目を細め、口の端を歪め、セレレイトはアンジェラたちを見遣った。

 どうするべきか、三人は考えを思い巡らせる。




 一番先に口を開いたのは、ダイアナだった。

「セルリアの水晶がほしいといいましたね。ならば、水晶よりも私の瞳はいかがです?」

 アンジェラと紫鏡が驚いてダイアナを見る。

「な、何を!」

 紫鏡は二の句が次げずにいた。

「ほう。それは魅力的な申し入れだねぇ。確かにダイヤモンドは、水晶よりもずっと好きだよ、私はね」

 セレレイトの目がギラギラと光る。当然、ダイアナの瞳がダイヤでできていて、それが彼女の力の源であること、命の器であることを理解しての反応だ。

「自らを差し出して、友を救おうとする。とても美しいじゃないか。しかも、もっとも力のある者がそれをするとはねぇ」

 セレレイトは心底楽しそうだった。

 アンジェラには、そんなことは到底我慢できないことだった。

「なぁ、あんた!」

 アンジェラはセレレイトに呼びかける。

 セレレイトがアンジェラを見遣ると、アンジェラはその手にUNITEを呼び寄せた。

「来い! UNITE!」

 アンジェラの手の中に、紅水晶がはめ込まれた美しい剣、UNITEが現れる。

「これと彼女たちを交換してくれ。俺にはこれがなければ戦うことなんてできない。それだけの価値がこの剣にはあると思う。この剣で、俺はジゴルゼーヌもデュークフリートも切り倒したんだから」

「へえ……」

 セレレイトが感嘆した。まず、その剣の美しさに目を奪われ、そして四天王を切り倒した力のある剣であることが、興味をそそったのだ。

「その剣は私に似合いそうじゃないか。悪くない申し出だ。いいだろう」

「アンジェラ!」

 紫鏡が叫ぶ。

「そんなことをしてはダメよ。それは貴方の切り札なのよ」

「いいんだ。ダイアナ様の命に比べれば、大したことじゃないよ」

 ダイアナを見遣り、紫鏡に向き直る。

「俺は、大切な人をこれ以上傷つけたくないんだ」

「美しいねえ。愚かな感情だ。くくく」

 セレレイトが苦々しげに笑う。

「さて。それならばその剣と交換で商談成立といこう。良いか」

「構わない」

 セレレイトの駄目押しにアンジェラは肯く。そして、アンジェラはセレレイトの元へ少し近寄る。

 セレレイトは頭上に浮かばせていた風の球体を地上へ下ろした。アンジェラの目の前でそれは急に姿を消し、中にいたセルリアとヴェールが崩れ落ちる。

「香ちゃん! ヴェール!」

 アンジェラはふたりの元に駆け寄った。

「さて。交換の品をいただこうか」

 今回はセレレイトもすぐにUNITEの提示を求めた。セルリアから水晶を奪い損ねたのを、忘れていないからだろう。

 アンジェラはセレレイトに、素直にUNITEを手渡す。

「ふふふ。美しいじゃないか、この剣。私にふさわしいね」

 セレレイトはUNITEを天に仰ぎ見て満足そうだった。

 アンジェラはその間に、セルリアとヴェールをダイアナの元へと連れ帰る。

「ダイアナさま、ふたりを頼みます」

 アンジェラがまっすぐとダイアナを見つめる。UNITEをセレレイトへ手渡してしまったというのに、そこには少しの不安も怯えも、諦めも浮かんでいなかった。

 そんなアンジェラの表情を読み取り、ダイアナはしっかりと頷いた。

「さて。それでは残りの石をもらい受けようか」

 セレレイトが笑う。

「交換条件はUNITEだけだったはずだぞ!」

 振り返り、アンジェラはセレレイトに噛み付いた。

「交換条件は、それで飲んだとも。だが、それとこれとは別物だ。私は石が欲しい。だから、自らの力で奪い取る。それだけのこと」

 セレレイトは元からそのつもりだったのだろう。自分の力が絶対だと信じている。だからこそ、いくらでも相手の条件を飲むことができるのだ。その後、自分の思うままにすべてを終わらせれば済むことだから。

「くそ、やっぱりか」

 アンジェラは小さく呟いた。

「アンジェラ、行くわよ」

 紫鏡がアンジェラに並ぶ。セルリアもヴェールも、まだ戦えるような状態ではない。元々、セルリアは戦い向きではないが。とにかく、ダイアナにふたりの手当てをしてもらっている間、紫鏡とアンジェラでセレレイトと対峙しなくてはならないのだ。

 しかし、今UNITEはセレレイトがしっかりと握り締めている。アンジェラの力がどこまで通用するのか、紫鏡は不安だった。

「大丈夫。俺たちだけで、なんとかなるさ」

 アンジェラは紫鏡の不安を察知したのか、そう紫鏡に微笑んで見せた。普段鈍感なアンジェラだが、紫鏡に関してだけは、勘が鋭い。そして、少しずつ成長してきている証なのかもしれない。

 一瞬、きょとんとして、それから紫鏡も微笑み返す。

「そうね。私たちにかかれば、妖魔のひとりやふたり、どうってことないわね」

 力強い声で、紫鏡は応えた。




「はっ」

 地を蹴り、一気にセレレイトとの距離を詰めるふたり。

 蹴りや手刀を切るが、セレレイトに通じるわけもなく、セレレイトは悠然とそれらを受け流す。

 その瞬間に、今度は気を放出する。放出しながら方向を転換して、セレレイトからの攻撃に備える。

 セレレイトは自分から手を出すこともなく、悠然と構えたままだ。

 アンジェラは隙を狙っていた。セレレイトの気がそれる瞬間を。

 紫鏡が攻撃をする。そのタイミングにぴったりあわせて、別の場所に攻撃を送る。少しでもセレレイトの体制を乱したいのだ。

「うるさい蝿だね」

 ふたりの執拗な猛攻に、さすがのセレレイトもじっとしていられなくなったようだった。苛立ちをあらわす。

 そして、UNITEを自らの右側の床に深々と突き刺した。

 アンジェラはその瞬間にUNITEに駆け寄る。

「甘いな」

 当然セレレイトはそのアンジェラに向けて風の攻撃を送った。

 アンジェラは、遠くに吹き飛ばされる。

「来い、UNITE!」

 その瞬間、アンジェラは強い口調で呟いた。

 セレレイトから遠く離れた床に、風の攻撃で吹き飛ばされ、倒れ付したその瞬間、UNITEはアンジェラの手の中に戻った。

「な……お前、それを狙って……」

 セレレイトは、悔しげな表情を浮かべた。

 片膝をつきながら、UNITEを杖代わりにアンジェラが立ち上がる。

「UNITEは、俺の言うことしか聞かないからな。あんたが持ってても宝の持ち腐れだよ。どうせこうなるだろうと思ってたからさ。ふたりを返してもらうのには、こいつは最適なアイテムだったろう?」

 悪戯な笑みを浮かべてアンジェラは言った。

「小ざかしい真似を。ならばまずはお前から片付けてやろう」

 セレレイトの表情が変わった。自分の思うとおりにならなかったことに、憤りを感じているのだ。

 刹那、アンジェラの目の前にセレレイトが移動した。目にも留まらぬスピードで、だ。

 あっと思う瞬間に、アンジェラはセレレイトの攻撃を受けた。

「うわぁぁっ!」

 アンジェラは吹っ飛ぶ。そして体が地に倒れる直前にさらにセレレイトの攻撃が加えられる。

「ガハッ!」

 ボディに強烈な風をくらって、アンジェラは声にならない声を上げる。

「アンジェラ!」

 紫鏡はセレレイトへ向かっていく。

 セレレイトは紫鏡の方を見遣ることなく、腕だけでその攻撃を受け流した。すぐに、反撃。

 紫鏡はぎりぎりで攻撃を避け、飛び退る。

「……私の楽しみを邪魔するな」

 セレレイトの低い声が響く。まるで地を這う地響きのような声だった。セレレイトが本気を出している。セレレイトが少し動くたび、空間が歪むように見受けられた。それは、風が取り巻いているからなのだろう。

「俺は……紫鏡や香ちゃんや、この世界で出会ったたくさんの人々の、笑顔を守りたいんだ……ささやかでも、毎日、幸せを感じられる日々であって欲しいんだ……」

 アンジェラが苦しそうに言葉を少しずつ吐き出していく。

「ふん。戯言を。誰でも本当は自分が一番かわいいものだ。そんなのは欺瞞でしかない」

 セレレイトが鼻で笑う。

「違うさ。欺瞞なんかじゃないよ」

 アンジェラが立ち上がり、セレレイトを見据えた。

「! お前……」

 セレレイトが驚く。そこには先ほどとは明らかに違うアンジェラの姿があったからだ。

 両目が紫瞳に変わっていた。明らかに、精霊の力がアップしている。紫の瞳の色は、高格精霊が持つ色だ。絶対神術が使えるほどの能力者ということである。

「UNITE、頼むよ。力を貸してくれ」

 アンジェラは、UNITEの柄にはめ込まれた紅水晶に口づけた。

 すると紅水晶から光が放たれる。アンジェラの期待に応えようとするかのようだった。

「ええい、何から何まで癇に障る。さっさとおとなしくおなり!」

 セレレイトはヒステリックに叫ぶと、アンジェラに鎌イタチを送り出す。猛烈な風圧の風の乱れうちだった。

 アンジェラはUNITEで水平斬りをすると、そのまま体を回転させ360度ターンでその鎌イタチを消し去った。

「俺、あんたには負けないよ。決めたんだ。この世界を紫鏡と一緒に守っていくって」

 ぐっと落ち着いた声音で、アンジェラが言う。今までのアンジェラとは、明らかに違う。感情に流されることなく、どこか達観したような姿。




「兄上……」

 遠くでダイアナに手当てを受けながら、アンジェラたちを見ていたヴェールが呟いた。

 そう。まるでそれはグリーンのような落ち着き。UNITEの後継者としてふさわしい。

 年齢も外見もまったく似つかないというのに、尊敬してやまない兄の姿をアンジェラの中にヴェールは見たのだ。

 そして、口には出さなかったが、セルリアもまた、感慨深くアンジェラを眺めていた。

 愛する姉・クレアの息子であるアンジェラ。ずっと普通の人間の男の子だと思っていたのに、ある日精霊とのハーフと知り、あっという間にどんどん成長していく。気付けば精霊としても、男性としても申し分のない存在になっていた。ゆっくり、ゆっくり長い時間をかけて成長していく精霊たちと、その成長の速度は明らかに違った。

 驚きと共に、自分の手からすっかり離れてしまったような、そんな寂しさも少しだけ感じていた。


★


「さあ、終わりにしよう」

 アンジェラが紫鏡を見遣る。

 紫鏡は頷いた。

「なぜ、互いに共存することができないんだろう? 大きすぎる幸せを求めたがるのは、結局周りの人も、自分さえも傷つき、幸せになんてなれないのに。セレレイト、今ならまだ間に合うんじゃないか? 自分の世界に戻れよ」

 アンジェラがセレレイトに言う。

「ふざけるなっ! 手ぶらで帰れる訳などなかろう。私が求めるのは、勝利か死だ。それ以外などいらぬ!」

 体を震わせて、セレレイトは叫んだ。

「残念だよ。むやみに戦わずに済めば、一番よかったんだけど」

 アンジェラが一歩セレレイトに近寄る。

 静かな動きだった。だが、何故かそこには抗えない強さを感じる。セレレイトはたじろいだ。

「紫鏡」

「はい」

 アンジェラが紫鏡を呼ぶと、紫鏡は自分の力を放出させた。

 すると紫鏡の額に埋め込まれていた紫水晶がその場を離れ、額から十センチほど離れた空中に浮いた。紫鏡は、その紫水晶に吊り上げられたような形で、顔を上げ直立した状態で宙に浮く。紫鏡の体全体を包むかのように、額から逃れた紫水晶が淡い紫色の光を放っていた。

 そして、紫鏡が目を開いた瞬間、まばゆい光が辺りを取り巻き、セレレイトを捕らえ、宙に貼りつけた。

 そこでアンジェラは見た。紫鏡の瞳の色が金色に光るのを。それはすでに、聖女王の力を有しているということだ。

「グググググ……」

 セレレイトはもがいているが、どうやっても身動きできない、抗えない力だった。自分の力をはるかに上回る力、さすがにセレレイトも恐怖を隠しきれない。

「セレレイト、もう一度聞くよ。このまま、自分の世界へ戻る気はないかな」

 アンジェラは最後に聞いた。

「私にあるのは、勝利か死だ! 何度も言わせるな」

 セレレイトの変わらない答えにアンジェラは、悲しくなった。

 しかし、このままにしておくわけにはいかない。アンジェラは、UNITEを握る拳に力を込めた。

「はぁぁぁぁっ!」

 アンジェラの剣がセレレイトを貫く。

 そして、剣が貫いた部分からセレレイトの四肢へ向かって閃光が広がった。

 セレレイトは、少しも悲鳴を上げなかった。ぐっと声を殺していた。声を上げるのは自分の美学に反するのだろう。

 消滅していく寸前、セレレイトはアンジェラをみつめた。

「お前、変わってるね。お前がいれば、世界は少しは変わるのかも……しれない、ね」

 消え行く中、アンジェラにそう言葉を残してセレレイトは消滅した。

「変えてみせるよ、きっと」

 アンジェラはそっと呟いた。






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Les Rois au pays de Pyjamas

オリジナル小説「紫鏡」

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